第三十一話 流星のシャーロット

失われた体力を取り戻す為、良かれと思って食べさせようとした焼肉にえらく不満があったようで、サンディの目からは光が失われていた。

ちなみに結局彼女は一口も食べていない。


デュオも少しやつれている、噛み過ぎたのだろう。


私も普段ならタイヤ味など無理に食べさせようとは思わないのだが、昨晩は体調を崩したサンディを気遣うのもあって少し無理強いをしてしまった、そういう自覚はある。

…まぁ多少算数の鬱憤もあったので「せっかくだしちょっと分からせてやるか」といういたずら心が無かったというと嘘になる。


(エリカチャン!十六進数ならエリカチャンより頭のいいワタシが計算してあげるわ!)


ナチュラルに煽ってくる妖精さん。ふーん…じゃあ十七×十一は?


(BB)


聞き慣れない答えを即答されて正解かどうかもわからない事に気付き、私の頭は虚無になった。


◇ ◇ ◇


しばらく街道を歩いていると軽快で張りのある綺麗なソプラノ声が木々に響いた。

鬱屈とした私達の闇を払うかのような快活なお嬢様の声が辺りにこだまする。


「おーっほっほっほ!女は奴隷!男は肉噴水よ!お前達、やっておしまい!!」


「ヒャッハー!あっらー?これは上玉じゃありませんことぉー?」


山賊バカ湧いスポーンした。今日も世界は元気バカで安心する。

ダチョウのような生物に乗ったお嬢様方が私達を囲う。そうして囲いの中にひと際目立つダチョウを赤くペインティングしたお嬢様バカが進み出てきた。


それは長いブロンドに青い瞳、周りのお嬢様と比べてもひと際整った容姿を持つ美女だった。

私は濁る目で彼女のスタイルを観察する、ハイレグを極めたその水着というのも憚れるヒモ…?その赤いヒモに身を包んだ彼女は周りのお嬢様よりも三倍豊かな胸を震わせていた。キレそう。

そうして赤い三倍お嬢様は先ほどの美しいソプラノ声で声高にバカを宣言した。


「あら?カワイイぼうや♡ショタ食いの専門家、流星のシャーロットがすぐにおまたの珍宝をぴゅっぴゅしてさしあげますからねー♡」


何言ってんだこいつ…この全力の頭の悪さに当てられて私は八割方戦意を喪失してしまう。デュオが流星の三倍お嬢様の視線から逃れるように私の後ろに隠れた。

そしてお嬢様の視線は何かに気付いたようにデュオを視姦するのを止め、サンディに移った。


「あら?これはナイアルラの聖女様ではなくってー?」


どうやらサンディの事を知っているようだ。こんなアホの知り合いがいるとは…類は友を呼ぶとはよくいったものだ。正直交渉事は苦手だし全部丸投げするかと思い視線を向けるとサンディは首を横に振った。

まさかの無関係の他人だったようだ。類は友を呼ぶんじゃなかったの?

だがサンディはこの三倍お嬢様と話し合ってはくれるようだ。


「どうして貴女如き下賤な山賊風情がナイアルラ王国騎士団のビキニアーマーを着ておりますの?」


…へぇ…あのヒモ…鎧のつもりだったんだ?驚きと呆れが混ざり困惑しかない。


「先日国境の町で戦争があってその騎士から剥いたものですわ!さすがは騎士団のビキニアーマー、着心地バツグンですわー」


三倍お嬢様はそうのたまうと胸の辺りのヒモを引っ張り、パチーン!と自らの体に響かせた。ぶるりと揺れる胸。キレそう。


「栄えある『赤薔薇十字団』の鎧、貴女のような下品な三下が身に纏って良い物ではございませんわ!」


一瞬仲間思いなのかと勘違いしそうだったけどコイツめっちゃ魔法で応戦してたしそもそも戦争の原因おまえだぞ…何キレてんの…?


というか私が大好きだったナイアルラ国物語と別の世界だろコレ…と思ったけどよく考えると攻略キャラや重要人物以外のモブ、騎士団とか平民とかの描写はほとんどがシルエット表示だった事を思い出す…モブには一切声も当てられてなかったし…

頼む…あの私の好きだった優しい世界はこんなバカの世界とは別物であってくれ…

私は心の中で祈るのに必死だった、そして突然声をかけられる。


「エリカ、この場は私様に任せて頂けませんこと?」


私は『争いは同じレベルの者でしか起こらない』という格言を思い出した。全くもって正しいと感じた私は全てサンディに委ねる事にした。


「…いいけど大丈夫?」


だがそれでも彼女は病み上がり?なので一応体調の確認だけしておく。


「ええ、ビキニアーマーどころかケツ毛から陰毛まで毟ってやりますわ!」


…言葉の意味は全く分からなかったが、とにかく自信はあるようだった。



私はサンディが魔法を使って戦っている所しか見た事が無い。正直長い詠唱を必要とするならせいぜい十メートルの距離で七人に囲まれている今、とても状況は悪い。

だが私からすれば取るに足らない相手なのでとりあえずデュオを守り、戦いの趨勢を見極めサンディの形勢が悪くなって暫くボコられ続けたら助けに入ろうと決めた。

そんな事を考えているとサンディが動いた。ぬるりと、まるで歩いた事を感じさせない蛇のような動きで三倍お嬢様との距離を瞬きの間に詰めた。

うーわキモッ!人間あんな動きも出来るんだ?


顔を中心にぼてくりまわすサンディ、それを見かねた取り巻きが慌てて止めようと入るが鎧袖一触、跳ね飛ばしてとにかくリーダーだと思われる三倍お嬢様を執拗にぼてくります。

うーわこわ…おこらせんとこ…



「ふぅ…取るに足らない相手でしたわ!」


少し動いていつもの調子を取り戻したのか、サンディはそうのたまい、ナイアルラ王国の赤薔薇十字団の物というビキニアーマーを剥いて押収した。

街道に転がる全裸のお嬢様。

一応彼女が何年か過ごした国の騎士の遺品みたいなものなのかな?何処かに名前でも書いてあれば縁あった時にご家族に返せるかもしれない。ヒモなのでそう荷物にはならないし…などと考えていると、


「胸の辺りが伸びてしまってますわね…」


サンディはそう言って道端に中古のビキニアーマーを投げ捨てた。

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