第四十二話 閑話・転生者ティーラ・上

ボクの名前はティーラ

ラ・イラーの海を統べる人魚の王族として生まれた。


蝶よ花よと愛され育ったボクだったが、ある時眠っている母上にご挨拶をすると三日三晩寝込んだ後、ボクには前世の記憶が生えていた。

俗にいう異世界転生というヤツだこれ!!と当時は随分困惑し、記憶と現状のすり合わせに苦労したものだ。


ボクの名前は「冨士宮正樹」十七歳高校二年生だった。

最後の記憶は学校に通う為に電車に乗って試験の為の単語帳を見ていたが眠たくなってしまい…それで終わりだった。

元の世界で何が起こったのかを知る手段はない。事件か事故に巻き込まれたのだろうか?それともここはまだ夢の中なのか?


気が付いた時に周りは綺麗な人魚のお姉さんがこちらを心配そうにのぞき込んでいた。彼女らはおとぎ話に出てくる人魚そのものの格好で、胸の双丘を隠す者もいれば隠さない者もいて本当に目のやり場に困った。

だが少しして気が付いた、皆はボクを「姫」と呼ぶ。なんとボクも女の子だった。

それどころかどうやら彼女らとは根本的に違う種らしく…ボクの胸はつるりとしていて乳房のようなもすら無かった。


情報を整理しようと思う。どうやらTS転生のようだ。

だからそれなりに仲良く連れ添った子息は消失していた…彼の本懐を遂げさせる事が出来なかった事実に少し心が痛かった。

そして乳房がない。これはどういう事だ…もしかして根本的に魚類だからだろうか…?ボクはもしかして卵生なのか…?

そんな疑問をある日恋バナっぽい話になったので侍従の一人に聞いてみたが答えはなかなか衝撃的だった。


「そうですわね姫様…脚のない我々には男の珍宝をしごく手段が限られております。海の中に攫うわけにもいかないので海辺で手早く精を絞る為にも人類種のような胸の形を模した形に発達したと考えられております。」


そう言って口を大きく開いて指で何かを握ってしごくような動きをした。

彼女の答えにボクは宇宙の猫のような感覚を味わっていた。


「ですが姫様のような貴人が精搾りなどする必要は御座いません、我々が責任を持って搾り取って貴卵に捧げましょう」


「そ…そう…」


そう言った侍従…アーガイルは頬を上気させ、その瞳には獲物を狙う光を宿していた。


どうやらボクはまだ幼体のようだし暫く卵を産んだりする必要はなさそうだったので頭の痛くなりそうなこの世界の恋愛事情に一旦蓋をする事にした。

そうして内政と魔法の発展に注力する。


魔法はそもそもある程度体系化されていたのだが、ボクは『纏気まとうき』と呼ぶ新技術を開発した。これは身体能力を二倍~五倍程度上昇させ、特に深海探査能力においては七倍程度まで伸ばすことに成功した。

ほぼ全ての人魚が使える技術でこれには人魚社会に大きな変革をもたらすものだった。

そしてこれは陸上への進出も視野に入れた魔法だった。


「姫、陸上でめぼしい資源など男以外ありませぬ」


見た目二十後半にしか見えない美しい人魚の長老からは耳を疑うような反対意見が出された。世界はそもそも海が大部分を占めていて未探索領域が多いのにわざわざ狭い他の文明圏の土地に手を出しても良い事は無いと。

過去に何度も抗争になっており彼らは川や海にマンチニールの毒を撒いたり蛮行の限りを尽くしたとか。一旦海岸線に毒を撒かれると男を略奪する事が難しくなるので反対との意見だった。

敵も味方も須らく野蛮人だった。

というか男が少ないと思ったらどうやら貞操逆転世界なのか…


だが長い目で見た時に水中ではやれる事が限られてくる。鋳物、製鐵、新素材の開発に魔力に依存しないエネルギーの確保。これらには陸上での研究開発が必須だった。


そしてなにより美食だ!ボクに前と同じ味覚があるのかは分からないが海で採れない食材だけではない。焼く、煮る、蒸す、揚げる、炒める…それを長老達は「知らない」から「いらない」などと言い切れるのだ!


だが真っ向から長老達とぶつかるのは得策ではない。海洋での探索を行い、一部は陸との親善を深めるという事になった。

すると陸の情報収集をするうちにどうやら沿岸部都市クンヤンという都市に「ダンジョン」というものが「うまれた」らしい。正直どういうモノなのか深く理解していなかったが、とにかく大量の真珠でその一帯の権利を買ってから情報を集めた。


結論から言うと「ダンジョン」は「異世界の穴」だ。

異世界の彼らはこちらの生命体の「情報」を渡すと「向こう側の」同等の生命体をコンバートしてくる。その生成の仕方は本能的、反射的なものではない。技術に裏打ちされた明確な学術的行為のようだ。

彼らも我々が交渉に値すると認めてくれたのか、ダンジョンの中心といえる施設まで案内してくれた。この時はまだ影としか言いようのない存在の彼らだったが、この一連のやり取りで我々は異世界の彼らと親睦を深めつつあった。


それでも彼らを脅威として認識するか、相互発展の為に更なる投資をとるかは判断が難しい所だったが、時間…というか時代…いやこの蛮族世界は選択を許さなかった。


ダンジョンと聞いて野蛮人お嬢様方が大挙して押し寄せたのである。

ここは私有地だっつーの!!


彼女らの身柄はこの異世界の主である彼らに一任し、それ以降もたまに顔を出しては魔力を魔法へ変換する過程などを見せたりして友誼を深めた。

その後「クンヤンダンジョン管理組合」なるものを立ち上げ、出入りした人数とダンジョンから産出された素材やアイテムの買取をする事で異世界とどれだけ「取引」があったのかを纏めるようにした。


そうしてクンヤンの近郊に建てた大使館でボクらは陸のお嬢様を招いて親睦会という名のバーベキューパーティーを開いた。

結果からいうと味覚…ありました!ボクは久々の美食に舌鼓を打ったのだった。

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