第二十八話 さんすう
サンディは自分を転生者と言っていたが似たような境遇の私の事をいまだに自生する風変わりなバーバリアンだと思っているようだ。
私はこの世界に来て余りにも人間との交流が乏しくて世界の常識が分かっていない。今は変にカミングアウトするよりも手札は隠し、彼女から少しでも多くの情報を引き出して次の町に到着するまでに最低限の常識を身に着けておきたかった。
軽口で自らのスキルの内容を漏らしてしまうような彼女だが、私が殴り飛ばしてピンピンしている謎の防御力の高さもあり、それ以外にも奥の手があるだろう。勝てない事はないと思うがこの世界の謎の常識やらスキルが彼女の強さの原因だとすると出来るだけ今は大人しく彼女から情報を引き出す事にしよう。
そうして私は深く深く…暗く昏く絶望していた。
「くだもの屋さんでー♡一つ三ギリーのリュシュプトを八個買いました♡エリカが銀貨二枚で支払いをしたらー♡くだもの屋さんから貰えるお釣りは何ギリーでしょうか♡」
アタマの悪い幼稚園生に諭すかのようにサンディおねぇさんがナメた口調で私にお題を出す。
そして当の私はその簡単であろう例題に答えあぐねている。
「………………」
「八ギリーでは?」
見かねたデュオがそっと答えてくれた。
「あらーデュオきゅん♡ダメですわよー?ご主人様のゆるい脳の筋肉を鍛えてあげなくてはーエリカの為になりませんわー♡」
キレそう。
一つ三ギリ―のリシュプトという果実を八個
二十四ギリ―…銅貨二十四枚だ。
そして支払いは銀貨二枚…これは銅貨三十二枚、三十二ギリ―に相当する。
私が混乱している理由は銀貨一枚の交換レートが銅貨十六枚という点だ。
そう…この世界はどうやら十六進法を採用しているのだ…
要するに私は簡単な算数すらワンテンポおかないと計算が出来ないバーバリアンなのだ!!!
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
私は絶望した!
私はこの世界の文字が読めない!そして算数もまともに出来ない!!正しく蛮族、バーバリアンなのだ!!!
異世界といったら「え、文字が書けるんですか?どこでそんな高い教養を身につけられたんです?貴女天才なんですか?」とか「え、計算が簡単にできる?かけ算九九??え、貴女数学者ですか?」
とか言われて「え?私また何かやっちゃいました?」とかチヤホヤさられるモンなんじゃないの!?完全にこの世界を低劣でバカの世界だと侮っていた!!ちくしょう!ちくしょう!!!
「大丈夫ですわエリカ、アタマがどんなに悪くても、たとえ さ ん す う ができなくても町で生きていく方法なんていくらでもございますわ♡」
「んくぅ……」
私の口から思わず嗚咽の声が漏れる。
サンディはここぞとばかりに「ニチャア…」といったいやらしい笑顔で私を見下してくる。
クッッッッッッッソうぜぇ!!!
そしてこのあたおかの言う生きていく術というのは奴隷か娼館への斡旋だ。だまされるな!!
そんな嗤いと絶望に満ちた街道の空気が突如として変化した。
森から恐怖に駆られ狂ったように動物は逃げ出し街道を横切る。倒れもがき慌てて立ち上がり更に逃げる。空を飛ぶ鳥が落ちる。そうして辺りは喧噪から静寂に変わった。
「これは…まさか!?」
サンディがなんか言ってる。まさかも何もない、この森ではよくいるヤツだ。彼女は気配には気付いたようだが「捕まって」しまったようだ。まぁ日頃の行いの悪い女だ、仕方ない。サンディはその場で顔を強張らせ硬直してしまっていた。私は人と交流を果たし町で生活をしてすっかりこの森の危険生物を忘れていた。
森から地響きを伴い、死臭がやってくる。
そびえたつ巨大な樹木がその姿を現す。ただの樹木でないのはこの枝に見える一本一本が自在に動く触手である事。そして根ではない強靭な脚を持ち、幹なのか胴なのかその中央部分に大きな口を開けていた。
私はつい一月ほど前まで森でこいつ等とばかりやりあっていた。「森」に擬態して獲物を捕食する木のお化け、多分トレント?とかいうヤツだと思う。
コイツの厄介なのは不可視の腕のような能力?を持っている点だ。こいつ等の枝という枝からは不可視の腕を全方向に放っており、それは空を飛ぶ鳥にすら届く。私も最初はおぼろげにしか捉えられなかったその不可視の腕、だがいつのまにかハッキリと視認できるようになっていた。でもこの腕はホント初見殺しだと思う。
この不可視の腕というのは体の一部分でも掴まれると筋肉が強張り、意識が恐怖に染まるという厄介なものだ。伸ばされた腕は本体に近くなればその影響も強くなり、サンディはこの不可視の腕に絡まれ息をする事もままならないようだった。口を開いたら低劣な発言が飛び出す彼女を黙らせるなんて…やるじゃない!
ちなみに私の後ろに隠したデュオに絡もうとする腕はしっしと払っておいた。
ちなみにコイツは食べれる。
(貴重な森のたんぱく源だからね!)
そう、森の中でこいつを食えると言ってくれたのは妖精さんだった。確かに独特の臭みがあったが全く食えない味ではなかった。食糧事情の悪い森の中でこれはすごく助かった。ただし日持ちはせず、どうやっても保存が利かないのはもったいように思う。
(まさか本当に食べるとは思わなかったわぁ…)
………は?今なんと?
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