第二十二話 閑話・薮井エリカ

私、薮井エリカは高校受験を控え学校と塾を往復する毎日を過ごす勤勉な中学三年生でした。


小学校中学校と一緒に過ごした友達は志望校の偏差値に隔たりがあり、学校と塾を往復するは話が合わず、いつのまにか疎遠になってしまっていた。

今年になって始めたスマホゲーム「ナイアルラ国物語」にハマってもその話をする事も出来ない程度には距離があった。

元々人付き合いが下手で口数が少ない私は、学業とゲームに時間を割かれ人付き合い下手に拍車をかけてしまったが…まぁ推しの事を考えてにやついた顔を朝の洗面台で見て引いてしまったのでこの顔を見られずに済んだ事を幸いと思うようにした。


両親は良くも悪くも私に興味がなかった。私に興味があるのではなく私の成績と進路にしか興味が無いようだった。

昔は両親の興味をかうために一生懸命弁勉強をしていたのだが一向に評価されなかった。良い結果を出しても駄目だった所を指摘され、褒められた事はついぞ無かった。

高校受験のために無為な努力していたつもりだったが、高校に進学したら大学受験のためにまた無為に勉強をしないといけないと考えたら如何ともし難い閉塞感を感じてしまった。その閉塞感から三年になったというのに「ナイアルラ国物語」にハマってしまったのだ。


そんなある日、夏の暑さも次第におさまり次第に短くなる太陽は影を長くし夕暮れ時の教室。

校庭からは引退した女子ハンドボール部の声が聞こえる。私も去年はあの中で汗を流していた。まぁ私はチビで運動神経も良くなかったのでチームのお荷物的ポジションで何も残せなかったのだが人数合わせでも二年間続けていた部活にはそれなりに愛着があった。

そういうわけで一年、二年の頃はそれなりに部活動に勤しんでいたのでゲームをやる余裕もなかったのだがこんな事なら部活動よりゲーム部にでも所属しておくべきだったか…いやウチの学校にはそんな部はないけど。


私より背が高く動きの良い後輩を横目で追いつつ私はすっかり長くなった影に赤い夕陽を感じつつ帰り支度をした。塾のための隙間時間だったが朱く染まった教室で私は妙な胸騒ぎを覚えた。

陽光の朱と夜の藍が交じる教室で不安だけが強くなる。教室の窓から見上げた天には私の感覚でいう所の「目」が、あらゆる色彩を内包しながら「ソレ」は目を醒ました。



『 お は よ う ! ! ! 』



途端未知の意思に吹き飛ばされ水泡が弾けたかの様に…私も目を醒ました。


そこは見た事の無い天井だった。全く身に覚えのない石窟。私は確かに今まで夕方の学校にいた…なのに見知らぬ場所で目醒めて混乱する。今までの人生は全て夢だったのだろうか?そう疑問に感じてしまうくらい唐突に目醒めた。

夢の中?の出来事をまだ鮮明に思い出せる、私は今まで寝ていたのだ。

だけど私が生きた十五年の人生とくすんだ中学校生活が夢ではないと確信させられたのは私が三年間着なれた制服が物語っていた。


「異世界転生か何か知らないけどちょっと説明不足じゃない…?」


突然の事態に頭が全くついていかなかった。

友達の目も親の期待も重く一人が気楽だったのは確かだが、さすがに誰もいないというのはキツイし怖い。私は人を求めて窟屋を出て…愕然とした。

眼下には圧倒的大自然、延々と広がる大森林、そして雪を被った山々だった。

私、薮井エリカは突然よくわからない世界でサバイバル生活を強いられる事になっってしまったのだ。


◇ ◇ ◇


こちらに来て二回目の冬を越した、正確な日数は分からないが多分二年位の時が過ぎたのだと思う。

最初は生水にあたってのたうち回っていた私も大分この世界に順応してしまっていた。

森にはまれに黒いモヤを纏った生物がいてそれを倒すとそのモヤが私に流れてくる。最初は気持ち悪いし怖いな…と思っていたが、どうもそれを纏うと強くなったようだ。そうと分かれば文明人として罠にかけてでも乱獲してこの黒いモヤのようなものを積極的に収集していった。


「見てエリカちゃん!あの紫の果実はエグ味が強くて美味しくなくて三日間のたうち回る腹の痛みを覚えるけど食べれる果実よ!」


「それは食べれないというのでは?」


一年が経つ頃、孤独に苛まれた私の頭の中には会話相手が生まれた。彼女の名前はヴィルトゥム、略して妖精さんだ。

彼女は私の妄想の産物なので私が知らない情報は彼女も知らない。だから彼女の話は大抵アテにならないしロクな事を言わない。だが一人でいた頃と違ってこのクソ妖精さんがいるだけで随分と私の荒んだ精神は安定した。

ちなみに謎の紫の果実は食べた感じ確かにあまり美味しくなかったが腹痛にはならなかった。

本当にアテにならない。


そうして私は片っ端から黒いモヤを乱獲しつつ私の文化圏ナワバリを切り開いていった。いつしか私の身体能力は人間を越え、そしてナワバリも半径百キロを越えていた。それでも街道の一本も見つからない。この世界に文明は存在しないのではないかと半ば諦めていたが、ついに私は村を見つけた…見つけてしまったのだ。

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