第八話 呼び捨て
里を出てお嬢様共をまいて私達は野営をしていた。当初苦労していた野営も二年の歳月で速やかに準備出来る程度に私はこの世界に適応していた。
「ねぇデュオ」
火に照らされた美少年の大きな瞳がこちらを窺う。
「あれは魔法…なの?」
「え?は…はい。」
私は彼に回復魔法について聞いた。
異世界の森の奥でぼっち生活を続けて二年、私は人間が魔法を使うのを初めて見た。
私のなんちゃって魔法は魔物が扱う魔法のような現象を真似しただけで正しい魔法とは多分違う。文明人としては情けない限りだが、こっちに来てわりと変な物食べたり取り込んだりしているせいからか「エイヤッ!」とやると真似できてしまう事が多いのだ。
それでも私にとってこの不思議現象は心のどこで説明がつかない事でモヤモヤしていたのだが、ここにきて蛮性味溢れるお嬢様共の生態を鑑み「そういう事もあるんだろうな」と思える程度にデタラメな世界なのだと今更ながらに納得してしまっていた。
「それってデュオが私に教えてくれれば私でも使える?」
だが先ほどデュオが見せた正式な詠唱を用いての回復魔法の行使は、お嬢様共のような下等で蛮族的なものでなく、それでいて魔物や自分のなんちゃって魔法とも違う、高い技術と知識を感じさせる…そう言うなれば魔法文明のような輝きであった。
同じような回復効果は自分でも真似はできる。だが私の使うなんちゃって魔法だと傷は治せても暫くは自分の体なのに自分のモノですらない違和感と不快感、倦怠感に嫌悪感がもの凄い、その上それが暫くの間続くのだ。
出来れば回復魔法は使いたくない…というのが私の率直な感想だったのだが、デュオのあの回復魔法は違う!傷がなくても使って欲しい!傷がないと使えないなら自分で傷つけたっていい!
そう思っていたがデュオからは残念な答えが返ってきた。
「いえ…あれは独学みたいなもので…」
全然正式じゃなかった…
あきらかにしょんぼりとした私におずおずとデュオが声を掛けてくる。
「あの…エリカ様…」
「エリカでいいわ」
小市民の私としては様付けは違和感しかない。私はコミュ障気味なのもあって気兼ねなくフレンドリーに話せる相手が欲しいのだ。
「え…でも…」
明らかに困惑した気色を含んだデュオの声。
「別に私が呼び捨てで良いっていってるの、様なんてつけないで」
元々私は人恋しくて人を求め人里を探して探して…二年探してようやく見つけたのだ。とにかくたくさんたくさん話したいのに変な主従関係や垣根は作らないでほしい。とはいえ異性だから垣根なしというわけにもいかないだろうが、出来るだけフレンドリーに、友人として向き合ってほしかった。
「その…他人様を様付けで呼んだ事なんて…ボクなくて…」
それはあの蛮族の里のルールなのだろう。もちろんそれが彼にとって当たり前の事で今までは疑問にも思わなかったのかもしれない。敬称をつけない、たったそれだけの自由もなかったのだと思うと不憫に思えてくる。私はそんなあの蛮族の里のあたおか共がイヤで別の文明圏を目指しているのもある。
「いいから、私もデュオって呼ぶわ」
彼は大きな目を見開き少し驚き悩んだ後、おずおずと私に従い小さな声で名前を呼んでくれた。
「あ…あの…エ、エリカ……?」
彼は敬称を付けずに呼ぶ事に慣れていないからか、白かった頬は上気し赤く染まり、耳まで真っ赤にしていた。それは焚火に当たっていても分かるほどであった。その羞恥とも恥じらいともつかぬ表情を見てこちらまで動揺してしまう。金髪美少年が翠の潤んだ瞳で私を見上げている。二年も他人との交流が無かった私にとって少々なかなかに相当厄介な非常に高いやべぇ脳の破壊の権化が目の前にいた。脳がシェイクされる、なぁに慣れればどうという事はない、どうという事はない…と必死に平静を装い、その心の内の動揺を必死に抑えて答える。
「そそそ…れでいいからいいわ」
どもった。あと声が少し上ずった。全然動揺を隠し切れてない。
私はコミュ障だ。もうこうなると相手の顔を見てまともに話もできないチキンだ。あれだけ人恋して、人語が通じる人とたくさんたくさん…たくさん話をしたかったハズなのに!もうお話しタイムは終了だった。これからは穴があったら入るタイムだ。私の頭の中はもう真っ白で受け答えは「ああ」とか「うん」とかコミュニケーションにならない単語。顔を合わせる事も出来ず私は彼から全力で目を逸らし逃げる事しか出来なかった。
(グレイト!!パーフェクトコミュニケーションよエリカチャン!!)
私の内心とは裏腹に妖精さんの底抜けに陽気な声が頭に響く、今日も元気そうだ。殴りたいこの笑顔。
◇ ◇ ◇
デュオは考える。
男が女に「様」をつけるの家族間ですら当然であってつけないのは相当…とても…もの凄く親しい「仲」であり、それもプライベートな場所で…愛を語る時でないと許されない呼び方だ。それは彼女がバーバリアンで世情に疎いから…?なんて彼女の常識の欠落を前提として考えるのは失礼だろうか?
でも彼女はボクと親しくしたいという気持ちがある事をそのぶっきらぼうな言動の中からもなんとなく汲み取れる。
でもそんな…エリカ様……エリカ…エリカはボクとそんな関係になる事を望んでいるのだろうか?
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