第十一話 出番

私達は街道を歩いていた。

たまに湧く盗賊共を吹き飛ばしながら歩く事には慣れたが、未だに金髪色白の美少年に首輪をしてリードを引いて街道を歩くのには慣れない。というか令和の文明人としてこんなインモラルな行為に慣れてはいけないと思う。

なんなのよこの倒錯した絵面は…私は悶々としていた。

せめて首輪を外してくれないかな…とうらめしげにデュオの首輪を見ると彼はびくりと体を震わせ弱々しく抗議する。


「そ…そんな事…だめです…!」


それだけは絶対にダメと彼は首輪を両手でガードした。

この蛮族世界ではパンツを引ん剝くみたいなノリなのだろうが、どういう教育をしたらこんな低劣な文化が根付くのか本当に理解に苦しむ。

だが美少年に涙目上目遣いでそんな事を言われてはさすがに剥く気が失せる。私はおにちくではないのだ。


(剥いていいのよエリカチャン!アナタは自由ヨ!!)


机を叩くような激しいジェスチャーで私に訴えかけてくる妖精さん。それは貴女の欲望では?


都合私はクマの毛皮を纏ったバーバリアンスタイルに身を窶してはいるがそれでも令和の文明人だ。そうして何を間違ったのかこの異世界で生きている。知識人のはしくれとして彼らの低俗な文化にも歩み寄る気概くらい持っている。郷に入っては郷に従えというやつだ。

だから譲歩する、首輪は外さないがリードは私が持たない代わりに手を引いて歩く。


これもどうなのかしら…しかもなんで恋人繋ぎ…?デュオの指が動くとつい意識がそっちに向いてしまう。

でも今更リードに持ち直すのもカッコ悪いので気にしていない風を頑張って装う。でも手汗が滲んでしまう。手のひらから伝わる彼の体温と微細な動きが否が応でも伝わってくる。彼は緊張していないのだろうか?私は脳が白くなりそうな感覚に襲われながらも自分で始めた事なのだからと意識しすぎないようにできるだけクールを装って前を見て歩く。


そうして歩いているとデュオの歩みが遅くなってきた。首輪を引かれる事に慣れていて普段慣れない手を繋いで歩くのは体に負担がかかっているのかもしれない。私はちょっと緊張しすぎてそういう配慮が出来ないでいた。だがそれでも今更止めるのは負けなのでそのまま歩き続けた。負けたくないからね。

彼は歩みは更に遅く、そして顔まで赤くなってきている。首輪のリードを引かないだけで体調が悪くなるとは想像していないかった。


「ちょっとそこで休むわよ」


とりあえず小休止を入れて彼には休んでもらう事にする。


「え、あ、はい!」


私達は街道から逸れて木の下で体を休める。野営の準備をするにはまだ少し早い時間だ。手からは相変わらず彼の体温が感じられ、手汗が滲む。…彼には悪い事をしてしまったな…と反省するがもうこうなったら私は意地でも手を離さないと心に決めた。


(全然反省してないじゃない!エリカチャンのそういうトコロ大好きヨ!)


うっさいですね…反省してますって。

そんな脳内会話をしているとデュオがおずおずと話しかけてくる。


「あの…エ、エリカ…手を…」


顔を赤くし、目を伏せたデュオが私に進言とも抗議ともつかない言葉をかけてくる。私は意地でも離さないとさっき決めたばかりだけどそんなにイヤなのだろうか?張った意地がいとも容易く揺らぐ。


「その…お…おしっこに…」


私は手を離した。



彼が逃げ出す事はないとは思うがここは街道の近くで蛮性味溢れる盗賊が出るかもしれない。私は出来るだけ広い範囲の索敵をしつつそっと彼の後を追った。

…警護であって決して覗きではない。


(もっと自分の欲望に正直なってイイノヨ!エリカチャン!)


警護ですから妖精さん。乙女心で中指を立てる。


暫くするとデュオは動かなくなった。「なんらか」排泄をしているのだろう。普通に生きていれば排泄はしないと死んでしまう、無理をさせてしまっていたようだ。

かくして私は魔物を狩りすぎて代謝が少なくなったのか排便すら極端に少なくなっていたので気を付けてあげられなかった。これからは気を付けなければ…


デュオとの距離は百五十メートル程、だが彼は五分以上同じ場所で動かないままでいる。魔力で周りにソナーを打っても他に脅威となる生物はいないが、例外も存在する。魔力を持たないヘビはこのソナーだと感知し難い事を思い出し毒を受けて動けなくなった?…そんな嫌な想像をしてしまい居ても立っても居られずついもう少し…と近付く事にした。

距離二十メートルまで近づくと彼が私を呼ぶ声が聞こえてきた。その声は助けを呼ぶ声ではなく、なんだか切なそうで私はその場で固まってしまった。


「うぅぅ!!」


そうして押し殺すような声の後に「ぼたぼたぼたぼた!」と液状の何かが大量に降り注ぐ音。一リットルくらい?おしっこにしても量が多い。

え……これが溜まってるってやつ…?

そりゃあんな量を体内に溜めているのは体に悪いだろう…排出しないとだけど……こわ……

私は前の世界でもこちらでもそんなものを直接見た…聞いた事がなかったのでその異音に固まってしまった。


メリッサが言っていた「男の体調管理」という言葉を思い出す。

彼は出来るだけ我慢し、そうして私に迷惑を掛けないよう一人一所懸命に「管理」しているのだろう…いや私少し迷惑被ってない?

何故今のタイミングで突然「管理」をしているのか全く分からないが、ともかく私の心配が杞憂であった事に安堵する事にした。


荒い息づかいをしていたデュオだったが暫くすると呼吸の乱れも回復したようだ。ここからでは直接彼の姿は確認出来ないし細かい挙動までは分からないが、体力が回復し逃げる意志が無いのであれば彼はこちらに戻ってくるだろう。その時に見つかっては気まずい、というか今でも十分気まずい。一足先に戻ろうと気配を消しつつ戻ろうとしたが、彼は再び私の名前を呼び始めた。動きが止まる。


だが私はその呼び声に応えて出て行く程愚かではない、エリカチャンはクールに去るのよ…


(今ヨ!!今!!今ヨォォォォォ!!出番ヨ!エリカチャァァァァァン!!)


妖精さんがにょきにょきと今までにない激しい動きで騒いでいるが、私はそっとその場を後にした。



その日はいつもより無言になってしまった、彼の顔がまともに見られない。

私がいつものコミュ障を発揮している時以上に静かな事にデュオは心配してくれていた。

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