第十四話 人さらい

ロクデの村を出て街道を脇に逸れ、デュオの手を引いてあえて森の中を歩いてみる。

足元は悪いがそこには確かに人が歩いたのであろう踏み固められた細い道がある事に気が付いた。

そうしてその道を歩くとなんと丸一日歩いて一度も盗賊とエンカウントしなかったのだ!

正直盗賊自体には脅威を感じないのだが、毎度手を変え品を変えこちらを飽きさせないようデュオにセクハラをかましてくる盗賊バカ共の綺麗な顔を見ると頭が痛くなるので、エフワードの町に着くまではこの小さな道を進もうと決めた。

…そんな事を「喜んでいる」自分の幸福の感覚の低さに頭を抱える。本当に何の因果で私はこんなバカの世界に来てしまったのか…


そうして歩いていると森の中から水の音が聞こえてきた。どうやら滝のある川か泉でもあるようだ。


(マァステキ!まるで私の心のように綺麗な泉ネ!)


へーそんなに汚れてるんだ?この泉?綺麗に見えるんだけどなー?

街道からもそう離れていない。時間は昼を過ぎた辺りだろうか?

だが村では何の補給も出来なかったので軽く狩猟をし、今晩の野営の準備をする事にした。


「デュオ、少し早いけどせっかくの綺麗な水場だし今日はここで野営するわ」


「はい!」


実はここ数日蛮族の里を偶然発見して後、流れでデュオの足に合わせて旅をしていたから水浴びをしていない…一人なら毎日水浴びくらいするのに…!

で、でも代謝があんまりないからそんなに…あんまり…特別にはくさくない…はず!

…私は一応自分の体臭を確認した。


デュオは首輪をつけているのに器用に服を脱いで川に飛び込んだ。

小さなソーセージが宙を舞う。

…なんで私今目で追った?


「エリカ!背中を流してあげますから一緒に入りましょう!」


「入るわけないでしょ馬鹿!!」


デュオはきょとんとしている、どうやら彼としては親切心ですけべ心みたいなものはないようだ。

わ、私だって別にやましい気持ちはないのだが…油断するとついデュオの股間に目がいきそうになる。本当にやましい気持ちはない、だがぷらぷら揺れる股間には変な視線の誘導力があるというか…そして私はこの世界の蛮族共とは違う、文明人なのだ。息を吸うようにセクハラをする野蛮人共と一緒にされるのはまっぴらだ。


そうして私は深呼吸をして彼の方を見ないようにし、野営の準備を始めた。

魔力でビーコンを打って近場に獲物がいないかを確認するとウサギがいたので素早く捕まえ血抜きをする。その間に枯れ木を集め火を起こしをして焚火にする。

デュオが水から上がってくる十分程度でここまで出来るようになってしまった。この世界に来て二年、自分の事ながら原始人生活が板についてしまったと成長を喜ぶと同時に文明退行に切なさを感じた。


「ただいまエリカ」


そうしてデュオが焚火の側にやってきた。ぶらぶらさせながら。本当に首輪を外すのは嫌がるくせにそっちは隠す気ゼロなのね…注意をすると気にしているようにも思えるので私は目線だけを静かに彼から逸らした。


そうして体を乾かし服を着たデュオの手足を布で縛り、目にも布を巻いて目かくしをした。


「あの…エリカ…これは何を…?」


「暫くそのままで大人しくしてなさい」


私は困惑するデュオを無視してリードを木に括り付け動けないようにする。その上に私のクマの毛皮を無造作にかけておいた。


泉で水浴びをしながら考える、私は代謝が落ちているからか体の汚れは少ない、それでもホコリや野生動物を狩った時の返り血は受けてしまう。変なモノを取り込んで妙な事になった私であっても定期的な水浴びは必須だと思っていた。

だがこの旅の中でデュオは多少のホコリや泥汚れはあっても、髪はさらさらのままで肌も汚れたように見えなかった。あれはイケメン加護バフとかなのかしら?うらやましい。


そんな事を考えながら水浴びをしていると私の魔力ソナーの索敵に近付く人影を捕らえた。


「んーーーーー!?」


「へっへっへ 上玉じゃない!」


焚火の煙に反応したのか、それとも街道からもそう離れていないこの泉は有名な休憩場所だったか、それともここは人さらいのスポーンポイントだったのか、縛られたデュオがさらわれた。

彼女の力とスピードは何らかの魔法を使っているのか目を見張るものがあった、デュオを軽々と持ち上げ、木々の間を猿のように縫って駆け抜ける。

だが私はそんな彼女の動きを逐一感知していた。そして幸いそれは私からすれば十二分に追いつけるスピードであり距離だった。

そうして人さらいの女はスタミナが切れたのか、相当な距離を逃げて安心したのか分からないが木の上で休息をとりはじめた。それを感知した私は虚空を殴る。


「はっ!」


気合い一閃、私の「遠当て」が炸裂し、人さらいが休んでいた木が爆ぜて傾く。彼女は木の幹を影にして休んでいたが、その木の突然の倒壊に驚き足場を喪失した事に反応出来ず落下した。

その自由落下中の動けない人さらいを狙って、再度「遠当て」で吹き飛ばす。そうして彼女の腕から空中に投げ出されたデュオを私は抱き留めた。

彼を空中でしっかりと抱えて、地面は腐葉土で柔らかかったが落下の衝撃を出来るだけ伝えないよう細心の注意を払って着地した。

目かくしを取るとデュオは涙目になっていた。


「大丈夫?」


今回は蛮族跋扈する世界で彼の手足を縛って放置した私に落ち度があった…が、あえてイニシアチブをとるべく上から目線で恩着せがましく気遣うように声をかけた。


「エリカ…!」


目隠しを外したデュオは私の名前を呼んで少し息を飲むのを感じた。そこではたと私は気付いた。


私 今 全 裸 だ


(エリカチャン!ラッパを鳴らすわ!!今が聖戦の時ヨ!!)


何が聖戦なのか分からない妖精さんの声と謎のファンファーレが頭に響いたが、その言葉に反応する事なく私はデュオに再び乱暴に目隠しをした。


◇ ◇ ◇


ボクはエリカの腕に抱き留められ目隠しを取られ光を仰いだ。

だがそこにはいつもの一本角熊ユニベアーの毛皮を纏ったバーバリアンルックスの彼女ではなく……女神がいた。

流れるような珍しい黒髪と白い肌との美しいコントラストに思わず息を飲む。一本角熊ユニベアーの皮に邪魔されない素顔の彼女は頬をほんのりと朱に染め、吸い込まれるような黒い瞳はボクを見て潤み、薄い綺麗な唇は桜色だった。

自分の事ながらよくこんな彼女と共にいて平常心でいられたものだと驚いてしまう。


女性の裸は小さい頃から里の人らの背中を流したりしていて抵抗はないが、彼女の白い肌はボクにとって特別なものに見えた。それはボクが彼女に抱いている感情が普通ではないからだろうか…?


そんな内心の困惑を余所にエリカはボクに再び乱暴に目隠しをすると、王子様抱っこで丁寧に抱きかかえてくれていたボクを突然頭の上に抱え上げて走り出した。

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