第10話

(おい赤髪ギャル。まずはお湯を沸かし直すところから始めるぞ。いいか。ヤカンに、水を、貯めるんだ。……できるよね?)


「おうおう、ミミさんをナメんなよ☆ そんくらいオチャノコサイサイよ♪」


 俺の指示を受けて、赤髪ギャルは元気よく台所に向かった。そうして備え付けのヤカンを手に取ると、勢いよく蛇口をひねって水道水を貯め始める。


 少し感動。大鍋も黒髪ギャルが準備したと思っていたが、赤髪ギャルも水道の使い方くらいは覚えていたようだ。

 まあ、これくらいできてくれないとお話にならな……


 グシャッ。


(……なにいまの音)


 音につられて見上げてみると、そこにはひしゃげてちぎれた蛇口を手に、たははーと笑う赤髪ギャルの姿があった。


(感心したそばからコレだよ。というかハンドルならまだしも蛇口ごとって、何がどうしてそうなった!?)


「もっと捻ればいっぱい水が出るかなーって☆ まあでもほら、おかげで三人分の量が貯まったよ♪」


(限度ってもんを知らんのかお前は!)


 ──いや、知らないんだろうな。

 先の大鍋と、今回の蛇口破壊で合点がいった。

 このギャルゾンビは、力加減のリミッターがぶっ壊れているのだ。


 だが、こいつには誰かの指示に従えるだけの理性が残っているのも事実。


 必要なのは加減を教えられるストッパーの存在である。

 はたして、俺にその役目が務まるだろうか。

 自問したところで、結局やるしかないのだけど。


(はぁ……水はもういい。次はそいつをコンロに乗せて、スイッチを入れるんだ。今度こそ、優しくだぞ?)


「おけまるー♪」


 返事だけは優等生である。

 赤髪ギャルは水の入ったヤカンを振り回した後、ガゴンッと電気コンロの上に叩き付けた。


「えーと。たしかこのへんだったかな?」


 続けて適当にスイッチを弄り回す赤髪ギャル。幸いにも一発でアタリを引いたらしく、ひび割れたコンロのモニターに火炎のマークが点灯した。

 あちこちケムリを吹いているのは、この際だから見て見ぬフリをしよう。

 

 ここまでは概ね順調だった。次の問題は、カップメン本体の取り扱いである。前のように袋をぶちまけたられたら目も当てられない。

 そんなことを考えている間にも、赤髪ギャルはカップメンの包装を乱暴に剥がし始めていた。


(慌てるな。まずは中身を取り出すだけでいい。くれぐれも、食ったり破いたり捻り潰したりするなよ。わかったか?)


「あいあいさー☆」


 相づちと同時に包装がはじけ飛ぶ。ホント、返事だけはいいんだから。


 同じような問答を繰り返しながらに作業は進む。

 モルモットでも袋を割くくらいはできるので、粉末類は俺が準備することにした。

 無事に取り出されたスープの袋をぺりぺり破くと、芳醇な魚介の香りが鼻をつく。


 ──ふりかけ作業も俺がやった方がよさそうだな。


 そう内心で独り言ち、手近な容器の中を確認する。

 一番大事な乾燥麺が見当たらない。

 俺は嫌な予感と共に背後を振り仰ぐ。


「見てこれ! 白い脳みそ~☆」


 そこには乾燥麺を頭に乗せて、脳漿のうしょう炸裂ごっこに興じる赤髪ギャルの姿があった。

 目を離すとすぐこれである。


(こらこら、食べ物で遊ぶな。毛だらけの俺が言うのもなんだが、髪の毛が入ったメシなんて食いたくないだろ?)


「あ、それは確かに。メンゴメンゴ☆」


 淡々と諭すと、赤髪ギャルは素直に乾燥麺を戻してくれた。

 いまの奇行には肝が冷えたが、大事には至らずほっと胸を撫で下ろす。

 そんなやり取りを重ねていくと、次第に赤髪ギャルの人となりというものがわかってきた。


 ──おそらく、こいつはいい奴だったのだろう。

 すぐ調子に乗るし、考えなしに行動するが、素直にミスを認めて謝れる。

 ウイルスに感染しても性格自体は変わらないなら、生前は善良な人間だったはずだ。あくまでモルモットの直感に過ぎないが、きっと、多分。


 俺が知る人間という生き物は、被験体をゴミ同然に扱う研究所の職員か、顔も知れないネット上の有象無象だけだった。


 だからだろうか。

 些細なことで一喜一憂し、全力で感情を表現する赤髪ギャルの一挙手一投足は、見ていて不思議と退屈しなかった。

 それは、引きこもって鬱屈していた俺の気分をいくらか軽くするほどに。


 気の迷いだな、と自嘲する。

 自分の命が掛かってるってのに。これはあれだ、ストックホルム症候群というやつだ。手遅れになる前に、さっさと作業を済ませてしまおう。


「……お? なんかいまマウスに褒められた気がする! なんでナンデ!?」


(気のせいだろ)


 勘のいい赤髪ギャルを適当にあしらいながら、俺は最終工程の指示を出す。


(ほら。スープの素も入れたことだし、あとはお湯を注ぐだけだ。今度こそ、ぜったいにぶちまけるなよ。優しく、ゆっくり、慌てずにやること。約束だからな?)


「もー♪ そんなに念を押さなくてもわかってるって……」


 口を酸っぱくして注意していると、ちょうどヤカンが沸騰する音が鳴り響いた。


「うるせーーーーッ☆ まだマウスと喋ってるじゃろがいっ!」


 高音がよほど耳障りだったのか、赤髪ギャルが反射的に回し蹴りをぶちかます。

 それがトドメの一撃となり、電気コンロはボンッと爆発して機能停止。威勢のよかったヤカンの音も、ぴゅぃぃぃ……としなだれるように黙り込んだ。


「まったく、失礼なヤツもいたもんだ。……で、なんの話してたっけ☆」


 この始末でヤカンが無事だったのは、奇跡というより他にない。

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