第7話
──初めて黒髪ギャルを目にしたとき、俺はクールで知的な印象を受けた。
実際、奴は博士の日誌を解読していたし、他のギャルより格段に理性が残っているのだろう。もしかしたら普通の人間より頭がいいのかもしれない。
要するに、奴はギャルゾンビをまとめる知将ポジションだった。
……そう、だったのだ。
だからこそ、俺は目の前の光景に言葉を失った。
「もぉぉぉやだぁぁぁぁ! おーなーかーすーいーたぁぁぁぁッ!」
「ア、アイちゃん落ち着いて~。ほら、いい子だから、ね?」
「はい、アイのポンコツタイム入りました☆ 大丈夫? おっぱい揉む? なぁーんて──♪」
「すう」
「……吸う? え、ちょ、タンマ──って力強いなコイツ! あはははっ! コラ、服脱がすな! 指入れんなぁっ!」
──俺はいったい何を見せられているのだろう。
「ミミのばかぁ! ぜんぜんおっぱいでないじゃん!」
「でてたまるかぁッ! いい加減にしないと──ひぁんッ!?」
「だぁぁしぃぃぃてぇぇぇぇぇッ!」
「わ、わぁ……。ミミちゃんの、ミミちゃんが、アイちゃんに……。うそ、そんなに激しく……!?」
乱心した黒髪ギャルが、押し倒した赤髪ギャルとくんずほぐれつ。
眼前で繰り広げられるにゃんにゃんプロレスに金髪ギャルは右往左往。
俺は開いた口がふさがらない。
(ああ、〝ダメになる〟ってそういう……?)
クールな雰囲気から一転。理性が
赤髪ギャルは必死に抵抗したものの、最後は無惨にひん剥かれ、その柔肌を蹂躙されてしまった。
「ミミちゃ~ん。生きてる~?」
「……しんだ。もうオヨメにいけない」
床に突っ伏した赤髪ギャルがさめざめと返事する。
衣服は乱れ、髪もぼろぼろ。もはや立ち上がる気力も残っていないのか、火照った肩を震わせる様はなんとも情けない。なんともいい気味である。
一方の黒髪ギャルは、金髪ギャルの胸に顔を埋めて穏やかな寝息を立てていた。あの暴れっぷりから察するに、しばらく起きることはないだろう。
ただひとり無事だった金髪ギャルが、そばに転がるカップメンに視線を落とす。
「う~ん、困ったなぁ。アイちゃんは寝ちゃったし、コレの作り方もわかんないままだし、……やっぱり君を食べた方がはやいかなぁ~?」
(やめて。チラチラ俺と見比べないで)
「……でもさぁ、アイは簡単に作れるって言ってたよね?」
ふと、半裸で寝そべる赤髪ギャルがぼそっと呟いた。
そうして手近などんぶりをひとつ手に取ると、べりべりと包装を剥がしはじめる。
「中身は……なんぞこれ。固くて茶色い……なに?」
「いい匂いするし、毒じゃなさそうだね~」
赤髪ギャルが取り出したのは、カラカラに乾燥した油揚げだった。
お湯で戻せばふっくらモチモチ。一口噛めば染み出るダシがじゅわっとジューシー。そんな食欲をそそるCMで人気を博したきつねうどんの大看板である。ゾンビには理解できないだろうが、インスタント食品はフリーズドライという人類の叡智によって──
「お。パリパリしてて結構イケる♪」
(そのまま食うんかい)
赤髪ギャルは乾燥おあげをバリバリと平らげてしまった。案外新食感で美味しいのかもしれない。
「もしかして、調理しなくても食べれるっぽい~?」
「それな! んじゃ、このギザギザのペラペラも試してみっぺ☆」
次に赤髪ギャルが手にしたのは、いわゆる〝かやく〟と呼ばれる小袋だった。
記されていた文字は【厳選一味唐辛子】。
俺は数秒先の未来を予測し、そろそろと赤髪ギャルから距離を取った。
「どれどれ~♪」
赤髪ギャルが仰向けに寝転がり、眼前に掲げたかやく袋を景気よく引き裂く。そのまま落ちてきた中身を食べるつもりだったのだろう。
結果は、もちろんジャックポット。宙を踊ったどぎつい赤が、ギャルのご尊顔にふぁさっと舞い落ちた。
「おんぎゃああああぁぁぁああッ!?」
「ミミちゃぁぁぁぁぁん!?」
粉末爆撃をしこたま食らった赤髪ギャルが床の上をのたうち回る。
辛みの正体はカプサイシン。生物の味覚ではなく痛覚を刺激する物質だ。
そもそもソレ、唐辛子が
自然の辛さを嫌というほど思い知った赤髪ギャルは、最後は段ボール箱の山に突っ込んで沈黙した。黒髪ギャルから受けたダメージもあるし、あれはもう起き上がれまい。
「ぷはぁっ、死ぬかと思ったぁ!」
……と思ったら、段ボールの山を吹き飛ばして復活した。
さすがはゾンビ。恐るべき耐久力だ。
赤髪ギャルは乱れた身なりを整えながらバツが悪そうに笑う。
「いやぁ、しっぱいしっぱい☆ まさかご飯に反撃されるとは思わなんだ♪」
「や、やっぱり私たちだけじゃムリだよ~」
赤髪ギャルの失敗で怖じ気づいたのか、金髪ギャルが情けない泣き言を漏らす。
俺は内心でほくそ笑んだ。
(バカ共め。カップメンの作り方すら忘れているとは)
俺か? 俺は知ってるぞ。ゲテモノ食いの配信者がコオロギをトッピングして優勝する動画を見たことあるからな。ふふふ。
やっすい優越感に浸りながら、俺はギャル共がまごつく様子をあざ笑う。
(さあ、もっと悩め、苦しめ。そして俺の楽園を荒らしたことを後悔するがいい。ふははははははは……)
「さっきからうっさいぞーフェルディナンド。うだうだ言ってると食べちゃうよ☆」
(ぷぇっ!?)
赤髪ギャルが不意打ちの合いの手を入れてきた。あまりにタイミングが完璧すぎて、全身から滝のように汗が噴き出る。
(いやいや、きっと何かの偶然だ。こいつは俺の手信号もろくに解読できなかったし、読心なんて漫画みたいなマネができるはず……)
「できるんだなぁこれが♪」
(え、怖い。本当に読んできたんですけど)
「動物は難易度高いけどね☆ ま、ちゃーんと相手の顔を見て、マジメにやればこんなもんよ♪」
赤髪ギャルが薄い胸を反らしてふんぞり返る。
(ん? 待て。じゃあ俺の手信号を受け取ったときはマジメにやってなかったと?)
「ん、テシンゴーってなに? 巨大ロボット?」
はたしてこれは冗談なのか。それとも単なるアホなのか。
「ミミちゃんはノリで生きてるとこがあるから、考えるだけムダだよ~」
「ちょ、ハナ! そんなホメるなし☆」
「ね?」
しまいには金髪ギャルまで会話に参加してきた。
(……いや、お前も読心できるなら、どうして俺を鍋に落とした? わざわざ命乞いまでしたってのに)
「イラってしたから、つい~」
(……怖い。ギャル怖い)
まさか読心術まで使えるとは。
もしかして、ギャルは全員超能力者だったりするのだろうか。
「あはは☆ エスパーとかウケるんですけど♪」
「超能力ってわけじゃないけど、相手の気持ちを汲んだりするのは得意だよね~?」
「得意っつーか、アガってる雰囲気ブチ壊すようじゃあギャルなんてやってらんねーっしょ☆」
「だから心を読んでるわけじゃなくて、なんとな~く察してるだけだよ~」
「「ね~☆」」
(その〝なんとな~く〟の精度が異常なんだよ)
ギャルという人種は非常に高いコミュニケーション能力を有していたらしい。
だとしても、動物と会話できる個体なんて
異常に研ぎ澄まされた五感に、超能力じみた感性の発現。
これも、バウマン博士が目論んだウイルス進化の一端なのだろうか──
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