第二十三話 ホテル
「どうぞこちらでおくつろぎください」
この町の町長さんであるユービィさんに通されたのは大きな施設の一室だった。
どうやら本来はお貴族様とかが国内を移動する時に使われる部屋のようだ。
この蛮族溢れる世界にお貴族様とか存在すたんだ…
というわけで私たちは一応ナイアルラ国軍一万を退けた英雄という事でこのような文明的な扱いを受ける事になった。少し引っかかるのはサンディ嬢も大体「同等」の扱いを受けているというらしい事だ。正直あの基地外お嬢様と「同類」だと思われたくないので、彼女より扱い悪くても構わないから「同等」だけは勘弁して貰いたかった。だがこの世界にやってきて初めて…二年ぶりに文明といえる存在に触れて私はそんな事どうでも良くなってしまっていた。
扉を開けるとそこは広い部屋、香が焚かれているのかなんともいえない良い香りが充満していて床にはふかっとした柔らかいラグが敷かれている。私は部屋に入った瞬間足の裏が戸惑ってしまった。私にとって「柔らかい」というのは落ち葉が敷き詰められて腐葉土化していたりするものを指す。ちなみに獣の毛皮はもう少しこう…ゴワっとしている。だがこのラグは踏むたびに足の裏が喜ぶ…すごい!もうこの床で寝転がりたい…!つい脊髄反射でそんな感想を抱いてしまった。
そして壁にはこの広い部屋を更に広く見せるためか鏡が大量に張られている。実は私はこの世界に来て約二年…自分の姿をまともに見ていない。一応川や沼に自分の姿を映して確認してはいたが、川では流れがあったり魚の動きで波紋が立ったり、太陽の光は波に反射したり…一応暗い淵ならある程度見やすい事は知っているが、そういう所にはろくでもない化物が自生しているのだ。そういうわけで一度頭から食いつかれて水中で奮闘した後からは水棲化物に対して少々トラウマもあって自分の姿を細部まで確認出来ずにいたのだ。
この二年でメガネは壊れ、髪はすっかりぼさっと長くなり、水面に映った自分のシルエット位は分かっていても綺麗な鏡で自分の姿を確認するのは少し恐ろしく、壁の鏡を直視できなかった。
部屋のは大きく二つに区切られていて手前はリビングだ。机や椅子の装飾が素晴らしい…が何より奥には大きな丸いベッドがこれでもかと主張をするように鎮座している。本来ならお貴族様ご夫婦が休む為の部屋という事でゆったりとしていて大きいまさしくキングサイズだ。そしてこのベッドはなんとどういう仕組みかは分からないが回転するのである!なんという無駄なギミック…だがそんな無駄な事に力を入れるのが文化というもの!このあたおかワールドで私は初めてまともな文化に遭遇したのだ!涙出そう。
そして隣の部屋には…なんとお風呂がある!
案内してくれたメイドさんについ
「お風呂に入ってもいいんですか!?」
と聞いたら彼女は笑って
「良いですよ」
と快く応えてくれた。やった!これからお風呂だ!!
そんなテンション爆上がりした気持ち悪い私を見てデュオは顔を赤くしてどこか所在なさげにしていた。
◇ ◇ ◇
二年ぶりの温かいお風呂を頂く。
あの森の中でも水浴びは欠かさなかったが、たっぷりのお湯に漬かるのは…本当に格別だった…もう一生お風呂には入れないものと諦めていたのだ。温かいたっぷりのお湯に浴槽の中で少し涙したのは内緒である。
ただこの世界のお風呂の椅子は独特の形状をしていて体が洗いやすいような気がする。文化だなぁと感心してしまう。
そして風呂上がり、私はパウダールームの鏡でついに二年ぶりに自分と対面した。最低でも風呂に入り顔と髪を洗わなければとてもではないが鏡を見る気になれず、風呂から覚悟を決め、自らの姿と対峙した。普段心の中でこの世界の人々に対して文明人マウントを取っていたが、こんな綺麗な鏡を見るのは久々でまるで原始人のように戸惑ってしまっていた。
鏡の中の少女の黒い髪は伸びメガネも無い。そして目つきが鋭い…というか悪い、そんな私の面影を持った少女がいた。
「これが…わたし…?」
文明から距離をとって久しい、文明圏外の蛮族じみた感想が漏れる。
この世界の女は文明レベルの低い竪穴式住居住まいの辺境の蛮族だろうが街道にリポップするが如く湧くあたおか盗賊連中ですら顔面偏差値だけは異様に高い。そんな中で自分の姿がいかにみすぼらしいかと危惧していたのだが、全体的に痩せて、発達不良気味ではあるものの私は私でありながら…思ったより悪くないように見えた。
正直今まではかなりの美少年であるデュオと一緒に歩いているのに気後れしていたのだが、これなら近くにいてもギリ許されそう…?そんな雰囲気だった。
この世界の空気か水が美容か何かに良いのだろうか?…いや、これだけあたおか共が多いのだからむしろ空気や水は悪い気がする。
「あら、エリカちゃんはカワイイってワタシずっと言ってたわよね?ワタシのコトバ信じてなかったのかしら?」
妖精さんが私に上目遣いで煽ってくる。ええ、本当に心から全く一切信じていなませんでした。その事をちょっとだけ悪かったかなと思いつつ謝ったら謝ったで絶対マウントを取ってくるので私は妖精さんからそっと目を逸らした。
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