第8話
そんな考え事をしていると、俺の前にどかっと赤髪ギャルが座り込んだ。
そのまま俺を抱き上げて、無理やり視線を合わせてくる。
「ねぇねぇアーノルド☆ なんかムズカシイこと考えてるとこ悪いけどさぁ♪」
(……なんだよ赤髪ギャル。心が読めるならモルモットの思考をぶった切るんじゃありません。あと、いいかげん呼び名を統一してくれ)
「んじゃマウス」
急にどシンプルになった。この娘の思考回路どうなってるの?
「んなことより、ちょっと聞きたいことあるのよね☆」
あくまでマイペースに、赤髪ギャルは手近なカップメンを顎で差して、言った。
「さっき〝俺は作り方を知ってる〟ってドヤってた気がすんだけど……あれ、マジなん?」
(──イッタイ、ナンノコトデショウカ)
「そうそう。マウスくん、私たちのこと笑ってたよね~」
目を逸らした先で金髪ギャルの笑顔とごっつんこ。俺はヘビに睨まれたカエルのごとく固まってしまう。
「知ってるなら、私たちに教えてほしいな~」
「あくまで知らないフリをするなら……ふふふ☆」
(教えます。教えさせてください。だからどうか食わないで)
「「いえーい☆」」
俺が笑顔の脅迫に屈すると、ギャル共はハイタッチして喜んだ。
くそう、嬉しそうにしやがって。こいつらさえ現れなければ、いまごろ俺は……
そのとき、ふとした疑問が俺の脳裏を過ぎった。
それは、
そもそもの話、なぜこいつらは研究所を訪れたのだろう。
ワクチンを求めてというなら話はわかる。
ゾンビ化した身体を治すため。滅びた世界を救うため。
そんな大義名分が成り立つし、俺も簡単に納得できる。
だがこいつらはワクチンに興味を示さず、あまつさえ木っ端微塵にしてしまった。
かと思えば偶然見つけたカップメンに目を輝かせ、追いかけ回した俺から作り方を教わろうとしている。
……いやマジで、こいつら一体なにしにきたの?
「おいしいものを探しにきたんだよ~」
俺の疑問を察してか、金髪ギャルが答え合わせをしてくれた。
(……あの、ぜんぜん答えになってないです)
「アタシらさ、グルメ旅してんだよね♪ あ、グルメってわかる?」
(バカにするなよ赤髪ギャル。諸説あるが語源はイギリス。本来は食通をさす言葉だが、お前らが使うそれは〝ウマい料理全般〟のことだろう?)
「へぇ、そーなんだ☆」
「マウスくん物知り~」
(………………。旅してるって、わざわざゾンビだらけになった世界で?)
「そうだよ~」
「ここだけの話、アタシとハナはこうなる前の記憶がさっぱりでさ♪ アイはいろいろ覚えてるっぽいけど、頭使うとすぐポンコツになるし」
「起きてからず~っと頭がぐるぐるするし~。み~んなゾンビになっちゃたから、これといってやることもないし~」
「だったらアタシらで好きなことしよーぜーってなったワケ♪」
(それで、やることが食べ歩きですか)
「なんか無性にお腹空くんだよね☆ 知らんけど♪」
「どうせなら、いろんな場所でおいしいものを食べたいよね~」
(なるほど、わからん)
もとよりゾンビに説明を求めたのが間違いだった。ギリギリ会話は成立するが、こいつらの理性は基本的に月の裏側までぶっ飛んでると思った方がいいだろう。
(それにしても、グルメ旅ねぇ)
このウイルス研究所は、博士が極東に建てた隠れ家のひとつと聞いたことがある。
イマドキな悪の秘密結社なら、駅前のオフィスビル等に擬態していることもあるだろう。
だが俺の知る限り、博士は人間嫌いで有名なマッドサイエンティストだった。そんな奴が都会のど真ん中にアジトをおっ建てるとは思えない。
(なぁギャル共。このあたりには有名なグルメスポットでもあったのか?)
「うん? 知らん☆ あたり一面緑だった気がする♪」
(知らんって……それならどうしてこんなところに。お前たちは飯を探しにきたんだろう?)
「探したねぇ。探したんだけど~」
「……道に迷っちった☆」
とてもいい笑顔で赤髪ギャルが言った。
単純明快な理由をありがとう。欲しかった答えをようやく聞けて、俺は涙がちょちょ切れそうだ。
「おろ、急にぴえんじゃん。どしたん? 話きこか?」
(黙らっしゃい)
つまるところ。こいつらが研究所に来たのは完全な偶然だったというわけだ。
即ち、俺がこれまで被った被害も〝運がなかった〟で済まされることになる。
冗談抜きで泣きたくなってきた。
しかし、ダメになる前の黒髪ギャルがいて迷うとは、こいつらどれだけ方向音痴なんだろう。
「あ~。マウスくん、いま失礼なこと考えてるでしょ~」
(……失礼も何も、揺るぎようのない事実だろ金髪ギャル。お前ラボでも迷ってたし)
「迷ってないよ? 手分けしてご飯を探してただけだもん」
「てか、一番の方向音痴はアイだよね☆」
(え?)
「だねぇ。アイちゃんってば、私たちがいないとすぐ迷子になっちゃうし」
「でも地図読めるのアイだけなんよ♪ 詰んでるっしょ? あはは☆」
もしかしなくても、ギャルゾンビにまともな奴はいないのかもしれない。
そんな当然の帰結にいまさら思い至った俺は、もうさっさとカップメン食ってもらってお帰り願おうと心に誓うのだった。
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