第二十九話 トレント

さて、一応ATMのサンディをむざむざ見捨てるわけにもいかない。このトレント?はそこまで大きなヤツではないので倒す事には何の問題も無いと思う。

不可視の腕とか厨二っぽい事を語ったがこの異世界に来て二年、分かった事がある。それは拳で殴って解決できない事はあまりないという事だ。


(エリカチャンのそういうトコロ…ホント好きよ)


妖精さんが珍しく私をほめてくれるが今はあたおか女の命の灯火がかかった緊急時、なので反応はしないでおこう。


私は拳にこいつ等と同じ不可視の力を溜める。これは森でこいつらとやり合う事でいつの間にか身に着けていた技術だ。

何故こんな力が身に付いたのか?この世界の水か空気が良かったのか、それとも食べ物が良かったのか?だが少し発達不良気味のカラダの事を考えると食べ物よりも日頃の行いが良かったのだろう。


そして私は拳に纏った力を思いっきり「収束」させ「凝縮」する。きっとこいつ等も私と同様に「視えて」いるのだろう。

その行動に私を脅威と捉えたのだろう、木々を枯死させるに相応する恐怖を乗せた咆哮をあげる。大気を震撼させる爆発的な咆哮にも不可視の腕に似た性質を乗せていてサンディの顔色が一気に青を通り越して土気色になる。ざまあ。

…とはいえさっさとコイツを処理しないと本当に命がなくなるかもしれない。体の強張りというのは心臓にまで及ぶ。だからこのトレントが移動するだけで周囲の生物も無差別に死んでいくという迷惑極まりない奴なのだ。悠長な事をしていると本当にサンディも無差別の仲間入りになってしまうだろう。


そうして私は力を「凝縮」させた拳をトレントに叩き込む。

トレントも一応その不可視の腕で防御を試みる。私の拳から逃れようと本能的に空間を歪ませ抵抗の意を示すが、生憎とその程度では私の「凝縮」させた不可視の力を纏った拳の前には薄皮一枚程度の抵抗でしかない。強者故の慢心なのかこいつらは皆技術的試行錯誤が圧倒的に足りないのだ。こいつ等がどのほどの年月を生きてきたのかは分からないが、今まで私のような「研鑽する者」と相対した事がないのだろう。

私はその未熟な防御幕をぶち抜いてその体に深々と拳をめり込ませる。

ん?でもコイツ大きさの割にあんまり強くないな?そんなどうでもいい事を考えそのまま拳をぶち抜く。私の拳を中心に半径三メートル程、「凝縮」された不可視の力が胴の周りを粉々に巻き込んで螺旋を描く。

胴部分を三分の一ほど失ったトレントは体躯を支えることが出来ず崩れ落ち、簡単に絶命した。


人気のない森ではコレをぶっぱなしまくっていたが冷静に考えるとこれは人に向けて良いものじゃない気がするな…これからは町で文明人として過ごすのだから気を付けなくては…

そうしていつのまにかサンディを掴んでいたトレントの不可視の腕も霧散して消え去っていた。

もちろん私がかばっていたデュオは無傷でトレントの影響も皆無だった。


「す…すごい…」


私は森にいた頃には二日か三日に一回位の頻度でこの森の迷惑者に遭遇していたのでルーチンワーク的に狩っていた。今もこいつを一体程度倒した所では何の感慨も湧かなかったのだが、デュオの言葉が耳にし、そして今も繋いでいる手と指先からデュオの力が入るのを感じた。指に意識が持っていかれる、今更ながらなんで私達恋人繋ぎしてるんだろ…そうしてデュオの発した言葉を頭の中で反芻した。

すごい…すごい……か。

言われてみれば確かに結構すごそう…か?私はこの二年生きる事に必死だったのと効率を求めるのと、人の目がない事にそれに全く意識も執着もしていなかったが…なんだかデュオの言葉一つですごい気になってしまってきていた。


「そ…そうかしら…」


私はクールを装って言ってはみたが、頬がひきつり口の端が上がるのを必死でこらえるがこらえられない、我慢しないと変な笑みが漏れてしまいそうだった。


「ふ…ぶひぇひ…」


我慢しているのに気持ちの悪い笑いが漏れてしまうしニヤケが収まらなくなっていた。それを誤魔化す為にデュオから顔を背けると死に体となって転がるサンディが目の端に映った。彼女の事を完全に頭から除けてしまっていたが、この気持ちの悪い笑みを隠す為に気遣っている風に声をかけた。


「だ、大丈夫?」


まぁこんなあたおかでも一応この世界の情報を持っている貴重な常識人…常識人?コイツ常識人か…?冷静に考えたらコイツから常識を習うの危険じゃないかしら…けれど町の社会規範やら物の価格を知っている可能性のある貴重な情報源兼ATMだ、私は降って湧いた疑問を押し殺した。

そう、一寸の虫にも五分の魂、目の前で死なれても寝覚めが悪いからね。


痙攣するサンディを起こし、背中を優しくさすってやる。カラダの硬直は解け彼女はその豊かな胸を上下に揺らして荒い息を吐く。キレそう。

暫くの後、彼女はなんとか呼吸を整え震える声で言葉を絞り出した。


「う……」


う?


「う……ウチに来て…弟とファックしても よ、よろしくてよ…」


このあたおか女、開口一番それか。

口を縫っておいた方がいいんじゃないかな…

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