第2話

 俺の脳裏に一抹の不安が過ぎる。


 すると、廊下の奥で眩い爆炎が巻き起こり、金髪ギャルを追走する巨大なシルエットが露わになった。


(……マジかよ)


 それは、赤黒く蠢く肉塊だった。

 頭部と思わしき部位はなく、丸みを帯びた身体から不揃いの手足が無数に伸びて、ホラー映画の怪物も真っ青な動きで廊下を爆走してくる。


 悪い予感が的中した。

 あれこそはモルモットたちのなれの果て。ウイルスで活性化した細胞が溶け出し、被験者同士が混ざり合うことで生まれてしまったキメラチック生命体。


(やっぱり博士の失敗作ゾンビ……モルラントか!)


 そのおぞましい姿を目に留めて、おそらくズバ抜けて視力がいい黒髪ギャルが顔をしかめる。


「……気持ちわる」

「そ? よく見たらかわいくね?」

「どこが」

「ほら、あのぷりんとしたフォルムとか──」


 刹那、モルラントの全身につぶらなお目々と剥き出しの白い歯が出現した。ギョロギョロ、ぴぎゃぁ。


「あっはははははははッ! キッモ☆」

「やっぱキモいんじゃん」

「しゃべってないで助けてぇぇぇ~……──あっ」


 健脚を披露していた金髪ギャルがついにこけた。しかし勢いづいた身体はすぐに止まらず、そのままヘッドスライディングでラボの扉に滑り込む。


 数瞬遅れてモルラントの巨体が入り口に激突。ラボの照明が明滅し、天井からパラパラとホコリが降り注いだ。


「ふ~。ぎりぎりセ~フ」

「……ハナ、どうしてアレと鬼ごっこしてたの?」

「ん~?」


 黒髪ギャルの手を借りて、ハナと呼ばれた金髪ギャルが立ち上る。そうして服の汚れを払いながら、のんびりとを取ってから言った。


「あちこち触ってたら、勝手にオリが開いちゃったんだよね~」

「……そっか」


 黒髪ギャルが呆れた様子で溜め息をつく。赤髪ギャルはとなりで大爆笑。どいつもこいつも危機感というものが足りていない。

 俺は憤慨ふんがいした。


(なんてことしてくれたんだ……ッ!)


 あのモルラントはウイルスに適応できなかった被験者たちの集合体。

 つまり、俺の愛しのオフィーリアちゃんもあの肉塊の中にいるのだ。


 オフィーリアちゃんを肉の牢獄から救い出すため、俺はウイルス進化を果たした頭脳で学習に励み、ついには研究員たちと同等の知見を得るに至った。その苦労は筆舌に尽くしがたく、思い出すことすらはばかられるほどだ。


 ──実際は〝俺の力じゃワクチン打ち込むのムリじゃね? 100回挑んだら101回殺されるわ〟と諦めモードに入り、だらだらと映画鑑賞や美女の画像漁りにかまけてなどいない。断じていない──


 そんな俺の血の滲むような努力を、奴らは土足で踏み躙ったのだ。

 俺も奴らもモルラントに殺される。枷から解き離れたあの怪物は、目に映るすべてのモノを破壊し尽くすまで止まらないだろう。もうダメだ、おしまいだぁ……


「じゃあめぼしいモノも見つからなかったみたいだし……晩ご飯はコレに決定かな」


 こらこら黒髪ギャルよ。俺の最期の思考タイムを邪魔するんじゃな……ん?


「えー、もうゾン肉ヤダー。ミミさんルナバのグランデキャラメルソースエクストラホイップフラペチーノ飲みたーい!」

「……なにそれ。食べ物なの?」

「いや知らん。なんか勝手にまろび出た♪」

「またこの子は……」

「ま~ま~アイちゃん。とりあえず、さっさと三枚に降ろしちゃお~」


(え、食うの? というか勝つ気でいらっしゃる?)


 俺の疑問を置き去りにして、黒髪ギャルはもたれかかっていた箱のようなものにそっと手をかざした。それは短い機械音を鳴らし、白い煙を吐き出しながらゆっくりと開帳していく。


 ──なんかアレ、スマホの広告で見たことあるな。

 あ、思い出した。たしか最新バッテリーを搭載した冷蔵庫だ。

 コンセントに繋いでなくとも数週間の稼働を実現。災害時にも使える発電機も付いてお値段なんと──と、通信販売の伝道師がオススメしていた至極の一品。

 そんな俗物的なモノがマッドサイエンティストのラボにあるワケもなく。


 もしかして、持ってきた? あのギャル共が? どうやって?


 疑問は倍々で増殖する。煙の中から現れたのは、真っ赤で無骨なチェーンソー。それからよく冷えた銃弾が箱に入って数種類。野菜室には丸々としたショットガンが大根のごとく寝かされており、他にも斧やら拳銃やらバールのようなものやら、出るわ出るわ武器の山──いや、容量とかどうなってんだアレ。四次元ポ〇ット?


「はい、ハナ。チェーンソーでいいよね」

「ありがと~アイちゃん。そ~れっ!」


 金髪ギャルが手慣れた様子でチェーンソーのエンジンを吹かす。

 そのけたたましい駆動音をBGMに、黒髪ギャルが手にした中折れ式ショットガンにシェルを装填。赤髪ギャルはあらかじめ持っていた金属バットをぶんぶん素振り。


「んじゃ、いっちょブチコロとシャレ込みますか☆」


 そのハツラツとした啖呵をゴングに、モルラントがラボの扉をぶち破る。


 ……事ここに至り。

 俺は、いまさらギャル共の異様に気が付いた。


 あでやかな肢体に走る葉脈状の黒い痣。

 猫を思わせる縦長の瞳孔に、凶星を思わせる朱色の虹彩。

 それは、肉体をウイルスに侵された証。

 つまり、奴らは人間の生き残りなどではなく──


(このギャル共……ゾンビじゃねェかああああああぁぁぁぁぁぁ!!)

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