第三話 首輪
里長のものと思しき周りよりも少し大きく立派な竪穴式住居で私が吹き飛ばした赤髪の美女メリッサが私の常識のなさを心配し助言をしてくれている。
「いらないって…おまえ正気か!?」
私の傍らには…名前をデュオといった金髪の美少年が私の言葉に怯え所在なさげに座っている。細い首には首輪とリードがつけられている。
そりゃあ私だってそういう欲がある事は否定しない、だが「賞品」として提供される彼の暗い表情を見るととてもではないがそういう気にはなれない。令和の文明人として人身売買には強い拒否感がある。
「ウチの里の男だぞ?娶れば里の住人にもなれるぞ!?」
どうやらこの里ルールでここの男と結婚すれば里の住民として扱ってくれるらしい。
だがこんな原始人の集落に住むことにまるで魅力があるような物言い…私は身分の証は欲しかったのであって伴侶が欲しいワケではない。ましてやこんな低劣な蛮族の里に住もうとなんて思っていなかった。
「娶るって…私まだ十七歳?なんだけど…」
十五でこちらにやってきて冬を二回過ごした。ただ一年が三百六十五日は無いような気がするので正確には分からないが、大体今は十七歳くらいのハズだ。
「は?十七っておまえ…おぼこか?」
…うるせーよ悪いかスカタン!女同士の下ネタは無しではないが仮にも男の前では厳禁じゃないの?
だがそうは思っても久々の人間との会話に心から喜んでしまっているのがくやしい。そして慣れない下ネタ、更には異性まで近くにいる事で私の頭は瞬く間にオーバーフローを起こし頭が茹で上がった。何か言おうにもコミュニケーション不足がたたってごにょごにょとしか言葉が出てこない。
とりあえず私は悩んだフリをしてうつむき赤くなった顔を手で隠す。
(このビッチ!エリカチャンの処女は永遠の輝きヨ!)
脳内妖精さんが私を元気付けてくれる。中指まで立てて抗議してくれた。でも悪いけど永遠のつもりは全くないからね?
深呼吸をして気を鎮める、まだ顔は大分火照っているが落ち着きは取り戻した。そうしてメリッサは言葉を続けた。
「ともかくこちとら女だ、バーバリアン相手だろうが約束を違えるほど雄々しくはない」
「その男は連れて行け!ヤってもいいし童貞を売ってもいい、気に入らないのなら奴隷として売り払っても良いんだ、お前に悪い事はないだろう?」
相変わらずこの蛮族と文明人の私とではどうにも価値観に絶望的な隔たりがある。
どうやら「高潔」な彼女は約束を守り、そして親切にも彼の価値が高い事を丁寧に説明して手放すのは損だと言ってくれているのようだ。だが文明人たる私の「高潔」の価値観と隔たりがありすぎてついていけない。思わず眉間にしわが寄る。
「…もし私が彼をこの里に放っておくとどうなるの?」
というかいっその事もう無かった事に出来ないだろうか?
「諍いの元になる」
なるほど、勝者不在で浮いた景品でもめてしまうのか。
「ざっと考えてもデュオ坊はユリーシャとジュシュ、コニーにキトナ、それとルミダとナーシュ、ダイール辺りに回されるだろうな」
「彼女らは常日頃からデュオ坊の童貞を狙っていたからな、それに仲間を呼んだら…目も当てられない事になるだろう」
クソである。
デュオは顔を青くして「そんな…コニー様…キトナ様はそんな人じゃ…」とか呟いている。地獄か?
私は頭を抱えた。こんな蛮族の里にいたら頭がおかしくなりそう…話し相手は欲しのだがここにいたら狂ってしまいそうだ。
(デモエリカチャン?話し相手なら私がいるジャナイ?)
ああ、妖精さんには大変助けて貰ってはいたのですが、貴女も大概役不足で私狂う一歩手前でしたからね?
私は彼とこの里から逃げる決意をしてふと彼に首に締まっている首輪に意識を傾けた。
「彼の首輪を外してあげてはくれない?」
正直コミュ障気味でただの異性ですら身構えてしまう乙女としては美少年の首輪姿は倒錯的過ぎて目の毒だった。
「何故そんな事を?」
メリッサは心底驚いたように聞き返してきた。
「だって苦しそうじゃない、可哀想よ」
適当に理由をつけたがメリッサの顔には「驚いた、コイツの頭はいかれてる」と心底呆れたという風に肩をすくめてドヤ顔をキメやがった。
「どうやらバーバリアンの姫は本当に常識を知らないようだな」
そうしてウォッシュレットどころか水洗便所もないくせにまるで文化的に上位者であるかの如く私に上から目線で諭してきた。
うるせぇしね。どっちがバーバリアンだこの蛮族め。
「お前は男もロクにいない山奥から出てきたのだろうから教えておこう、男に首輪をつけて管理するのは社会の常識だ」
「そして男の首輪を無理矢理外し辱めるなんてもっての外、淑女の風上にも置けない破廉恥な行為だ、下穿きを剥くよりやってはいけない」
「そんな破廉恥な行為をさせたら誰にヤられても回されても文句は言えない、その方が余程可哀想だ」
おぉーと?また理解し難い頭おかしい蛮族文化きましたー?
どうやら男の所有権を明確にする為に首輪とリードをつけるのが当然らしい。頭痛い。このあたおかな「常識」とやらが本当なのか、私は隣のデュオに視線で確認するが彼はこくこくと頷き、肯定であろうジェスチャーを返してきた。マジかよ…
「首輪の無い男なんていたら治安の良いこの里であっても餓えた
自称高潔で淑女なメリッサからの貴重なアドバイスだった。地味にこの里が「治安が良い」とか聞き捨てならない妄言が飛び出したが、確かに男は皆首輪をして女がリードを引いていた気がする。
ふと気が付くと傍らに座っているデュオは「常識外れ」の私に首輪を手で抑え引いているようだった。
私が悪いのかよ。
しばし深呼吸をし、空を見上げて心を落ち着ける。
この世界で一人戦いに明け暮れ二年、私はいつの間にかこんなイカレタ奴等と同じ空気を吸ってしまっていた。
私はこの劣等な世界を創造した愚かな神に腹パンを極めよう…そう固く心に誓った。
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