第4話

 出口を目指してひた走ると、生温い感触が手足にまとわりついてきた。

 見ずともわかる。部屋一面に飛び散ったモルラントの残骸だ。

 かつて同胞だったモノを振り払うたび、脳裏にセピア色の走馬灯が駆け抜ける。


 思い出すのは、だらだらとスマホをいじる怠惰な自分の姿ばかり。


(……なにやってんだ、俺)


 食われそうになっていまさら気付いた。

 死に際に後悔するくらいなら、何でも諦めずに挑戦してみるべきだった。


 もっと早くにそうと気付いて、行動に移せていたら。

 俺はオフィーリアちゃんを救い出して、外の世界へ冒険に出ていたかもしれない。

 みんなと一緒に戦って、一緒に死ぬことだってできたかもしれない。 


 でも、そうはならなかった。ならなかったんだ。


 すべては自分が招いた結果。

 わかってる。後悔が先に立つはずもない。

 だからといって、こんなところで終わるわけにはいかなかった。


(ごめん、みんな。必ず仇をとってやるからな)


 遅すぎた決意を胸に、愛した女の屍さえ踏み越えて、俺は崩落したラボの扉を駆け抜ける。


 目指すは博士が残したワクチンルーム。

 あれを使って、ギャル共を非力な人間に戻してやる。

 そして──絶対にペットショップに遊びに行くんだッ!


「おおっ、モルモットって足速いなぁ♪」

「……カピバラは時速50キロで走れるんだっけ。あれはもっと出てるかな」

「わわっ、ふたりとも待って~!」


 俺は背後に迫る死神の声を振り払い、研究所の廊下に躍り出る。

 モルラントが爆走した通路は至るところで炎上し、瓦礫の障害物が出来ていた。


 チャンスだ。

 俺はわずかな隙間も通れるが、デカいギャル共はそうもいかない。

 はたして俺の予想通り、ギャル共の足音はすぐにモタつき遠ざかっていく。


 いけるッ!

 次の瞬間。ぱぁんという破裂音と共に、俺の目の前で瓦礫がはじけた。


(──え、なにいまの)


「ちっ……やっぱりショットガンにするんだった」


 恐る恐る振り返ると、暗い銃口をこちらに向ける黒髪ギャルの姿があった。その隣で耳を塞いだ赤髪ギャルが金髪ギャルと一緒にドン引きしている。


「いやいやいやいやアイさんや。いくらなんでもひと狩りいくのはどうかと思うよ? てか、そんなんブチ込んだらコナゴナにならん?」

「ハンドガンなら威力も知れてるでしょ」

「でもアイちゃん。それ拳銃にしてはおっきくない? なんて名前の銃なの~?」

「……さあ? ヤクザの事務所で適当に拾ったやつだから」


 お嬢さん方。そのリボルバーはS&Wと言ってだね。モノによっては大型獣すら楽々狩れる代物だ。モルモットに当てようものなら爆発四散待ったなしだよ。サメ映画もビックリのスプラッタだよ。


「んじゃ大丈夫か☆」


 大丈夫じゃないです。


(──いぃぃやぁああああああああああああァァァッ!)


 よける。かわす。宙を舞う。三段跳びからロケットダッシュ──うおぉぉぉん!


 射手が素人で助かった。

 華麗なコーナリングで障害物だらけの廊下を踏破すると、半開きの扉が見えてくる。また撃たれる前に無我夢中で飛び込んだ。


 眼前に広々とした空間が開ける。祭場を思わせる厳かな部屋だ。その中心に円柱状の装置がひとつ、夥しいコードの群れを従えて鎮座していた。


 あった。博士がバイオハザードを引き起こす直前、万が一に備えて作った秘蔵のワクチン。螺旋を描くディープブルーの液体が、強化ガラスの中で解放の時を待っていた。


 これを使えばギャルゾンビ共もおしまいだ。

 やってやる。やってやるぞ。さっそく博士のスマホでワクチンを取り出して……


(……あ、ラボにスマホ忘れた)


 廊下で爆音。破滅の足音がずんずん近づいてくる。


 まだだ! さっき諦めないと誓ったばかりじゃないか!


 俺は思い切り助走を付けて、装置に備え付けられたコンソールに飛び乗った。

 目当てのモノはすぐに見つかる。保護ケースをブチ破るタイプの解放ボタン。

 これを押せば──!


 うおおおおおおおォォッッ!

 たしっ。透明なケースはヒビひとつ入らない。


 いまのなし。ここはひとつ、ウイルス進化を果たしたスーパーモルモットの本気ってやつを見せてやろう。


 俺は天高く掲げた拳に万感の思いを込め、裂帛れっぱくの気迫と共に振り下ろした。


 いっけぇぇぇぇぇええええッ!

 たしっ。透明なケースは以下略。


 ……おいおい、まったく冗談キツいぜ。ここはカッコ良くワクチンを手に入れて、がんくび揃えたギャル共にお仕置きのお注射を打ち込むところだろ? そうだよな? そうと言ってくれ誰でもいいから。


 三度目の正直。これが映画なら俺の背後にオフィーリアちゃんの幻が立っているに違いない。それでケースが割れないようなら脚本を書いた奴がどうかしてる。


(いくよ、オフィーリアちゃん)


 振り上げた俺の拳に、彼女の手がそっと添えられた気がした。

 そんな都合のいい妄想の一撃がケースを穿つ。

 三度重ねて振るわれたモルモットの鉄槌は、ついに堅牢な守りを破るに至った。


 否。

 窮地に解き放たれた馬鹿モル力はケースの破壊に留まらず、足場のコンソールをも地割れの如く粉砕した。


(──ははは。ちょっと本気を出しすぎちゃったかな?)


 スパークを散らしたコンソールは爆発炎上。

 爆風にあおられた俺の身体は重力に逆らい宙を舞う。


(さすがに、なんかおかしくない?)


 鈍化した時間の中。ふとして視界に映ったのは、部屋の入り口に立つ奴らの姿。

 黒髪ギャルが「あっ」と目を見開いて、構えた拳銃から真新しい硝煙をくゆらせている。


「あ~あ、アイちゃんやっちゃった~」

「だっはっはっは! 腹いて~☆」


 ……ああ。わかっていたよ、オフィーリアちゃん。

 いくらウイルス進化を果たしたところで、モルモットのクソ雑魚パンチが役に立つはずなかったんだ。

 そして戦う準備も覚悟もしてない半端者が、急に本気を出したところで上手くいくわけないことも──……ぐえっ。


 きりもみ落下した俺の身体は受け身もとれず床に激突。

 朦朧とする視界が最後に捉えたのは、赤い業火に舐められ砕けるワクチンの最期。

 その儚い終わりを見届けて、俺の意識は闇に溶けた。

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