第四十四話 ダンジョン研究

「貴女も前世の記憶がある方なんでしょう?」


ティーラ姫はどうやら先ほどの醜態を忘れようとするかのように酒を飲んで雑に管を巻いている。

この世界が何歳からお酒を飲んで良いのか分からないが、デュオと同じくらいの歳に見える…という事はこの世界だと二十歳位だろうか?

二十歳ってお酒飲んで良いのだろうか…そんな異世界の常識が分からずとてもツッコミを入れ辛い。


そもそも今まさに異世界転生ぶっちゃけ話をしている最中なのだ。酒の年齢など些事である。


だが私は自分が転移者?であると明言していない。サンディがアホで勝手に手札を晒してくれるので暫くは情報の収集をしたいのだ。

ただでさえ私は魔法のイロハも分からない上に文盲で計算が苦手なのだ、分が悪すぎる。


そしてサンディにしては珍しく口数少なくジュースを飲んでいた。今更ながら同じ転生者を警戒しているようだ。あれだけ自己紹介しておいてアホなんだろうか。


「ボクはねぇ…前世は男だったんですよ!!」


「ふーん…そこをもう少し詳しく聞かせて頂けますかしら?」


やたらと大人しかったサンディバカはティーラ姫の前世が男という言葉だけで強い反応を示した。


「ボクからするとでぅねぇ…ここは男女の貞操が逆転した世界なんです」

「でもこんな頭のおかしい世界じゃなくて元の世界はもう少しだけまともだったんですよ!」


彼がどんな世界から来たのかは分からないが、私の前にいた世界の中学生男子は学校にエロ本を持ってきてワイワイやったりしていた。ニュースでは女性モノの下着をおじさんが買ったり?して話題になっていた気がするが、今から考えれば下着を買っただけでニュースになるとはなんとも平和な世界だった気がする。


前の世界では男が水着姿で駅前でも歩いていたら警察沙汰だったと思うが、この世界ではビキニアーマーを着て街を練り歩く行為は淑女的行為としてむしろその胆力を賞賛されるフシがある。

だから最近はこの世界をただの貞操逆転した世界ではなく、もう少し低劣バカの世界であると認識を改めていた。だがその認識は下振れに上書きされた。


「公然とテイスティングなんてしないし!」


公然テイスティング?

突然の聞きなれない単語に脳の反応が遅れる。


(エリカチャン!これよ!!)


妖精さんが出番だとばかりに颯爽と口を開けて筒状の物を口に含み前後に動かすジェスチャーをする。私は公然と何をやるのか、情報が繋がらずに混乱した。一生懸命に筒状の物を口に含んでしごくゼスチャーを続ける妖精さん、かわいい面してその行動はえぐい。そうしてその内容を理解して私は世界の一層の低劣さに恐れおののく。


サンディは手のひらを頬に当てて首を傾げて「あら、何がおかしいのですの?」といって清楚アピールのフリをしてバカを晒している。

バカめ、そもそも行為そのものがアウトだ。そしてそのアウトを認識していないアウト生物なのだ。

そしてコイツはいまだティーラ姫の前世が「男」という言葉を強く意識し、猫をかぶっているつもりのようだった。バカが過ぎて頭が痛くなる。中学生男子チンパンジーか?


そうしてサンディはそのじっとりとした視線をティーラ姫から私の横に座っているデュオにも向けてきたので軽く不可視の腕で魂をタッチしておいた。

サンディは昏倒した。


「それですよ」


ティーラ姫が明確に私の見えないハズの腕をその目に捉えていた。「不可視の腕」だと私は考えていたが、どうやらティーラ姫にはお見通しのようだった。


「空間を掴み、次元を超越し、魂にも干渉出来る根源の力」

「クマ娘さん…エリカさんでしたか?貴方も転生者ですよね?」


「チ、チガイマス…」


私は多分転生者ではなく転移者だと思うので否定っぽくしておいた。


「めっちゃ目を逸らすじゃないですか」


べ、別に目をそらしてもいいじゃない…

だが姫のジト目はすぐに緩み、話題を変えてきた。


「ボクはダンジョンは異世界と繋がっているのではないかと思っています」


うん?まぁ私も何度か入った事あるけどそんな感じだったな?


「この世界にダンジョンは複数存在していて、それぞれ「開発度」が違っています。ダンジョンはそれぞれが独立しており、そして独自に研究を進めています。それは彼らが安定してこの次元への干渉アセンション技術があるといえます」


なんだか姫様難しい事を言い出した。


「これはこの世界だけでなく、他の次元へ干渉出来る可能性を示唆しています」


「それは…元の世界にも帰れるかもしれないって事!?」


つい言葉に出してしまった。サンディは寝ているとはいえ転生者のティーラ姫にだっておいそれと手の内を晒すつもりはなかったのに迂闊な事を口に出してしまった。


「…驚いた…貴女は転生者ではなく転移者ですか?」


う…うお…私は目を逸らす。


「めっちゃ目を逸らしますね…」


そんなに逸らしてないし…そしてデュオと目が合った。

彼も言葉にこそ出さないが、その目はありありと驚きを湛えていた。


「…まぁ転移者なら隠しておきたいプライベートがあるのかもしれませんし、それをわざわざ暴こうとは思いません。でもボクは貴女と、そしてティンダー達とも協力したい」


「…ティンダー?」


初めて聞く名前だ。姫様なりにダンジョンを研究して出てきた名前だろうか?


「はい。彼ら「ティンダー」がこの世界を侵略するかもしれない可能性は排除できません。ダンジョンは侵略の為の橋頭保かもしれません」

「彼等は僕らには無い技術でこの次元への干渉アセンション技術を研究をしています。ですがボクが今まで交流を重ねた感じ、彼らはダンジョンの中心部を見せてくれたりと友好的で研究熱心との印象を受けました」


あー…言われてみれば昔は結構ホイホイダンジョンコア?みたいなのを自慢げに見せてきたな…


「転生する前の世界で多分ボクは何らかの事故に遭いました」

「そして今更前の世界に戻ってもボクの両親は…メス堕ちしたボクの事を「冨士宮正樹」として認識はしてくれないでしょう…」


「そ、そう…」


ティーラ姫は突然カミングアウトをして瞳が曇った…よくわからないけどどんまい。


「でも元の世界と交流出来るかもしれないという可能性を…潰したくないんです」


そういった彼女の瞳は先ほどまでのように濁っておらず、その可能性に瞳を輝かせていた。


私は多分転移者だ。この世界に服装はそのまま、突然やってきたと記憶している。だから前の世界に戻れるなら…戻りたい。

つまらない日常だったけれどそれは平穏で、それであの世界には一応両親がいるのだ。私に興味がなかったとはいえ何も言わずに消えた私を人並とまではいかないまでも心配してくれているかもしれない。

二年もの間一人で夜を過ごし、望郷の念が湧かないなんて事はなかった。


「…わかった、出来る事があるなら…協力する」


ティーラ姫がまばゆい笑顔を私に向けてくる。顔面偏差値がやたらと高いこの世界のお姫様だ、かわいくてまぶしい。


「はい!お願いします!」



でも私ホイホイ見せにきたダンジョンコア?を全部破壊したんだけど嫌われてたりしないかな…?

最近じゃダンジョンに入っただけでアラート?みたいなのが鳴ってダンジョン総出で襲いかかってきたりするようになったけど、ホントにダンジョン同士は繋がってない?

私は少し不安になったが、いざとなったらいつものようにダンジョンコアぶっ壊せばいいか…と納得してまぶしいティーラ姫の笑顔に少しの笑顔で応えた。

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