第五十一話 セイラム再炎上

爆発のどさくさに紛れ、私達はクンヤンの街の外に出た。

そこには何が目的なのだろうか、一面に軍隊と思しきお嬢様方が野営をしていた。数はぱっと見では分からないが結構な数だ。野営しているお嬢様方から私たちを指差すのが見える。耳をすませてその声を聞く。ベアーイアーはクマ耳だ。


「熊女です!その隣の女がサンディで間違いありません!」


なんだ?私か?私達ティンダーの連中以外に軍隊と繋がりなんてあったっけ?意味が分からなかったのでサンディに話を振ったら顔色が変わった。


「…チッ!しつこいですわね!あいつらウィリアムズの手の者ですわ!」


ウィリアムズって…セイラムの街の代官か。

サンディは「通常犯罪者一人の為に軍を動かすような事はせず、ほとぼりが冷め危険が無くなった頃に再度通知をする」とか言ってた気がする。クンヤンの街に入って二週間以上経過しているがそれでもサンディを追ってくるには少し早いように思われた。ウィリアムズさんにとってサンディは「通常の犯罪者」ではなかったという事だろうか?


私はサンディがセイラムの街でやった数々の犯罪行為を思い出した。

街の代官屋敷に押し入ってなんの罪も面識もないウィリアムズさんをボコボコにした挙句、彼女の夫をレ〇プしようとして兵にはばまれ屋敷を爆破し街に火を放って逃げた…ふぅむ?「住居不法侵入」「暴行」「強姦未遂」「公務執行妨害」「建造物損壊」「放火」これをたった一日…どころか一時間程度で流れるように行うとか才能の塊かな?誰もが納得する完全無欠でパーフェクトな凶悪犯だった。法律に詳しくないけど控えめにいって死刑が妥当だと思う。

私は凶悪犯サンディの無駄に綺麗な横顔を眺めて一緒に旅をして良いものなのか、今ココでセイラムの軍に身柄を引き渡した方が世界の為になるのではないか…と考えたが、私の耳は聞き捨てならない言葉を拾った。


「隊長!やはりあの熊女も共犯のようですわ!」


「ええ、予想はしていました。総員くれぐれも油断しませぬよう!」


私、凶悪犯サンディと同類だと思われてた。仕方がないさっさと逃げよう…と思ったが、この逡巡が私の行動の余地を狭めてしまう。要するに判断が遅い、というかサンディの動きはムカつくほど迷いが無かった。


「光よ」「清浄なる」「高貴なる光よ」「降り注げ」「天の怒りを」「蒙昧なる者共に」「知らしめよ」

天割る神の怒りレイ・ストーム


今まで私達の出待ちをしていて平和だった野営地は突然天から轟音を伴い幾条もの光が迸り殺意の奔流に地獄と化す。その一条一条が必殺の…必ず殺すという強い意志を感じる膨大な光の柱だった。

セイラム軍人お嬢様方は鉄の鎧を着込んでいる者が多い。だがそんなものは無意味だった、身を守るには心許ない鉄の鎧は膨大な光量の前に弾け飛び全裸を晒していた。

そうしてサンディは指示系統に出来るだけの混乱をもたらすよう、旗が立っている場所であったり、この世界的に高品質な装備をしているつもりの肌の露出が多い破廉恥な指揮官であろうお嬢様を中心に蹂躙して回っているようだ。

つーかコイツ強くなってない?


「エリカ!逃げますわよ!!」


サンディは大惨事の現場を後ろにその綺麗なカオで本日三度目となる逃げる発言をのたまう。やり切ったという爽やかな笑顔が眩しい。何故この惨状を作り出して「良い事をしたぞ、ドヤ!」みたいな笑顔が出来るのだろうか…甚だ不可思議である。


「跳ぶから捕まって」


凶悪犯サンディとフレンドリーに話し、逃げるのに手を貸す…私も完全に犯罪者の一味だ。これはセイラムの代官から指名手配かけられるんだろうなぁ…セイラムでは手配書がきっと貼られてて肉串屋の愛想のよいお嬢様からも白い目で見られてるのかもしれない…

そんな事を考えて跳んだのが不味かったのだろう、私は一足踏み込みいつも通りの跳躍をしただけのつもりだったが、ダンジョン内でティンダーの四つ足ロボが見せた突然背後に現れるという技術を偶然模倣してしまったようだ。




気が付くと私は何処かの街の聖女像に乗っていた。

途端全身が重度の疲労と倦怠感に襲われる。こちらの世界に来て私の体は森の中だろうと一日百キロ程度を走破出来る位になっていて、疲れと縁遠くなっていた。だが今は気が抜くと膝が折れてしまいそうな疲労感に全身を苛まれている。それを気取られぬよう聖女像にもたれかかった。


「エリカ?」


勘の良いデュオが私の体の異変に気が付いたようだ。だが私はそれをわざと遮るように疑問の声を出す。


「ここは…?」


サンディが何かに気付いたようだ。だが私もこの聖女像に見覚えがある。


「おーーーーっほっほっほっほっほっほ!!!!」

「素晴らしいですわ!!セイラムの街じゃありませんの!!」


セイラム?なんで?


「なるほど…これがマップで一本角熊に乗って一度行った事のある場所に簡単に行き来する『次元跳躍ショートカット』なんですわね!」


サンディは馬鹿である。コイツは前世知識なんてものを持っていてそれに当てはめて考えようとする癖がある。そして今その情報と照らし合わせて何かを勝手に納得しているようだ。

だがヘタな突っ込みは入れられない。何故なら私は今、体力がごっそり奪われ全く動けないのだ。私が何故だかピンチだという事をサンディに悟られてしまうとデュオを攫って逃げるだろう。そして体力を回復させサンディのいう『次元跳躍ショートカット』で二人を追えたとしてもその後にこの虚脱感に襲われてしまっては絶対にこの無法者サンディに勝てない。


内心そんな焦りを憶えていると躊躇いのないサンディの蛮行が始まった。


「聖なるかな」「光よ」「神霊よ」「眩い」「力よ」「凝縮せよ」「我が手に」「降臨せよ」

神威纏う聖なる剣アステリズム


彼女の手に人の目で見るには難しい程の眩い光が凝縮され、それは質量を持って顕現した。天に向って伸びる質量を持った十字の光の剣、その迷惑極まりない光の塊を彼女は構える。それをわざわざ横薙ぎにして街を払った。辺りからは道を壁を家を、街を破壊する轟音、そして悲鳴が響く。


「おーーーーっほっほっほっほっほっほ!絶好調ですわーーーーー!」


サンディは代官屋敷を粉々に吹き飛ばすついでにセイラムの街を一薙ぎで破壊した。舞い散る瓦礫、舞い飛ぶ人。阿鼻叫喚の地獄絵図である。

誰だコイツにこんな規格外の力を与えたバカは…


「私様に楯突いた事を後悔するがよろしいですわ!!」


正直マズイ。体調が普段通りであっても今の絶好調サンディと対峙するのは避けたい。このあたおかは今は敵ではないが決して味方などではない。というかこの公共の敵ナチュラルボーンテロリストと味方だなんて良識的な文明人としての矜持が許さない。

だが体調の悪さを隠そうにも先のサンディが放った一薙ぎ、その衝撃波だけで足がふらつき小さい声が漏れる。


「……ぁぅ」


「だ、大丈夫ですか?」


デュオが慌てて私に肩を貸してくれる。なんだかデュオが逞しくなってる?少し気恥ずかしい。

そんな私をサンディが心配するかのように顔を覗き見てきた。マズイ。

そうして顔色の悪い私を見て何かを察したようににやりと顔を歪める。


「ははーん?生理おんなのこのひですの?」


しね。

体を預けるデュオの背から動揺した様子があった。私から顔をそらしているが耳が赤い。ちがうから。


「重いんですの?」


まじでしね。

こちらが動けないとみてここぞとばかりにいやらしい顔で煽ってくるサンディ。

そして恥ずかしがるデュオの様子を見て満足気な顔をする。カスである。


「ご安心あそばせ!『次元跳躍ショートカット』の後は次の日の朝からの行動になりますわ!」


「…どういうこと?」


「多分その日は他の行動が出来ません、私様が行動出来たのはゲームと違いますがともかくゆっくり休むと良いですわ!」


コイツ不調の原因を知っていて私をダシにデュオにセクハラかましやがったのか…


「さて、シナリオ通り代官屋敷も気持ち良く破壊しましたし、また王都を目指しましょう!」


行く先々で確実に街を炎上させる公共の敵サンディと共に向う王都。もう嫌な予感しかしなかった。

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