第三十七話 待ち伏せ

「さぁ追手に気をつけて次の街に参りますわよ!」


晴れ渡る空、澄んだ空気に神子の二つ名に遜色のない号令が彼女の可憐な唇から紡がれる。それはまるで民衆を導く一枚の絵画のようだった。


しっかり制裁を加えたはずのサンディは一晩寝たらけろっとして出発を促してきた。


「あら、エリカはまだセイラムの街の事を気にしておりますの?」


彼女がセイラムの街の代官に暴行を犯しその夫に強姦未遂をはたらき代官屋敷を爆破、おまけに街に火を放って逃げるという凶行を起こしたのは昨日の事である。


「…気にしない方が不思議なんだけど?」


どうして一晩寝ただけでキレイさっぱりまるで無かった事のように振舞えるのか、私にはこのあたおかの神経がまるで理解出来なかった。


「終わった事をいつまでも悔やんでいても仕方ありませんわ!それより未来に生きますわよ!!」


サンディは良い事を言ったような気になっているようだが、残念ながら言葉は誰が言ったのかでその価値が大きく異なるという模範例だった。



◇ ◇ ◇


そうしてセイラムの街を出て九日が経った。私達は次の街クンヤンから一日という場所の街道沿いで何をするでもなく二日も野宿をしていた。


「とってきました!」


デュオはグランドディア―を一人で狩ってきていた。もちろん私の索敵で彼の動向を探り、その他の危険、それ以上の危険がないか安全に気を回してはいた。


「すごいじゃない」


デュオのあたまをナデナデする。深く突っ込まないで誉めて伸ばす。デュオは可愛く笑うと顔を赤くして静かになでられるままになっている。

このグランドディアーというでかい鹿、重さにしたら一トンを余裕で超える意味不明な鹿だ。それをデュオは一人で狩ってきた。元の世界基準だとどう考えても無理な体格差だ。でもあのヤバイ森の集落の人なら出来るのかもしれないが、これは確かに凄い事だし今夜は鹿肉だし、なによりデュオがかわいいのでなでくりまわしておいた。


(まぁエリカちゃん!ショタに目覚めちゃったの!?目覚めちゃった!?)


(…イイノヨ…?)


妖精さんの発言にイラっとするが、ここで止めたら妖精さんの発言が図星だから止めたみたいで不愉快だったので私は無言でナデナデを続けた。

デュオはナデナデされすぎてとけた。



「あら、良い匂いですわね」


私はサンディに焼いた鹿肉を差し入れた。彼女はこの二日街道沿いで地味にずっと見張りを続けていた。何かを…まぁセイラムからの追手を警戒しているのだろうが、いつまで待機するつもりなのだろうか?


「街には入らないの?」


「ええ、まだここで待機いたしますわ」


私は別段野宿は苦ではない。というか私が一人で街に入っても文字も読めないし計算も出来ない。ATMサンディがいないと買い物も出来ない私はもう文明人とは口が裂けてもいえない立場であった。

街道にスポーンする最底辺のヒャッハーお嬢様であってもこくごもさんすうもできる文明人で、街に入れば流通にも金銭の取引にも関われる世界の血であったり原動力たりえる人材なのだ。たとえそれが男娼館を利用したり奴隷売買であったとしても。

私はここ何日かで痛いほど身の程をわからされていた。


あとATMサンディがいないと街に入町税とやらが払えないので入れてもらえないのもある。


「そういえばクンヤンの街にはダンジョンがあるって言ってたけどダンジョンって珍しいの?」


する事がないので次の街の話をサンディに聞いてみる。ちなみに私はダンジョンは初めてではない。というか半径三百キロあった私のナワバリの中にはいくつもダンジョンがあった。森の中に点在するダンジョンを制圧する事がナワバリを広げる事といっても過言ではなかった。


だが私は正直ダンジョンの事を良くわかっていない、ダンジョンからアイテムとか持ち出そうとしても崩れてなくなるし経験として知っている事は『敵性異世界が侵攻してくる為の穴』という事くらいだ。

そこは別の空間、別の次元、別の法則が支配する完全な別世界なのだ。

そしてそこで出会う者は全てこちらに嫌悪か敵対を示し実質交渉不能の化物だ。その強さはピンキリである。

私はぼっちをこじらせて人恋しい時にその化物と交流を試みた事があったが、ダンジョンの規模や状況関係なく全て失敗だった。

彼等との交流や会話はほぼ成り立たないのだが、ダンジョンの最深の中央部に安置されているご本尊コア?を壊した時は会話のような事をする。めちゃくちゃ怒る。引くくらい怒る。そんなわけで私は人恋しさがヤバい時にはそんな彼等とのクソのような交流を求めてご本尊コアを壊しに行ったものだ。

…今考えると悪い事したかな?


まぁようするにダンジョンとはろくでもないものなのだ。


「エリカは野良のダンジョンに潜った事がありまして?」


「…その言い方だと世の中には野良じゃないダンジョンがあるの?」


「そうですわね…私様の感覚ですとダンジョンは養殖するものですわ」


ダ ン ジ ョ ン の 養 殖


「ほどほどに資材を投入しつつダンジョンを育てて効率良くダンジョン資源を稼ぐ都市鉱山ですわね」


さすがサンディ、世界げんじつをナメたゲーム脳である。そうしてサンディは私が知らないダンジョンの情報を語った。


「ダンジョンはこの世界の生命を食べるほど位階を上げその分異界を濃く顕現させますわ」

「ですのでダンジョンから産出される貴重な資源を効率良く稼ぐ為に先ずはダンジョンの養殖を致します」

「過剰にこちらの資材を投入してしまうとダンジョンはこちらの世界に根付いてしまいますので資材の投入のタイミングとバランスが重要なのです」

「その最善の感覚を私様幾度も試して培っておりますのですわ!!」


サンディが美しいドヤ顔をキメる。さすがココをゲームの世界と侮って生きるバカ女である。


「…その資材ってのは何?」


「基本はこちらの生命体ですわ。ですが特に人間のように知性が高い存在を求められますわ!」


生贄文化と聞いて私はドン引きである。


「勘違いなされないで貰いたいのですがダンジョンには探検だとか冒険とか採掘だとか言って勝手に食われに行くものですわ!わざわざ生贄を要求するワケじゃありませんことよ」

「むしろ勝手に入って勝手にダンジョンに食われないよう適切に管理する必要がございますわ!」

「街の近くのダンジョンはそのような自殺紛いの闖入者を排除して適切に管理をしないと『溢れ』を起こしてこちらの世界を侵略してきたりそれはもう大変でございますわ!」


そうか、異世界がダンジョンとして定着しても困るのか。


「まぁスピードファーミングを目指す時はその限りではございませんが」


ゲーム脳め…


「そういえば私が壊したダンジョン?からアイテム?採掘?とか持ち出し出来なかったんだけどなんで?」


兼ねてよりの疑問をサンディに聞いてみた。


「壊したって…正気ですの?」


サンディがバカを見る顔をしている。なんだかイラっとする。


「…まずかった?」


「いえ…私様の常識ではダンジョンは貴重な現象故に大切に養殖して稼ぐものだと思っておりましたわ…潰してしまうというのが…その文明のギャップを感じさせるというか…ちょっと信じられなかったのですわ」


そう言ってサンディは下等生物を見下す目をしている。コイツ全面戦争の引き金を引いてオブラートに包めた気でいるな…


「でもダンジョンコアを壊してダンジョンを潰すと力が手に入るとも聞いております。貴女の強さの理由の一端がわかりましたわ」


あー…私が潰したダンジョンって両の手じゃ足りないからなぁ…まぁ潰したダンジョンの数を言うのは止めておこう。


「アイテムの持ち出しが出来ないのは野良ダンジョンによくある位階の不足ですわ。こちらの世界の生命体を一定量食べさせないとこの世界に馴染めず顕現が出来ないのです」


あの森の中だとまともな知的生命体がいなかったから位階とやらが低かったのか…ちょっともったいない事したかな?


「ちなみにダンジョンを効率良く運用すれば何代にも渡って都市を養う程の資源を引き出せますわ」


…うゎぁ…やらかした…かな?

私は流石に気まずくなって目を逸らした。


「私様ニグラート国物語ではダンジョンの養殖が得意でよくアイテムの無限生成をしたものですわ!これから行くクンヤンの街はボーナスステージですわよ!」


テーマパーク感覚だな。


「あと男娼館も充実してる街でしてよ!!イイ男娼を紹介しますわ!私様の次にですけどね!!楽しみにしておきなさいませ!!」


男娼館を語るサンディバカの笑顔はとてもまぶしい、いつもより三割増しで輝いてみえた。

納得のサンディバカである。本当に絶世の美少女が台無しだ。


不意にデュオと繋いだ掌に力がこもるのを感じた。デュオを見ると顔を赤くして翠の瞳を潤ませ私に上目遣いで向けている。掌から伝わる力からは「離さないで?」といった意思を感じる。いや、私は男娼館なんて興味ないから…

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