第五十四話 事案像

私はクマ皮を使い火山の火口をムササビの要領で滑空していた。今の私なら火口の壁面に穿たれた横穴まで一息に跳ぶ事も出来るのだが、それには相当の勢いで跳ぶ必要がある。穴付近の岩の強度も分からないので着地の衝撃で穴が崩れるかもしれないと考え滑空する事にした。

飛んでみて分かったが正確に跳ぶのは案外難しい、この距離を跳んだら私は横穴付近の壁面に刺さったかもしれない。

そうしてなるべく優しく着地出来るよう火口を大きく旋回してゆっくり…ゆっくりと横穴へ向かい…そして無事に着地した。

…簡単に言ったが我ながら人一人を抱えた上にクマ皮で滑空なんてマンガのような出鱈目がよく出来たものだと感心してしまう。


横穴は人二人程度が歩ける程度の大きさで奥深く続いていた。誰が作ったのか、床と壁と天井の造りから人工物に思えた。奥は当然昏く、本来なら明かりでもないと何も見えないのだが、私は奥から流れてくる微弱な「不可視の力」の流れを視ていた。

それはトレントのように力任せに相手の魂を握り潰そうとするような暴力的なものではなく、まるで全身を撫でるような感覚…ともすれば私を招いているようにも感じた。

今までに覚えのない誘うような異様な感覚に私は少し戸惑いを覚えるが、ふと後ろを見遣ると豆粒のようになったサンディが何かを叫んで手を振っていた。ここで怖気づいてサンディの元に帰ったら彼女を安心させてしまうな…と考え私は腕を上げて彼女に応える素振りをして視線から逃れる為に昏い通路に足を踏み入れた。


最初はただの通路だったが数十メートルも奥へ進むと下へ降る階段になっており、その奥底にこの「招く気配」の元があると分かった。

その階段を降りている最中、デュオが話しかけてきた。


「エリカ…これもしかして招かれてる?」


驚いた。デュオもこの「不可視の力」を感じているようだ。クンヤンでもそんな事を言っていたが、この力に纏わる意思までしっかり認識しているようだった。


「そうね…この山に来たのもこの奥のモノに招かれたからかもね」


私はそんな適当な事を言っておいた。


「そんなに遠くから感じていたんですか!?」


驚くデュオだが、先も言ったように適当である。その尊敬の籠った言葉に私は肯定も否定もせず階段の奥底を睨み強者感を出すフリをして目を逸らせた。


(エリカチャンもうまくクールキャラに擬態するようになってきたわね!)


妖精さんからお褒めの言葉を賜る。私は二年ほど人と交流が無かったのでコミュ障気味だ。妖精さん曰く今の私はとても上手く無口キャラに擬態出来ているようでなによりである。沈黙は金だ。


(沈黙を貫いていたらさんすうが出来ない事もバレなかったのにねぇ…)


妖精さんは残念なコを諭すように優しく煽ってくる。十六進数の計算を「さんすう」っていうのやめろ!!私は脳内妖精さんとくだらない会話をしつつ階段を降ると、そこには広い空間が広がっていた。


「ここは…ダンジョンですか?」


デュオが訝しむように私に聞いてくる。いわれてみれば地下に潜る感じはダンジョンぽさがある。正直私はこの世界のダンジョンの定義を理解していないので分からない。


「わからないけどダンジョンコアの匂いはしないかな」


デュオがクンヤンのようなダンジョンを指して言っているのであれば答えは「NO」だ。


私はサンディのロボット免許取得に付き合ってダンジョンの中で二週間程過ごして分かった事がある。あれは私が考えていたダンジョンとは「逆」で、ダンジョンに潜っているのはティンダー人の方だ。こちらの世界こそがエネルギーや経験値やらを無限に産出するダンジョンなのだ。無限に産出するエネルギーとは何か?それは無限湧きするこの世界のお嬢様方みめうるわしいオークどもだ。倒せば経験値になるのか、死肉がエネルギーなるのか魂を回収するのか?それは分からないが、もしかしたらこのゲーム脳世界ならえっちな事をしてエネルギーに変換するとか斜め上なエネルギーの回収方法があるのかもしれない。


「ここはゲームの中の…いや私の夢の可能性もあるわね」


それにしては少し長過ぎる夢だが。

話が逸れたがとにかくティンダー人らの管理する「ダンジョンコア」というシステムで謎エネルギーを何かに変換をする事でティンダー人は向こうの世界とこちらの世界を繋げて侵食し、あのダンジョンを成り立たせている。ティンダー人の造るダンジョンにはダンジョンコアからの波長…特殊な空間維持をする力で溢れていた。だがそれをここには感じられない。そしてデュオが言った「ダンジョン」がティンダー人の作る施設の事ならこれはダンジョンではない。


「むしろこれは…」


甘い匂いで誘う植物のよう…私はそんな事を考えていた。


そうして長い階段を降りるとそこには開けた空間があり、中央には社があった。日本の神を祀る「神社」ではなく石造りでギリシャ風なのだが神殿というには小さく、私には社と思えた。ずっと私達を喚んでいる「招く感覚」はこの中にいるモノから発せられているのが分かる。

だが社の中の様子は外から窺い知る事は出来なかった。


(絶対ロクなもんじゃないよなぁ…)


ここまで来ておいてなんだが私はこれ以上面倒事を抱える事を恐れていた。奥に来たのもサンディをちょっと不安にさせたかっただけだし。


「エリカ?どうかしたんですか?」


そんな様子の私を見てデュオが気遣わし気に問ってきた。


「…もし気が乗らないのなら今からでも帰ります?」


驚いた、いままで私の事に唯々諾々と従っていたデュオがこんな事を言うとは思わなかった。


「その…ボク、この先に居るのがなんだか悪いモノな気がして…」


「そうなの?」


珍しいデュオの言葉に私は少しの警戒と躊躇いを覚えるが…ここまで来て社の中を確認もせずに全く何の成果も無く帰るというのも憚られた。

悩んだ挙句、私は「ヨシッ」という良い時に使う掛け声をかけてそっと社の中を覗き見た。

昏い地下空洞の社、本来なら中を窺い知る事など出来ようハズもないのだが…そこには白磁のような輝きを湛える美少年の彫像が仄かな光に湛えられ安置されていた。年の頃八歳か九歳か…全身が真っ白で特徴的なのはその髪一本一本が細い蛇のようでまるで神話のメデューサのようだった。だが美少年である。いやメデューサも元々美人さんだっけ?


そしてこの貞操逆転の世界においてわざわざ丁寧に皮かむりの表現までしている美少年の裸の彫像は事案である。もしかしてこの出来の良い事案像を封じる為に製作者はこの場所を作ったのだろうか?

私は製作者がこの事案像を作った情熱と芸術性と変態性、そしてこれを隠す為にこの空間を作った努力の方向性に頭が痛くなり、溜息を漏らし目を顰めた。

そして私は視線の端でデュオが私が彫像を見てからの表情を確認しているように感じた。


「…何よ?」


デュオは慌てて私から目を逸らすとしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。


「いえ…その……サンディさんだったらこの像を持ち帰ろうと言い出すだろうな…と思って」


確かにサンディにお土産として持って帰ったら喜ぶ…いや、悦ぶだろうな。

私は別れた際のサンディの絶望の表情を思い出し、少し本気で考えてしまった。

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