第三十四話 始まりの街セイラム

それから二日の後、私達はしっかりとした壁に囲まれた街に到着した。立派な門があり、街の兵だろうか?思ったよりまともな鎧を纏った兵士が外から入る者を検めていた。


「…鎧…だ」


その兵士は鎧を身に纏っていた。このバカの世界で見たのは流星のシャーロットがナイアルラ王国の騎士団から剥いたという衝撃のビキニアーマーだけだった私としては普通の鎧の存在に驚いてしまった。

それを見て田舎のかわいそうなコを見るような生温かい上から目線でサンディが解説をしてくれた。


「下級兵士の安物の鎧はあんなものですわ。魔法を多重にかける上等な鎧は素材からして動きを阻害しないよう、そして軽くなるよう金属を減らし魔法の効果を伸ばす魔法の布の素材で作る傾向にありますわ」


サンディがあたおかな説明をしてくれる。金属鎧より布鎧の方が強いとかバグじゃないのそれ…


「古代遺跡から発掘された伝説の鎧には胸と局部だけを護り貼り付く聖女の鎧もありましてよ!」


「えぇぇ…」


思わずドン引きする。サンディのあたまがおかしいのだと思っていたけれど、胸と股間だけを隠すシールの鎧?とか世界の歴史的に想像以上…想像以下?だった。わかってはいたけれど気が遠くなる馬鹿の世界だなここは…

そうして私は一つの疑問が湧いた。


「なら普通の服に魔法をかけた方が良いんじゃないの?」


「そこは映えですわ!」


一言で切って捨てられた。このバカの世界の圧倒的な低劣さに私は頭を抱えた。

…だがふとサンディを見ると薄手でドレスのような服を纏っている。肌の露出は思ったよりもない、私のイメージでは元の世界でも通用する淑女然とした衣装だ。ナイアルラ国の聖女だったという彼女の纏う鎧?としては「映え」ない装備なのではなかろうか?私の目線に気がついたのか彼女は私から目を逸らす。


「私様はその…前世で過ごした少々別の価値観がありまして…あのヒモ鎧を着るのは少し…」


コイツ…バカのくせに慎み深いつもりだった。


◇ ◇ ◇


そうして私達はATMサンディのお金で無事に街の門を通過する事が出来た。

街の中央部なのか偉人と思しき半裸のビキニアーマーを纏った聖女像のある広場でサンディがテンション高く宣言する。


「ここがデュオきゅんが一本角熊に乗ってマリーとやってくる最初の街、始まりの街セイラムですわ!」


サンディが街の往来で歓喜の声を上げている、相変わらずその声はとても美しく辺りに響いている。目立つ容姿もあって街の人の目線が痛い。


「母様…と?」


デュオがサンディの言葉に反応する。

何かに気付いたようにサンディは動きを止め、デュオと向き合う。


「…マリーは何処にいらっしゃいますの?」


母親の事を話した覚えもないサンディから突然名前が出てきてデュオは困惑をしている。だが私の顔を見て何か考えたのか母親の事を話しはじめた。

いや、私こんなあたおか女にプライベートなコト絶対に漏らさないからね?


「母様は…先日グランドキャリアーと女々しく戦って…亡くなりました」


そう口に出し、うつむくデュオ。先日といってもまだ一月も経っていない。母親を亡くして気落ちする様子はまるで寡婦のようで…どこか妖艶な色香を振り撒いていた。これだから美少年は…

私は不謹慎と思いながらも溢れる色香に中てられつい目を逸らしてしまった。少し頬が熱い。


そしてサンディも固まっている。てっきりこのあたおか女もデュオの色香にやられてアタマハッピーセットを発症するかと思ったが意外にも真面目に硬直していた。


「何か…問題が?」


私の言葉にサンディがはっと再起動する。そうして語り始めた。


「…こ、この『ニグラート国物語』のシナリオではセイラムの街にはデュオきゅんとマリー、そして一本角熊の二人と一匹で訪れるのですわ」


「ふぅむ?」


私は首をかしげる。


「そうして街で首輪にリードをつけていない事で可愛いデュオきゅんの所有権を巡って母…いえ、正確には義母のマリーが親権を持っていないと言いがかりをつけられ、この街の住人やら支配層との八百長紛いの争奪戦を行う事になるのですわ!」


「…え、母様は本当の母じゃないんですか!?」


驚くデュオ、彼にとって衝撃的な事を唐突にぶち込んできたな…そしてそれをスルーして語り続けるサンディ。


「そうして聖女マリーはデュオきゅんをかばい愚かな住人をちぎっては投げちぎっては投げするのですが、数という圧倒的暴力には抗えず、盾となり哀れマリーはこの広場で磔にされるのですわ!」

「聖女マリーが磔にされた後、馬鹿な街の住人同士で抗争が起きてそのどさくさに紛れデュオきゅんは一人と一匹で街から涙ながらに逃げ出すというシナリオでしてよ!」

「後に強くなってから戻ってきて街を焼き滅ぼしてめでたしめでたしなのですわー」


めでたい…か?

話の前提から蛮族全開過ぎてついていけないが、とりあえずシナリオライターの頭の悪さが酷い。


「問題はマリーがいないとなると私様一行のうち誰が磔にされるか…ですわね」


え、そういう話なの?というかデュオは私がしっかり手綱を握ってるし所有権を巡っての争いとかにならなくない?

そう思ったが、サンディからは言いがかりをつけてでもイベントを起こそうとする気概を感じた。無理矢理イベントを起こす事が正しいのか間違っているのかは私には分からない。そのシナリオとやらの選択肢を守れば今後の行先や起こる事件を事前に予知できるのかもしれない。

そもそもこのバカの世界は私のモラルや常識が通用しないサンディのようなあたおかだらけの蛮族が跋扈する『ニグラート国物語』というゲームの世界らしいのだ。私の見識で意見するのは難しい。


というわけでそのシナリオとやらを進めるとなるとデュオはサンディのいう所の主人公枠だから磔にされる事はないだろう。そして…


「私は…熊枠だから…」


そう宣言する。

サンディのアイスブルーの目が大きく見開かれた。私は彼女の美しい瞳から目を逸らした。

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