第五十話 クンヤン炎上

二週間が経った。

ダンジョン内、特に完全に異界と化したティンダーの領域での二週間が地上での二週間かどうかは定かではない。

ただ一応二週間が経ったらしい。

事の発端はサンディの唐突な発言だった。


「私様賠償にACを所望致しますわ!」


そういってティンダーの連中を強請ったのが始まりだった。どうやらシャーロットのロボットがとても羨ましかったらしい。だがティンダーからの返答は残念なものであった。


「あの機体はクワッド様が我々ティンダーの領域とそちらの世界の狭間で採掘された別の次元…いえ、彼女の高貴なる精神の具現化に等しいものです。我々が作る機械メカ生体とは全く異なる物で用意致しかねます」


なんだかティンダー人に突然褒められたシャーロットはドヤ顔をキメている。

今、三倍お嬢様はサングラスをかけているのでクワッド・バナージのつもりのようだが私は心の中でシャーロットと呼んでいる。まぁどうでもいい。


「あれだけの芸術品を発掘出来るのは偏に彼女の高貴で高潔な精神が形になったからです。貴女のような低劣な精神性では無理です」


サンディの精神性が低劣である事は間違いないのだが、ティンダー人はシャーロットがまるで高貴であるかのような勘違いをしていた。

そしてサンディにあまり事実を突き付けると街を炎上させる癖があるので取り扱いに注意した方がいい。


「我々から提供出来るのは小型のヘルハウンズ型です」


そう言って机の上にカタログ?を差し出してきた。そこに表示されているのはサンディがMTと騒いでた小型の四つ足ロボだった。アレ人が乗れるのか。


「エリカにボコられたあのデカブツはございませんの?」


随分とダウングレードされて不服そうだ。でも小型のロボでも五メートルはある、直接見上げて対峙した私としては結構凄いロボットだったと思う。


「ミゼーア級は試作機です。もっともそれも壊されてしまいましたが」


なんで壊れたんだろうね。少々心当たりのある私は目をそらせた。


「そして免許の取得には最短で二週間かかります」


ロボット免許制だった。

サンディは目を丸くしている。


「またもし仮にミゼーア級に搭乗する為には大型免許が必要です。大型免許は普通免許を取得してから三年経過しないと取得できません」


大型免許を狙うならサンディは無言で置いていこうと心に決めたのだが、結局二週間かけて免許を取得する事にしたようだ。逆説的に私はサンディに付き合って二週間はここにいるつもりになってしまった。もちろん私は文字が読めないので免許など取ろうと思わなかったのだが「普通免許は十八歳以上でないと取得出来ません」と追い打ちまでかけられた。


◇ ◇ ◇


そうして私たちは軽快に走るヘルハウンズと呼ばれた機械メカ生体とやらで山体を駆け上っている。

ちなみにティーラ姫はシャーロットと共に二週間も政務を空けるわけにはいかないと先に戻ってしまった。


「おーっほっほっほ!なかなか良い機体ではございませんこと!!」


素人目にもアクセルベタ踏みでナチュラルにスピード違反をしている気がするが、私は免許を持っていないので詳しい事はわからない。体高五メートル程の揺れるロボの背でデュオは無言で何かに耐えるかのような表情をしている。サンディの運転が荒い事は伝わってきた。


少々探索者お嬢様方を撥ね跳ばしたようだったが事故はなく無事に我々は地上に帰還した。サンディは「避けない方が悪いのですわ!」とか言ってたがこれで免許持ちだ。このバカに免許なんてモノを与えたティンダー人さん側にも問題がある気がする。

そうして私たちは実に二週間ぶりの日の光を目にするのであった。



ギルドの前に白い立派なヘルハウンズを立たせている。ギルドの建物と同程度の高さの綺麗なロボットだ、目立たないハズがない。その頭頂部にサンディが自慢げに立っていた。


「ねぇコレ地上でも使えるの?」


なんだか不思議エネルギーで一生使える可能性もあるが、シャーロットのロボは地上では使えないみたいな事を言っていたのを思い出したので聞いてみた。


「もっちろんです!燃料はヤギの肉片を砕く事で代用出来ますわ!」


ヤギってトレントの事か。アレの肉片って薪だろうか?案外レトロだな。自然に優しそう。



「ヒュウゥゥゥゥゥゥゥン……!」


バーニアを噴かし自然に優しくなさそうな力強い高周波のエンジン音が辺りに響く。

デュオは目を驚きと期待に輝かせている。

うん、男の子はこういうの好きだもんね…と思ったが周りのお嬢様方も雌叫びを上げている。

こういうテンションが上がる時には脱ぎ始めるお嬢様バカにも大分慣れてきた。だが残念ながらこの世界は被覆率が低く、ほとんど脱ぐ物がない。ほとんど全裸お嬢様共は全裸お嬢様になった。そしてどさくさに紛れて自らの肢体や局部を何気なく、無理やりデュオに見せつけようとする数多のお嬢様バカ共を片っ端からぶちのめしていく。

そうやって案外忙しくしていると、エンジン音は次第に「ゴオオオオ」「ボッ」「ボッ」という変な炎が混じった妙な音になった。ダンジョンと地上とでは勝手が違うのだろうか?正直嫌な予感がする。

だが私の危惧とは裏腹にその音に恥知らずなお嬢様方は舞い飛ぶブラにパンツの大盛り上がりだ。


そしてコクピットが開き、サンディが飛び出し叫んだ。


「エリカ!!逃げますわよ!!!!」


正直、全く予想をしていなかった訳ではなかった…が、ホントになにやってんのコイツ…デュオを見ると絶望に満ちた表情をしている。私は躊躇なくデュオを抱えこの場から離れるべく跳んだ。

その一瞬後、街中で決して起きてはいけない大きさの火球を見た。衝撃よりも速く私は爆発の中心から逃れ、街の外延部に着地した。一瞬遅れてやってくる轟音と衝撃。クンヤンの街は爆発の際に飛び散った燃料に引火したのか、ギルドを中心に火の手があちこちから上がっている。

呆然と炎上する街を眺める私たちに場にそぐわない凛とした美しい声が響く。


「逃げますわよ、エリカ」


いつのまにか私の熊のしっぽをしっかりと握り、難を逃れたサンディ元凶は何の瑕疵も憂いもない美しい笑顔でそうのたまった。

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