第6話

「アイ!?」

「アイちゃん!」


 緊迫した声と共に、ギャル共の意識が鍋から逸れる。

 その隙を見計らい、俺は身体をしならせて大ジャンプ。見事熱湯地獄からの脱出を果たし、近くに敷かれたまな板の上に着地した。


(……なんだ?)


 見ると、休憩室の床に黒髪ギャルが倒れていた。

 赤く上気した頬に、大粒の汗を浮かべた額。口元は浅く早い呼吸を繰り返しており、明らかに体調が悪そうだ。

 金髪ギャルは助け起こした黒髪ギャルを膝枕に寝かせると、汗ばんだ額にそっと手を置いた。


「わわっ、ひどい熱。……アイちゃん、またムリしてるの隠してたでしょ?」

「……大丈夫。ちょっと目眩がしただけだから……」

「アイのバカ! ぜんぜん大丈夫じゃないって!」


 なにやら切羽詰まった状況のようだが、これは千載一遇のチャンスだ。いまの内においとまさせてもらうとしよう。


 俺はこっそりと台所から降り、休憩室の出口を目指す。足音を殺して少しずつ移動し、まずは段ボール箱が散乱した部屋の隅に到着。そのまま箱の中に潜り込み、取っ手の穴から辺りを窺う。気分はステルスゲームの主人公だ。


 だが、俺は肝心なことを忘れていた。俺が出し抜こうとしている連中は、やたらと五感が研ぎ澄まされたギャルゾンビだということを。


「ど、どうしようミミちゃん。このままじゃアイちゃんが……」

「うん。早いとこウマいもん食わせんとダメになっちゃうな。──と、いうわけでぇ☆」


 ぐりん、と赤髪ギャルの首が曲がり、俺の視線とバッチリかち合う。


(バレてるッ!?)


 全身が総毛立つ。咄嗟に飛び出そうとしたが、一足遅かった。

 周囲がパッと明るくなり、箱の中身がバタバタと散乱する。隠れていた段ボールを持ち上げられたのだと理解したのは、俺の身体が拘束された後だった。


(嫌じゃ嫌じゃあ! 鍋の具なんぞになりとうない!)


 もはや自分を見失いつつ必死に抵抗する。しかしいくらもがいても赤髪ギャルの手はビクともせず、ただ体力を消耗するばかり。


(チクショウ。ここまでなのか……)


 そうしてすべてを諦めかけたそのとき、救いの神は意外なところから微笑んだ。


「ミミ……待って」


 台所に向かう赤髪ギャルを制止したのは、くたくたに弱った黒髪ギャルだった。


「あなたの足下に転がってるソレ……ちょっと見せて」

「ソレ? ドレ? あ、コレか」


 黒髪ギャルが指さす先。赤髪ギャルが片手で拾い上げたそれは、俺が隠れていた箱の中身──床に散乱したカップメンだった。


 目蓋が落ちそうな黒髪ギャルが、手渡されたモノをじっと見つめる。チラリと見えた商品名は【ごん兵衛きつねうどん ~ごん、お前だったのか。すするのは哀愁の涙味~】


「……やっぱり食べ物だ。それも、簡単に作れるやつ」

「マッ!? やったじゃん☆」

「すご~い、モルモットくんお手柄~!」


(え、なに、なに?)


 赤髪ギャルが手放しで喜び出す。そうして解放した俺には目もくれず、床に散らばるカップメンを夢中になって拾いはじめた。


(……助かった?)


 助かったが、なんだろうこの敗北感。

 ぽつんと放置された俺を、そばに転がるカップメン──フタにでかでかとプリントされた漢泣きする猟師の顔──が嘲笑う。

 なぜか無性に腹が立ったので、このまま様子を窺うことにした。


「んじゃさっそく食うべ♪ アイ、作り方おせーて☆」

「作り方もなにも、これは──……」


 ふと、黒髪ギャルが手にしていたカップメンを取り落とした。

 そのまま静かに目蓋を落とし、こてんと眠りについてしまう。


「あっ、ヤバ」

「あわわわ! アイちゃん、寝ちゃダメだよ~!」


 金髪ギャルが慌てて黒髪ギャルを揺り起こす。

 いよいよ限界が近いのか。


「んぅぅ……」


 肩を揺すられた黒髪ギャルが愚図りながら目蓋を開ける。

 その様子にほっとしつつ、赤髪ギャルは拾ったカップ麺をおもむろに差し出して、言った。


「ほら、アイ。アタシら文字読めんし、おねむの前に解読してくんないと──」

「……わかんなぃ」

「「あっ」」


(え?)


 次の瞬間。黒髪ギャルは差し出された容器をバシッと払いのけて、叫んだ。


「わかんないッ! アイ、むずかしいことわかんないもんッ!」

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