第五十三話 遭難

私達は森を抜け山を登っていた。

サンディがもう口癖となった言葉を口にしてきた。


「迷っているんじゃありませんのコレェ!?」


私は彼女に視線を向け、無言で拳を作り親指を上げる。このジェスチャーが何なのか実はよく分かっていないが、確か「かっこいいぜ!」みたいな意味だったと思う。だが彼女はそれで一応納得したのか、とりあえず訝しみながらもついてくるのでたまに使うようにしていた。

親指だけでここまで付いてくるのだから彼女も相当のお人好しだ。彼女の数少ない美点だろう。


◇ ◇ ◇


私達はクンヤンから戻ってくるセイラムの軍と鉢合わせするのを避ける為、街道を使わず迂回をしようと森に足を踏み入れたのは五日前の事だ。


端的に言うと私達は遭難していた。


流石は私が二年近く彷徨った森である。この世界は未開拓地が多いからか一度文明圏を脱すると戻るのに大分苦労をする。それこそ半径百キロに文明の痕跡がない事もままあるのだ。

そして私は文明圏から遠ざかる愚をまた味わっていた。だがこの遭難にあえて甘んじていられるのも、最悪の場合「次元跳躍ジャンプ」で何処かに飛べばなんとかなるだろうという奥の手があるという慢心からだ。そんな余裕が裏目に出て私達は遭難五日目となる。大自然こわい。

実際最悪の時にはそれでなんとかする気でいるのだが、私は「次元跳躍ジャンプ」を使うとその後一日程度行動不能に陥る可能性があるので本当に最終手段とするべく森を歩いて彷徨っていた。

そして私は森でも余裕で生きられる程度にサバイバルに長けている。


「やけたよ」


「またヤギ肉ですの…?」


私はトレントの肉を焼いていた。どうも私は獣に強く忌諱されているようで近くに…いやある程度距離があっても逃げられてしまう。距離もあるので捕まえるのが面倒なのだ。もちろん本気になれば捕まえるのはワケは無い。

だがトレントは逃げないどころかこちらを捕食しようと個体の大小関係なく突っ込んでくる。獲物としては恰好の的だ。


「何度食べても新鮮な未知の舌障りと深淵を思わせる奥深い味ですわね…」


サンディは物憂げな詩人のように文句を垂れている。

容姿だけをみれば絶世の美少女だが、中身は低劣な精神性の性獣で街に踏み入る度にその地を炎上させるトラブルが服を着て歩いている真正の犯罪者だ。だまされるな。

そんな彼女も大分トレント肉に慣れてきたのか、ヤギ肉といって自分を騙しつつ美味しくなさそうに咀嚼している。まぁ良く言って温かいサルミアッキ、悪く言うと穢れたタイヤ味だ。当初は顔面蒼白にしていたのに食べれるようになっただけ頑張っている。


◇ ◇ ◇


そうして私達は山を登っていた。森を彷徨った挙句全く出れる見込みがないので山に登り街道か集落かを探そうと思ったのだ。

ちなみに山に登っても細い街道を発見する事は困難だ。集落だって中規模程度の町では発見する事は難しいだろう。ようは運任せの最終手段である。これで見つからなかったらサンディにも白状して「次元跳躍ジャンプ」での帰還を考えよう。

ちなみにデュオにはもう迷っていると言ってある。


そうしてほどなくして山の頂についた。山といってもクンヤンのダンジョンで降り登りした高さの半分程、健脚な私達にとってピクニック程度のものだ。もっとも今の状況はピクニックなどではなく遭難してサバイバル生活をしている真っ最中だが。

その山の頂から見る火口は広く深かった。煙が上がっている事からこの山が活火山である事が窺える。


「…一切の文明の痕跡が見当たりませんわね」


頂上部を一周、約四キロ程を歩いて確認したサンディが言った。街道や集落どころか川も無い。眼下には三百六十度ただただ広大な森が延々と続いていた。

まぁコイツも薄々私が迷っていると気付いていたのだろう。答え合わせが出来て満足そう…でもなく不満そうだった。

そんな折、デュオが山の外縁ではなく火口の方に視線を向けているのに気が付いた。


「どうしたの?」


「いえ、火口の中腹に何かあるような…」


そうして彼が指し示す先には距離にして五百メートル程だろうか?確かに蒸気に紛れて見えにくいがほぼ垂直に切り立つ火口の壁面にぽつんと人工的に掘った横穴のようなものがあった。


「降りるにしても装備がありませんわね」


サンディもその横穴に気が付いたのか話に入ってきた。

ただの横穴だけだったなら「そういう事もあるだろう」で無視をするのだが、私のベアーアイには透視力はないがその穴から漏れ出る「不可視の力」のような揺らぎを感じ取っていた。

普段なら面倒事は避けるのだがここまで五日もの間、森を彷徨い何の成果もなく遭難していたというだけでは少し恰好がつかないと思ってしまった。


「飛ぶわよデュオ、捕まってて。あとサンディ留守番よろしく」


「え!?ちょっと!?」


そう言って私はサンディを残して火口に向かって飛んだ。


「置いて行かないでくれませんことおおおおおお!?」


山頂に残されたサンディが騒いでいる。


(アラ、サンディチャンおいていくのね?この場で誰が偉いのかわからせてやるつもりね!ナイス判断だわ!!)


妖精さんは私の優位性をアピールする為に彼女を置いていったと考えているようだが、二人抱えての滑空とか物理的に無理だから?わからせてやるとかマウント取るつもりとかないからね?


けれど考えてみると私達はこの森の中を五日もかけて約百キロ程の距離を移動していた。街道からどれだけ逸れているのかは分からないが、おいそれと文明圏に辿り着ける距離ではない。

そうしてこのわりと最悪の状況においても冷静でいられるのは、私が「次元跳躍ジャンプ」での帰還が出来るからで、それは私しか使えない特殊技能だ。その私とはぐれる事になると彼女は今後数年から最悪生涯自力で文明圏に帰れない可能性すらある。そりゃ焦りもするだろう。


「だいじょうぶーもどってくるからー」


そんな一人で残される彼女を流石に不憫に思い、珍しく心細そうなサンディに大声で呼びかけた。


「ぜったい!!ぜったいですわよおおおお!?!?」


必死だ…そして私は心を鬼にしてそんな彼女を置いて火口へ滑空を続けた。


いつもは底抜けにバカ明るい彼女があそこまで必死になるとさすがに良心が痛む…だがデュオを置いていくという選択は無い。それは偏に彼女の日頃の行いからである。素行の悪さに悪行の数々、そして股の緩さ…それらを鑑みて私は鬼にした気持ちから残念ながら当然だな…と菩薩の様に思うに至った。

むしろ悔い改めろ。

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