第三十話 食レポ

ぱちっ…ぱちっ…じゅっ…

膏がしたたり火が弾ける音が辺りに響く。すっかり暗くなった森に炎が揺らめく、今夜は焼肉だ。

私は妖精さんが食べるとは思わなかったとぬかしたトレントの肉を焼いていた。

この世界に来るまでなんとなく肉は焼けば大体美味しいみたいな認識だったが、その認識を改めさせるだけの情報量ちからがコレにはあった。


「食べないの?」


私はサンディに食べごろに焼けたトレントの肉を勧めた。彼女は焼肉の現場から十メートルほどの距離を空けて近寄ろうとはせず、その顔には複雑な表情を張り付けていた。



木のお化けだと思われるトレントだが、コイツからは肉が摂れる。動物のように体を動かす為には植物であろうとも筋組織のようなものが必要なのだろう。硬い表皮を削ぎ落とし、中の可食そうな肉のような部位を切り取り火に炙る。


辺りにはほんのりケミカル臭が漂う。それは毒ではなくただの軽い異臭程度で昏倒するような事はない。前の世界だったら異臭騒ぎになるだろうが、ここの森では咎める者もおらず食事に支障ない。


肝心のトレント肉はというと中の可食部…とはいったが、それでも硬い筋組織のような部分だ。だがこれを焼くと食べれる程度には柔らかくなる。少し硬めのコールタールのような感じだ。最初は硬いのだが、噛んでいくとやがて舌に絡みつく不快な柔らかさに変わっていく。肉の中にはざりっとした細かい砂のような独特の食感が混じっている。味を例えるなら砂利道を走った夏のタイヤの味だ。私はタイヤを食べた事はないので予想でしかないが。

そして一応弁護をしておくとこのトレント肉はタイヤではなく、そしてギリギリ食べれる味だ。言うなれば美味しめのタイヤ味だ。

食べる毎に元の世界のタイヤの味という嫌な思い出を呼び起こさせる故郷ふるさとの味だった。


ただこのコールタールに似た肉は噛めば噛むほどえぐみを伴って舌に絡み歯にくっつき嚥下を妨げ余計に咀嚼を促す魔物のような肉だ。

これを食べるコツは、食べれる美味しめのタイヤ、略すと美味しめのタイヤ、もう少し略すと美味…そうやって自分の心をだまして、口中がタイヤの味で飽和する前にさっさと飲み込むのが美味しく…美味しくはないがともかく食べるコツだ。


デュオは一口食べて固まり、延々とゆっくり…ゆっくり…目を見開いて…表情が無になっているがそれでも咀嚼をしている。

しまったな…早めに飲み込んだ方が良いとアドバイスし忘れていた。


なんだか良い所が全く無いように感じられるトレント肉だが、そんな事はない。

第一に一人で食い切れない程大量の肉が摂れる。

第二に食事時間が短くて済む。食事中というのはトイレと同様、生き物として隙を晒してしまう時間でもある。この肉に栄養がどの程度あるのかはわからないが、比較的少量でもまるで胃に重しをつけたような満腹感が得られる。それ故に食事の時間も最低限に抑えられるのだ。

第三に森の中で焼肉なんてしていたら匂いに誘われて他の生物が寄ってくるものなのだが、このトレント肉の焼肉ではそのような事態に陥った事が一度も無いのも利点だろう。

ちなみにトレント肉は保存が出来ない、なんとこのトレント肉は半日もすると完全に風化してしまう討伐直後の新鮮なうちにしか食べれないレアな食材なのだ。


私はさっさと自分の食事を済ませサンディへと向かう。

彼女はさっきまで不可視の腕に掴まれそして倒れていたのだ。体力も精神力も相当に消耗している事だろう。早急に体力を回復させる必要がある、なにせまだ旅は始まったばかりなのだから。


◇ ◇ ◇


私様サンディはデュオきゅん♡をどうやってこの激ヤバ女から引きはがすかを考えておりましたが、生憎とデュオきゅん♡はこのバーバリアンにご執心の様子。

エリカは体の凹凸こそ乏しい年齢不詳な容姿ですが、バーバリアンのくせに顔のパーツはしっかり整っております。そしてなによりその珍しい艶やかに流れる漆黒の黒い髪、私様でも見惚れてしまいそうになりましてよ。同じ女として嫉妬してしまいますわ!


そして強い女に男がなびくのは何処の世界でも当然の道理、なんら不自然ではございません。先ほどの見せた隔絶した暴力は私様の反骨精神を挫くには十分でございましてよ。

「ヤギ」は「ドラゴン」と並ぶ神話生物で「森の守護者」なんていわれておりますが冗談が過ぎますわ!何処に歩いた後に無差別に死を撒き散らす守護者がいるんですの!?「しょごす」の言い間違いの方がまだ納得できますわ!この移動式触手プレイ生物!

そんな神話生物を一撃で屠るとはあのバーバリアン本当に人類なのか疑わしいですわ…


彼女が倒した「ヤギ」は過去に私様がナイアルラ王国でパーティを組んで倒した個体と比べ倍くらいの大きさがございました。

私様はナイアルラ王国でこの「ヤギ」を討伐したからこそ「聖女」認定を受けましたが、その偉業が霞みますわね…一人での討伐なんて歴史どころか伝説になる偉業ですわ。

ヤバい女だと思っておりましたが想像以上ですわ…

アタマはあっぱらぱーで常識もなく文字も読めずさんすうもできないアタマ空っぽのバーバリアンですのにその力だけは間違いなく超越者級です。そこだけは認めざるを得ませんわ!

これからの事を考えたらこの脳筋チート全開な野蛮人エリカの股間を舐めてでもついていかないといけませんわね!!

(※「股間を舐めてでも」は「靴を舐めてでも」と意味を同じくするバカの世界的表現。)



ぱちっ…ぱちっ…じゅっ…

そうして夜闇の森が炎に照らされ、冒涜的な肉片を片手に漆黒を纏った混沌がこちらにやってまいります。辺りには嗅いだことのない異臭が漂い…そうして絶望の夜が始まりましたわ…

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