第五十二話 山狩り

私達はセイラムの街を破壊した後、街に宿泊など出来ようはずもなく近くの山中に潜伏し野営をしていた。

そうして私達は深夜に襲撃を受けた。

もりのたのしいなかまトレント』などではない。街を破壊した凶悪犯を炙り出すためにセイラムの街の怒れるお嬢様方がこぞって山狩りに来たのだ。

「やられたらやり返す」「百倍返しだ」「右の頬の殴られたら左の頬を殴れ」「因果応報」

そんな溢れんばかりのハンムラビの精神からか、セイラムの街のお嬢様方は真っ暗な山中で手に手に松明を掲げ、物騒な雌叫びを物々しく響かせていた。


「「山狩りよおお!!」」「「一度ならず二度までも!!」」「「絶対に逃すなぁあああ!!」」「「生きて陽の光を拝ませるんじゃないわよおおお!!」」


松明の揺らめく橙の炎に照らされたお嬢様の貌は一様に凄みがあった。その面構えにアタマあっぱらぱーのサンディですら多少なりとも雰囲気に飲まれているようだった。その中にはあの肉串屋のお嬢様もおられ、大きなフォークを携えた勇ましい姿は一度ならず二度までも故郷の街を破壊した憎い相手に向けるに相応しい憤怒を、その美しい顔に張り付けていた。


「この神子サンディがお相手して差し上げますわ!いくらでもかかってきなさい!!」


当初こそサンディは得意の光魔法で並みいるお嬢様共をちぎっては投げと確殺の勢いで撃退していたが、真っ暗な深夜の山中で閃くその魔法は正しく夜空に輝く極星の様にお嬢様方を四方八方から招いた。鬼気迫る表情で自らの命を軽んじるかのように雪崩れ込んでくるお嬢様方は控えめにいって悪夢だった。

サンディは調子が良いとはいえ某無双なゲームと違い魔法を行使する度に魔力を消費する。並みいるお嬢様方を片っ端からちぎっていくが、いくら吹き飛ばしても一向に後続が減る様子はなかった。


「ちょっと!?いくらでもとは言いましたがどうなっておりますの!?キリがありませんわ!!」


セイラムの街のお嬢様方を五百人ほど吹き飛ばした頃、サンディが焦りに声を上げた。幾つもの生傷をこさえ息も上がり対応も雑になっている。

ちなみに私は五十人を越えた辺りから違和感を感じていた。気付くのが遅過ぎて天狗に往復ビンタをダース単位で食らうレベルだ。


「サンディ。このセイラムのお嬢様、無限湧きかもしれない」


「は?」


「街道の盗賊と同じ。この世界はモブお嬢様が無限にポップするのかも」


サンディは呆れた顔をしていたが、迫りくる現実に腑に落ちないながらも納得したようだ。そしてその行動を逃亡に切り替えた。


「エリカ!跳べます?」


「いける。つかまって」


私の体調はサンディが時間を稼いだおかげで随分マシになっていた。力任せに跳ぶ程度なら問題ない程度に回復している。

私は足だけに力を纏わせ地を蹴る。それは大地を深く抉り、爆発したかのような土砂を辺りに巻き散らす。それは煙幕代わりになり、そして一息に大空へ跳んだ。


私達はセイラムの街から十キロ程度離れた辺りへ着地した。付近の高い木を探し、その上でその晩はやり過ごす。セイラムの街のお嬢様方が謎のレーダー性能を発揮して私達を追ってくる可能性も排除出来ないが、最悪の場合は何処かへ『次元跳躍ジャンプ』をしようと心に決める。体調を鑑み跳躍地点を考えていたが、その心配は杞憂に終わった。

山狩りに遭うなんて初めての経験で些かアンタッチャブルな夜だったが、私達は無事日の出を拝んだ。


「く…この私様が…気持ちが悪いですと!?」


まるでサンディバカは風邪ひかないみたいな物の言い様だ。だが朝日に照らされたサンディの表情は傍から見ても一目で分かる程顔色も悪く確かに絶不調のようだった。

ちなみに私は一晩経ってすっかり元気を取り戻していた。


「これは…生理ですわ…!デュオきゅん!私様のおなかをさすって頂けません事!?」


サンディは自分の下腹部をデュオに触らせようとセクハラをはじめた。

だがその軽口とは裏腹に顔色は本当に悪く、私達を心配をさせない為の強がりのようにも思えた。彼女には休息が必要だ。なので私はデュオに代わってサンディの腹を軽く浸透勁腹パンをお見舞いし、意識を刈り取った。

彼女は「ひぎぃ」と短く、雑魚のようなうめき声を上げていとも簡単に意識を手放した。

余程疲れていたのだろう。


(エリカチャン!今よ!この女を剥いて街道に晒しましょう!正義の為に!)


なんだか今日の妖精さんは珍しくまともな事を言っているな…?


「あ、あの…エリカ?一体何を…?」


上から順にサンディの衣服を脱がせていく私にデュオが顔を赤くして尋ねてくる。

いや、さすがに私もコイツを全裸に剥いて街道に晒すつもりはない。一応は私達を庇って五百人斬りをしたのだ。体力は限界でそしてなにより切り傷やら火傷の痕があちこちにある。致命的な傷こそ無いものの私から見て十二分に痛々しいものだった。ただこの世界は大きな怪我だろうがツバつけてほっとけば治る…のだがそれでも私達を庇ってつけた傷だ。動けなかった私としてはちょっと無視出来ない。


…と思ったが事の発端は完全にコイツの相次ぐやらかし…というか犯罪行為に巻き込まれた上に勝手にやらなくても良い無双をしたのが原因だった。

でもまぁ一応武士の情け的な?汗を拭いて軽く手当てくらいはしてやろうと思った。


「…見ちゃダメよ?」


ここは女が男を襲う貞操逆転の世界だが、それでも元の世界基準でいうと男の全裸を年端もいかない少女が見るというのに似たシチュエーションである。教育上、精神衛生上共によろしくないだろう。まぁ異性のカラダに興味があるのはわからなくもないが。


「ち、違います!その…ボク、回復魔法が使えるので…」


あーそういえば使えたね…でもツバつけとけば大体の怪我が治るこの世界で回復魔法の価値って凄い微妙そうだな…


「…じゃあ全身を拭いたらお願いするわ」


「は、はい!」


デュオは後ろを向いてそう応えた。

そうして私はサンディ剥きの仕事に戻る。

ぶるん。

肌着から豊かな胸がこぼれた。しね。

私には無い立派な凹凸につい眉間に皺が寄る。ふつふつと怒りがこみ上がってくる…が、我慢だ。そうして私は殺意を育みながらサンディを仕上げた。


「大いなる命 流れる水よ この者に巡りて傷を癒し給え 水の癒しディアヒール!」


デュオの癒しの魔法を見るのは二回目だ。こうして詠唱を聞いてみるとサンディの使う詠唱と大分違うのだと理解した。だが自己流と言っていたデュオの癒しの魔法の効果は覿面だった。サンディの体はたちどころに傷痕一つない綺麗な肌に戻っていた。

ツバつけとけば治る…といっても切り傷一つでも治るまでにそれなりの日数がかかるのだ。火傷の疵はどれだけ時間がかかるかちょっと分からない。

トラブルメーカーなんて温い表現より直接的に犯罪者とか凶悪犯等が似合うあたおか女だが、それでも同じ女として傷が残らずに綺麗に消えた事は嬉しく思う。


「…ありがと、デュオ」


「はい!エリカのお役に立てて嬉しいです!」


デュオはそう言って屈託の無い笑顔で応えてくれた。美少年の笑顔がまぶしすぎて思わず目を瞑ってしまう。これが尊いという感情だろうか?


でも勘違いしないで欲しいのはサンディの傷を治す事は決して私の役に立つ事ではないからね?

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