終末はらぺこギャルゾンビwithモルモット ~人類滅んじったけど、食って笑って遊んでハシャげばこの世はすべてこともなし~

八咫村ゆう

1章 カップメンて悪魔的にウマいよね☆

第1話

〝人は、神を越えねばならない〟

       『人類のウイルス進化』著者 カール・ユストゥス・バウマン



「あ、よいしょ♪」


 女の子の軽快な掛け声のもと、ぶぉんと振るわれた金属バットがバウマン博士の脳天に直撃した。

 ああ、可哀想なバウマン博士。叡智の悪魔と称されたアンタの頭脳は、たったいま薄暗いラボの床にぶちまけられた。

 まあ、ゾンビになったらミソもクソもないのだけど。


 ──さて、状況を整理しよう。

 俺はNo.666。ウイルス研究所生まれウイルス研究所育ち。生まれてこのかた博士に身体を弄られてきたしがない被験体モルモットだ。名前はまだない。


 結論から言ってしまうと、この世界はすでに崩壊している。

 いま、俺の目の前で撲殺された天才博士──カール・ユストゥス・バウマン──が、何を血迷ったか【ゾンビウイルス】をばら撒いたせいだ。


 バイオハザードの勃発により、世界は阿鼻叫喚のお祭り騒ぎ。

 家族の危機に立ち上がるパパ。有事でも出社を強いるブラック企業。いたずらに不安を煽るマスコミに、恐ろしく役に立たない国際連合──それらすべてが感染爆発に拍車を掛け、ネット上はパニック映像で溢れ返った。


 そんな喧騒もいまではなりを潜め、嘘のように静まり返っている。

 おそらくほとんどの人間が感染してしまったのだろう。それは爆心地である研究所ここも例外じゃなかった。


 自滅した研究所の職員アホ共め、ざまぁみろ。君たちのおかげで俺の身体はウイルスに適応できました。こういうの皮肉って言うんだよね。


 そんなこんなで人類は滅亡し、俺は研究所の主となった。

 あとは同じくモルモットにされていた最愛の女性、No.420ことオフィーリアちゃんを救い出し、この忌まわしき研究所からおさらばすればハッピーエンドだ。


 ……でもその前に、つかの間の自由を満喫してもバチは当たらないよね。いまなら博士の改造スマホで名作映画や美女の画像が見放題だぜうっひょぉぉぉ!


 そんな感じで余裕ぶっこいてたら、何者かが研究所に押し入ってきてゾンビ博士を撲殺粉砕。たまたま現場に居合わせた俺、大ピンチといった塩梅でいまに至る。

 りっぷ・がっでむ・ほーりーしっと。こんなことならクソ映画の耐久観賞なんて始めるんじゃなかった。

 だが泣きごとを言っても始まらない。俺にはオフィーリアちゃんとランデブーするという崇高な使命があるのだ。たとえ汚いラボの物陰に隠れ潜み、放物線を描いて飛んできた博士のミソカスが鼻先に付着しようとヴォエェェ……ッ!


「ん? アイ、いまなんか喋った?」

「……いえ。それよりミミ。ちゃんとトドメを刺して」

「おっけー♪」


 おっとヤバい。しかし、侵入者の顔くらいは拝んでおかないと。

 そう思い立った俺は物陰からひょこっと顔を出し、ゾンビ博士にトドメを刺さんとする人影を視界に収めた。


 まず目に飛び込んできたのはふわりと翻る紺色のスカート。やたらと短く履いてるせいか、ローアングルから黒色スパッツが丸見えだ。

 弓なりに反った上半身には小ぶりな膨らみ。ノーネクタイのシャツは胸元が大胆にはだけ、スパッツと同色のスポーツブラが見え隠れしている。


「せーのっ☆」


 唐竹割り一閃。ばちゅん、と湿り気を帯びた音が響き渡り、鮮やかな赤色が少女の頬に付着した。

 目元にはエメラルド色の涙模様がワンポイント。クセのある赤髪はサイドテールで結ばれており、前髪には流星を思わせる白いメッシュが走っている。身長は小柄で、どこか幼い印象を受ける少女だ。

 少女は頬に付いた返り血をぐいっと拭うと、満面の笑みを咲かせて言った。


「よっし♪ これで襲ってきた奴はあらかた片付いたかな☆ そっちは拾った本の解読おわたん?」

「……だいたいね」


 もう一人の侵入者は、艶のある黒髪を肩まで伸ばした華奢な少女だ。縦長の箱のようなものに背中を預け、ネイルが施された白い指でボロボロの本をめくっている。


 服装は広い袖が特徴的なオーバーシャツと、鼠径部そけいぶまで見えそうな際どいショートパンツ。すらりと伸びた脚が履くのは軍用と見紛う頑強なブーツだ。

 背丈は赤髪の少女より高く、歳もおそらく上だろう。凜とした立ち姿は氷のように流麗で、アンニュイな表情と相まって大人の色気を醸し出している。


 一見正反対の二人だが、あれは〝ギャル〟という人種だろう。まだ外の世界に生存者がいたとは驚きだ。

 ふと、黒髪ギャルは本の上から意識を逸らすと、足下の死体に視線を向けた。


「これ、多分このゾンビの日誌だ。名前は……汚れで読めないな。カユ・ウマ?」

「なにそのウマそうな名前。ウケる♪」

「ウイルスの開発者みたいね」

「マッ!? ちょ、アタシにも見せて見せて!」


 目を輝かせた赤髪ギャルがずいっと本を覗き込む。

 頬がぴったりくっついて微笑ましいが、黒髪ギャルは暑苦しそうだ。


「……なにこれ、ぜんぶ英語じゃん。アタシ英語ムリなんですけど!」

「これ英語じゃなくてドイツ語。そもそも日本語でも読めないでしょ、あなた」

「わは、さらっとディスられた♪ んじゃ代わりにアイが読んで☆」

「まったく……」


 じゃれついてくる赤髪ギャルを適当にあしらいながら、黒髪ギャルの瞳が再び本の上を走る。


「……『老い、病、負の感情、死。なぜ神は不全なモノをこの世に残し、我々人類に押しつけたのか。それは神が全能から程遠く、人と同じ不全な存在だったからに違いない。ゆえに私は神を嫌悪する。いつかこの手で、神を越える究極の生命を作り出す。そのために必要なのは生物の進化を促すウイルス』──ちょっとミミ、聞いてるの?」

「ご飯の話マダー? ……あ、いひゃいでふ。ほっぺつねらにゃいでくだひゃい。ひゅみまひぇんでひた」

「……残念ながら、書かれているのはウイルスの話ばかりね。あとはワクチンがどうとか」

「いたた……わくちん?」


 ……マズい。ワクチンの存在を知られた。

 あれがないと、俺は愛しのオフィーリアちゃんを救い出すことができない。彼女はウイルスに適応できた俺と違い、知性をなくしたゾンビになってしまったのだから。

 しかしギャル共はワクチンの重要性に気付いてないのか、はてと首を傾げるばかり。


「ふむ、ワクチン。ワク☆チン。……ワクワクチンチン?」

「繋げないで。……彼らが襲ってきたのは、ワクチンを護るためだったのかもね」

「とっておきのご飯かな?」

「違う。ワクチンっていうのは……」

「えー、じゃあムダ足だったん? サ~ガ~る~」


 ぶーたれた赤髪ギャルがくねくねしながら相方にもたれ掛かる。黒髪ギャルは博士の日誌をパタンと閉じると、ダル絡みしてくる赤い頭を軽く小突いた。


「まだムダかどうかわからないでしょ。……ほら、ちょうどハナも戻ってきた」

「おろ、ホントだ足音する♪ でもなんか走ってんね?」


 ふと、ギャル共の意識が開きっぱなしになっているラボの扉に向いた。

 俺も盗み見ポイントを変えてギャル共の視線を後追いする。

 しかし、明りのない廊下には墨汁のような闇が広がるばかりで、何も見えないし聞こえない。


(こいつら、ホントに人間か?)


 そんな疑問が脳裏を過ぎったとき、俺の目が暗闇を駆ける人影を捉えた。


 暗がりでも存在を主張する大きな胸に、ウェーブがかったブロンドの長髪。ベージュのハイネック・ノースリーブの上に、黒のシアーシャツを羽織った長身のギャルだ。ダメージデニムから伸びた脚がぱたぱたと忙しなく動いているが、靴のヒールが高いせいでいまにもバランスを崩しそうである。

 金髪ギャルははち切れんばかりの胸を弾ませながら、ひどく間延びした声でこちらに叫んだ。


「ミミちゃ~ん! アイちゃ~ん! コレ、ど~しよ~?」


 はて、コレとはいったい?


「……ミミ。どうするのアレ」

「ど~するもこ~するも、ねェ♪」


 訊ねられた赤毛ギャルが苦笑いする。

 次の瞬間、ズンッという重い地鳴りが研究所に轟いた。

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