第三十五話 セイラム炎上
私はセイラムの街の屋台広場で
サンディは用事があると言って一人で何処かに行ってしまった。彼女に若干不穏な様子を感じたが、私とデュオはあらゆる美味しさの香りが交差する広場に所狭しと立ち並ぶ屋台に目移りしてしまいそれどころではなかった。
肉が焦げタレの香ばしい香りが辺りに食欲を誘発させる。そんな暴力的な屋台から威勢の良いマダムが声をかけてきた。少々たれ目で泣きぼくろが特徴のエッロイマダムだ。ホントこの世界どいつもこいつも美形だらけだな…
「クマのお嬢ちゃん!どうだい?一本銅貨A枚だよ!」
私の脳はフリーズした。なのに呼吸は浅く回数だけは多く、過呼吸気味になる。完全にさんすう恐怖症である。私は妖精さんにプライドを捨てて目で助けを乞った。十六進法にはもうついていけない、文明人という自負はもう…ない。妖精さんは鷹揚にとても満足そうに頷くと私を生温かく下等な生物を見下すような目で眺めて答えてくれた。
(銅貨十枚よ?エリカチャン…)
その答えを聞いて私は笑顔になった。私はサンディから銀貨を三枚貰っている。銅貨に換算するなら四十八枚分だ!
「じゃあ二本ください!」
デュオの分も一緒に買おう!たったそれだけの気持ちが私のさんすう嫌いに拍車をかける事になる。
「じゃあおまけして銅貨13枚でいいよ!」
マダムの良心に真顔になる私。
一本で銅貨十枚、二本で十三枚はおかしい。この13というのは多分十六進数の事だ。大丈夫、まだ大丈夫…とりあえず銀貨を二枚出しておけばきっと問題ない…
「はいおつり!銅貨D万枚だよ!」
「ア、アリガトウ…ゴザイマス…」
万枚というのはセイラム流のジョークだろうか…?そうして私はお釣りの銅貨を十三枚受け取った。私の瞳からは光が失われていた、果てしなく十進法が恋しい…私は世界を呪った。
そして私は目に光を失いながらも屋台肉を食べた。口に広がる大正義のうま味にみるみるうちに目に光が戻ってくる。つい先日食べたトレントのゴム肉と比べてしまうのは失礼が過ぎるが、月とすっぽんどころかすっぽんと生ごみ程にも違う多幸感に頬が痙攣する。デュオは肉串を頬張って「おいしい…おいしい…」と言って涙まで零していた。なんだかその様子に私は無性に心が締め付けられてしまい、つい彼の頭をナデナデしてしまった。
そうしてそれからも私達は屋台をはしごして料理に舌鼓をうったりさんすうに瞳から光を失ったりしていたのだが、不意に街が騒がしくなった。
大通りの方で事件でも起きたのだろうか?そして大通りの入り口で発光と爆発音が響き、屋台広場は騒然となった。
白い薄絹のローブと金の艶やかな髪をなびかせ大通りから宙を舞って屋台広場の謎の聖女像に飛び乗ったのはサンディだった。
「エリカ!!デュオきゅんを連れて逃げますわよ!!」
戻ってきたサンディを追ってきたのは街の兵と思しきお嬢様の一団だった。彼女らは普通の鎧を着ているので理解は早かった。
ビキニアーマーの一団に追いかけられていたら何の遊びなのか分からなかっただろう、そして兵に追われているという事はこの
とりあえずこの
広場の聖女像に乗った彼女は高台から正確に、詠唱を短く早く、それも出来るだけ火を扱っている店を的確に狙って次々と魔法をぶちこんでいったのだ。屋台広場一帯が火に包まれる。
怒声に叫び声、避難を誘導する声に消火活動をするよう促す声、そんな惨事を前に唖然とする私に彼女の行動はまたしても一手早かった。
「エリカ!!!!早く!!逃げますわよ!!!!」
彼女が呼びかける先には私とデュオがいた。屋台広場で混乱したお嬢様方の視線が一斉に私に向けられる。先ほどの肉串の屋台も炎に呑まれ、店主のマダムも剣呑な目でこちらを睨んでいた。
固まる私と違ってサンディの行動は早かった。次は消火活動をしているお嬢様に狙いを変えて魔法を打ち込んでいるようだった。最悪がすぎる。
口下手な私では話し合いで解決が出来る気がせず、私はデュオを連れて街から離れる事でサンディ害を減らす事しか出来なかった…
◇ ◇ ◇
そうして黄昏時の街道を私はデュオを抱え走っていた。隣には得意の光魔法を詠唱しながら走るサンディ。
私たちを追うのは怒れるお嬢様方、手に手に鍬やら鎌やら巨大なフォークやら殺意を微塵も隠さぬ物騒な得物を持って追ってきている。
きっと今日まで、そしてこれからも平和で安らかな日常が続くと思っていたであろうセイラムの街の怒れるお嬢様方ををサンディはノリノリで次々と魔法を食らわせ吹き飛ばしていった。
そうしてほどなく私達を追ってくるお嬢様はいなくなった。
「…なんで燃やしたの…?」
夜の帳は落ち、静かに空を焦がすセイラムの街の火を見ながら私はサンディに問った。今も夜の空を焦がしているテロの理由を聞かれ、彼女はさも当然のように応えた。
「やられる前にやる!常識ですわ!!」
このあたおか女の常識は非常識、変な覚悟ばかりキメやがっておまえの常識に則っていたら私達までお尋ね者になりそうだ…とりあえず一発ぶん殴っておくか…と、心から思ったのだが…一応このバカのいう『ニグラート国物語』のシナリオとやらに関係する可能性が脳裏に過り、私は思い留まった。
「一応…どうしてこうなったのか…貴女の言い訳 聞かせてくれる?」
とりあえずシナリオとやらと今回のテロがどう繋がるのか、私は拳を強く握り彼女の言い訳を聞いてからぶん殴る事にした。
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