第十六話 神子サンディ

「私様は隣国「ナイアルラ王国」から亡命をしてきた「神子」サンディですわ」


そうして彼女は数多のお嬢様方の中で良く響く歌うような声で朗々と演説を始めた。


ナイアルラ王国?

私が元いた世界で「ナイアルラ国物語」っていうスフィンクスが出てくる乙女ゲームがあったけど関係あるのかしら?


「彼女らが男に首輪もつけぬ恥知らずな蛮族なのは皆も御承知でしょう」

「私様は懸命に彼女ら蛮族に文化の輝きをもたらそうとしました」

「ですが彼女らは私様を裏切りあまつさえこの地まで追いやったのですわ!」

「そうしてそれだけでは飽き足らずこの国に攻め入るつもりなのです!」


え…まさかここはゲームの中の世界…?

私が好きだった「ナイアルラ国物語」の中の設定では隣国に蛮族はびこる敵性国家群があると設定にはあった。でも設定だけで特に彼等と交流が描かれていた記憶はないけど。


「そんな蛮行、私様絶対に許せませんわ!!」

「愚かな蛮族共に文明の鉄槌を!裁きを!慈悲は無用!!」


彼女の言葉は次第に熱を帯びていく。というか彼女はそのナイアルラ王国の神子なんじゃないの?

そんな疑問を浮かべていると彼女が言葉を発する度になんか魔法?謎の糸クズのようなものが飛んできてる気がした。まぁ私は弾いちゃうんだけど、デュオにも飛んでる気がしたのでキモイのでその度にしっしと払っておいた。


「皆、わたし様の声に従い死ぬまで従軍なさい!!」

強要契約ギアス!」

「てめーら頭が高けーですわ!!」


彼女の一喝と共に聴衆お嬢様が全員同時にひれ伏した。皆がひれ伏す中、私とデュオだけが突っ立っていた。


「デュオきゅん!?」


そんな突っ立っている私達…いや多分私は入っていないだろう、神子サンディと言ったか…彼女はその美しい顔を紅潮させデュオに驚きそして駆け寄ってきた。

それだけ見れば絵になりそうな幻想的な光景だったが私は本能的な警鐘が鳴るのを感じた。具体的にはデュオの貞操の危険を感じたので軽く彼女にパンチをかましておいた。


ただのパンチのつもりだったが、なんと彼女との間には幾重かの見えない壁があり、それがガラスのように砕け散った。そんな魔法みたいな謎現象に私の方が驚いたと思う。

珍しい現象に少し思考速度を速め、見えない壁の砕け方を観察しているとどうも彼女も驚いているようだった。そうしてどうやら何かが反応をしたようで首飾りが光る…が構わず拳を振り抜いた。

彼女の腹に軽いボディブロー、ダメージを抑えると同時に吐瀉物を避けるために素早く腕を引く…が、彼女は百メートル程先の教会と思しき建物まで吹き飛びぶち当たった。

その衝撃で教会の塔は崩れ、シンボルであったのだろう鐘が落下した。その鐘は今まで聞いた事のない絶望的な終末音楽アポカリプスサウンドを奏でた。

しまった…変な障壁があって手加減間違えたな…思ったより吹き飛んだ事に驚き少し後悔した。

まぁ一応手加減はしたと思うので死なないでしょ…多分。

周りで土下座をしているお嬢様方からの視線が痛かった。


◇ ◇ ◇


「申し訳ございませんでしたあああああああああ!!!!!」


自らを神子と名乗ったサンディ嬢は芸術ともいえる美しい顔を教会の床にこすりつけて全力土下座をしていた。極端が過ぎる。


「いいから話づらいんで座って下さい」


私は着席を促した。


「私様ったらついデュオきゅんに会えて興奮してしまいまして…」


彼女は謎の言い訳をする、それが不思議だった。


「…デュオ?この人と知り合い?」


「いいえ…多分その…初対面です。ボクは里から出るのも初めてですし…」


デュオも困惑しているようだ。


「ふっふっふっ」


彼女は何か勝ち誇ったかのように笑う。


「実はこの世界はゲームの世界なのですわ!」


頭のおかしい彼女が頭のおかしいカミングアウトをした。だが私はその言葉を否定出来なかった。この世界は前の世界でやった乙女ゲーム「ナイアルラ国物語」と同名のナイアルラ王国が存在する世界なのだ。ステータス画面こそないものの魔法や身体を強化する要素もどこかゲームっぽいとは感じていた。


デュオはそもそもゲームといってもピンときていないようだったが、そんな疑問符を浮かべている私達を見てマウントを取れると踏んだのかサンディは綺麗なドヤ顔で話を続けた。


「私様はなんとこのゲームの世界「ニグラート物語」にやってきた転生者ですわ!」


だが彼女の出したゲームの名前は私の想像とは違っていた。


「ですが私様が転生したのはニグラート連邦の西の蛮族国家ナイアルラ王国でしてよ。私様はそこで類まれな才能を見出され王都の王立学院カダスに特待生として招かれ、そこで私様は生来の神性を開花させ神子となったのですわ!」


…このストーリー自体は私の知ってる「ナイアルラ国物語」の主人公ちゃんだ…

こんなあたおかちゃんじゃなかったと思うけど…

でもこれってもしかして私と同じ位の時期にやってきて私が森で変な魔物やら妖精さんと孤独に戯れている間に彼女はナイアルラ国物語を存分に楽しんでいた…?

なんだか嫉妬と敗北感、急速に目から光が失せる感覚を覚え追い打ちをかけるように妖精さんの念話が飛び込んで来た。


(ワタシというステキなパートナーを手に入れたんだからエリカチャンが一等賞ヨ!)


この妖精さん私の神経を逆なでする事意外に役に立ったことあったかしら…?

そんな脳内会話をしているとサンディのドヤ顔話が続いた。


「ですがあの蛮族共、破廉恥にも男に首輪をしておりませんでしてよ!?」

「私様もうこれはチャンスとばかりに手あたり次第男全員に強要契約ギアスをかけて首輪をつけて調教わからせましてよ!」


手当たり次第って…攻略対象キャラには「王太子」「宰相の子息」「剣聖」「大アルケミスト」「亡命騎士先生」だったけど…もしかして全員…?


「ですが奴隷娼館にうっぱらおうとしたところを親衛隊の衛視に見咎められ、色々あって国軍に追われて亡命してきましたのですわ!」


うわぁ…この聖女を体現したかのような清楚な美形、自称「神子」だけど話をしてみて低劣バカという確信はあったが…これは想像以上だ。気が遠くなる。同じ人間として見るのも憚られた。このチンパンめ…何処の世界に王太子を奴隷娼館にうっぱらおうと考えるあたおかがいるのか、そのあたおかインザワールドが目の前にいた。

そこで私ははたと気が付いた。


「ちょっとまって!?私の推しだったマーベルくんは?」


サンディは突然出てきた名前にきょとんとした顔をしたが本当に美形は得だ、その表情は可憐の一言だったがその口から出てきた言葉はチンパンのそれだった。


「マーベルってシャルル・マーベル?あーあのオスガキなら尻の穴に花を生けられるよう調教して世界一美しい花瓶に仕立てましたわ!」


「しねえええええええええええええ!!」


私は今度は遠慮なく彼女チンパンを二百メートル殴り飛ばした。

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