第四十一話 大海原の決闘・下

転生者…なのかは分からないが、ティーラ姫の膨大な魔力を変換する事で生み出された『広大な海』は瞬く間に私たちを海中へと誘った。

それは亜空間の創造にも近しく、私たちは次第に海中深く光が遠くなるように錯覚する程だった。

水面であろう場所を見てわーきれいとか考えてる場合ではない。


サンディを見るとこちらを向いて楽しそうに天空罰字拳のマネをしてる。案外元気そうで安心する。サンディくらいのあたおかになるとこれでもまだ余裕なようだ。

気分は海中旅行だが、クマの毛皮の中にある空気はすぐになくなりそうだった。あんまり悠長にしてるとデュオの息が続かなくなる。


デュオ、しっかり背中につかまっててねボコボコブオッコンブクブクブコ


全く言葉が通じる気がしなかったが、デュオは必至で私の体にしがみついているのは分かった。


しかしサンディがアトラクション気分で海中を楽しんでいる間にもお姫様はしっかりと追撃の為の魔力を練っていた。


大渦潮メイルシュトローム!!」


お姫様はサンディと違って抜け目がないな。

彼女の声など聞こえるはずもない海中に涼やかに響く断罪の如きラストワードが響く。巨大な水に支配された空間そのものが偏移する。この力の偏移は人の身で抗える類の物ではないと理解させられる。これは多分結構マズイヤツだ。

デュオも心配だしサンディが乙女がしてはいけない表情をしているし良い頃合いかな?


私は不可視の腕を伸ばし、空間に固定する。

自分の動きが止まるとスゴイ速さで私の周りを流されていくサンディがちょっと哀れに思えたので、不可視の腕で掴んでおまけで留めておいてやった。触れた瞬間にビクリと痙攣したのでまだ生きているようだった。


洗濯機のように回る巨大な渦の中で完全停止した私たちを見てお姫様は驚いているのがわかる。

控えめに見ても物理法則を完全無視してしまっている、悪目立ちもするだろう。


「あれは…お母様と同じ…原初の力バーバリアンソウル!?」


ちょっと何言ってるのか分からないが、彼女が転生者故のチートなスキルであったり私の知らない技術や魔法、奥の手を持っている可能性は非常に高い。だから私はさっさと彼女を無力化するべく行動に出る。即ちお姫様と人魚お嬢様全員を不可視の腕による捕縛。

これはどうも精神?というか魂に直接障るようでほぼ防御が出来ないようだ。そして今まで触れられた事のない重要な部分を障られる不快感に言葉に出来ない根源的な恐怖と絶望を感じさせてしまう。そんなに難しい技?でもないのだがこの特性上、気軽に使えるものでもないのだ。

前にサンディに感想を聞いたら「高枝切りばさみでキン〇マを握るようなものですわ」と訳の分からない例えをされた。今考えてもちょっと意味が分からない。


彼女らを掴むと予想通り身を跳ねさせ、魂を障られるその不快感から恐怖と絶望をその表情に宿した。

そしれあれだけ渦巻いていた海の水はみるみるその水位を下げ、ほどなくして元のプライベートビーチへとその姿を戻した。


ぐったりと全身から力の抜けた人魚お嬢様共とそのお姫様、そして転がるサンディ。

開戦前からは想像のつかない死屍累々の光景が目の前には広がっていた。


◇ ◇ ◇


お屋敷の来賓室でぐったりと椅子にもたれたティーラ姫と、同じく椅子にもたれた顔の青いサンディが話をしている。護衛の人魚お嬢様は誰もその場におらず、雑で内容のない会話をしていた。


「いつまでも 意固地にならずに 私様の勝利を お認めなさい!」


「ボク…キミに負けたなんて…欠片も思って ないんだけど?」


会話に覇気はなく、他愛もない言い合いをしているだけだった。本来この話の主役になるべき人物は「オフロ入りたい」の一言でこの場にはいなかった。


「負けたらダンジョンの権利を譲渡すると約束したじゃありませんの!」


「あのダンジョンの権利を譲渡する条件はボクより圧倒的に強いか、それとも頭が回るかだよ」

「キミ弱いし頭も悪いでしょ。少なくともどちらかは備えて貰わないと危なっかしくて任せられないよ」


机越しに掴みかかろうとするサンディだったが、思った以上に力が入らず机に突っ伏したままたれたパンダの如き無様を晒していた。

そこにドアが控えめにノックされる。


「どうぞー」


ティーラ姫が気軽に声をかけるとドアはゆっくりと開き、顔を出したのは一本角熊装束の女、そして一連の大騒ぎの中で彼女に守られていた金髪の美少年だった。


「にゃああああああああああああああああ!?!?!?」


ティーラ姫が絶叫を上げ立ち上がると同時に何かを地面に零す。冷静であった彼女の突然の変貌に場にいる者は驚きを隠せない。

彼女は小刻みに震え、顔を真っ赤にしこれ以上ない混乱の様相をその顔に宿していた。

呼吸は荒く小声で何やら呟きながら今さっき零したものを手で掬い、今しがたドアから入ってきた二人に向ってゆっくり歩みを進めた。


「お………おね…がい………」


ティーラ姫の可憐な顔は赤に染まり、大粒の涙を零すは大きな両の藍の瞳、余りの必至さにその雰囲気に飲まれてしまう。

そうして彼女はデュオに乞う。


「た……たま…たまご……に」

「せ…せ……精子……かけ…て…………」


ぱしゃーーん!

無慈悲なエリカビンタが炸裂し卵を床の染みに変えた。


「にょわあああああああああああああああああああああ!?!?!?」


二度目のティーラ姫の叫び声が屋敷にこだました。

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