第四十九話 ダンジョン会談
四つ足ロボの前腕がその巨躯を無視した速さで前足を振るう。
正直私はこの次元を跨って影響を与えるという力を甘く見ていた。彼我の距離は百メートル程もあるのに「不可視の力」を纏った腕は距離を無視するどころか私の周囲に「同時に」五回もの斬撃を加えてきた。これが一度ならまだしも十度二十度と連撃を叩きこんできてその全てが音速を超えて振るわれる。その度に周辺の施設は衝撃波に震え、しっかりとした建造物ならまだしもプレハブのような施設は紙切れのようにバラバラになり吹き飛んでいった。
その嵐の中心にいる私としてはたまったものではない。
だがコイツは「不可視の力」を使う時にだけ力を纏わせている。その使い方は「視える」私からすれば拙かった。攻撃をする時には前足に、超速移動をする時には後ろ足に、空間を跨ぐ時に刹那の間だけ全身に覆う。
トレントや私のように常に全身を覆うような使い方はしない。彼らにとってこの力は消費を躊躇ってしまう程度に貴重なものなのだろう。
私はその力が体の内から湧いて出てくるのでそれを常に全身に纏っている。この状態ならいくら攻撃を食らってもダメージは無い。それどころかその力を振るわれる度に力を吸い取れる。
一方的にみえる攻撃に晒され続けても、消失する素振りもない私を見てルルハリルと名乗ったティンダー人も気が付いたようだ。
「お前…この力を…食っているのか!?」
不審な程ダメージのないのを見て距離をとるティンダーの四つ足ロボ。空中でこちらの様子を観察している。攻撃される度に私は力を上げ、そして敵は弱体化していく。この「不可視の力」で攻撃される限り私は全く負ける気がしなかった。
「悪食にも程がある…お前は一体何者だ!?」
「敵じゃないよ」
「…ダンジョンコアを破壊した時点でこちらでは重犯罪者だ!」
あの
私は今まで「不可視の腕」で出来る事は「掴む」とか「障る」程度だった。だが目の前で距離を無視し、時空を捻じ曲げて攻撃するという使い方知った。だから同じ事を試す。
「くらえ!」
距離があろうとそれを無視して相手を殴りつける。空間に干渉し次元を飛び越え、避けられない一撃を見舞う。同時に十五発の不可視の攻撃をその身に食らった四つ足ロボは終末の喇叭のような奇妙な音をあげて驚くほど呆気なく轟沈した。
「なんだ!?何が起こった!?」
轟沈するロボットのコクピットから人が射出された。逃がしても面倒なので私はそれを優しく「不可視の腕」で掴むと「ひぎぃ!」という悲鳴のようなものをあげて白目を剥いて大人しくなった。
そうなんだよねぇ…魂に障っちゃうんだよねぇ…
(これは死んだサンディチャンの分よ!!)
サンディ死んだ…!?
妖精さんを見ると彼女は可愛くウィンクをしてのたまった。
(フフッワタシの言葉に間違いはないワ!でももし間違いがあったらそういう風にしましょ!エリカチャン!)
可愛く、自信満々に語る妖精さんだがその内容はサンディの死だ。しかももし間違っていたら事実にしようぜとけしかけてくる。本当の良い性格をしている。
◇ ◇ ◇
四つ足ロボを迎撃の後、私はルルハリルという女性を引き渡してティンダーの駐屯地のような場所で文明的にお茶をしていた。
「人を捕縛しておいて男の一人も寄越さないとはどういう事ですの!!誠意を見せなさい!誠意を!!」
サンディ生きてた。謎のクレームをつける程度には
そんな彼女をどうしてやろうか一瞬悩んだが、妖精さんがウィンクを連打し、親指を下に向かって指しているのを見てコイツに従うのも癪だな…と冷静になって考え直した。
「現在この基地に男は顕現しておりません」
交渉役のティンダー人、女性の発言にサンディとシャーロットは一目見て分かる表情でショックを受けていた。本当にこの世界の価値基準は
「噂のティンダーの男の尻尾を撫でまわしたかったですのに…」
「私は彼らの尻尾の付け根をこう…」
ティンダーと呼ばれるこの異世界人には頭には角、そして太い尻尾が生えている。この世界では見かけない風貌だ。
「逞しい尻尾を使用できるって本当ですの?」
「ええ、本当ですことよ!性感帯にもなってまして…」
サンディとシャーロットの
それを前にしてティーラ姫は笑顔を強張らせ、ティンダーの人はドン引きしている。
ともすれば意気投合しているようにも思えるが、彼女らの前にティンダー人の男が一人現れた場合、確実にこの場で殴り合いになるだろう。
「ティーラ姫、私ルルハリル蒼位政務官です。この度はご無礼を致しました」
ティンダー人のお姉さんだ。ルルハリル?…さっきの人とは別の人だが…これは名前ではないのだろうか?
「いえ、お互いのすれ違いを認め最悪の事態に至らず良かったです」
本部?が半壊したが、きっとこれも許容範囲なのだろう。サンディが焦げたのは些事だ。
「この度はどのようなご用向きでしょうか?」
この質問にサンディが答えた。
「「溢れ」が起きないかを私様達は危惧しておりますわ!」
「溢れ?」
おや?ティンダー人さんは「溢れ」を知らない?
「私様達は「溢れ」既にこの世界に異界を顕現させた貴女方が外界へ侵攻をしないかを憂慮しております!」
直接このティンダー人という異世界人と交渉できるとは思わなかったが千載一遇のチャンスだ。しっかり伝えておかないといけない。できれば私の元の世界に繋げられないかという要望も聞いて貰いたいところだが…サンディの前で私が転移者である事を暴露して聞くのは憚られる。なにより今空気を読まずに聞ける程私は厚顔無恥ではない。
…いやコミュ障でヘタレなだけだけど。
「我々がそちらの世界を攻めるような事例は…まぁ過去にないわけではないですね」
あっさり認めたな。
「過去別の顕現地で二度外界に討って出たという記録があります」
「理由としましてはこの世界の女性が我らの男性研究員を襲って……その、性的に搾取されるという痛ましい事件が頻発しまして」
…安定の
ティンダー人のルルハリルおねーさんは顔を赤らめている。無駄に膂力のある蛮族お嬢様共が寄ってたかって男を剥いて襲い嬲る事案が目に浮かぶ。この世界ホント最悪だな。
頭を抱えるティーラ姫。対して何故かサンディとシャーロットは胸を張ってドヤ顔をしている。バカの色分けが出来たな。
私は一周回って虚無の感情が芽生えていた。
「襲われるだけならまだしも異世界に攫って行くケースが頻発しました。家族からは捜索願いが出され、人道上の問題として私達の世界では大きな社会問題となりました」
「当時の外界の支配者と話し合いましたが交渉は決裂。戻ってきたのは女性兵士だけで、拉致された者の身柄と安全を
「溢れ」を警戒しているのは男を拉致する側の連中で、お互い適切な距離を取り友好を示したティーラ姫は「溢れ」が起きるような事案を上手く避けていたようだ。
根本的な原因は……文化の違いだろうか?
「ですがそれに関しては既に法律で男性研究員をこちらの世界に顕現させない事で対策しております」
ニッコリと笑顔で言うティンダーのお姉さんだが、サンディとシャーロットは信じられないという顔をして強いショックを受けていた。
「そん…な…」
「レアドロップを信じておりましたのに…」
ナイアルラ国物語ってどんなゲームだったんだろう…
「我々も文化や道徳に差異がある事は理解しています。ですがこちらの世界では人身売買は認められておらず、人攫いは重罪です。ご理解頂きたい」
人攫いは重罪…か。多分この世界
ショックから立ち直れないサンディがうわごとの様に呟く。
「首輪をつけていない
サンディのアホ面を見てティーラ姫は私と同様に
でもティーラ姫、貴女が懐いているシャーロットもサンディと同じくらいショック受けてるからね?
「そして熊娘様」
突然私に話が振られた。しかもなんだか空気がとげとげしい。
「ダンジョンコアの破壊は国家が揺るぐ程の経済的損失を招きます。以後お控え下さい」
最後は私に対する文句だった。キレイな笑顔なのに何故か滅茶苦茶キレてるのが伝わってくる。とてもではないが私の元いた世界と繋げられないかと聞ける雰囲気ではなく、私はそっと目をそらした。
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