第二話 コーデミス

私は令和の文明人、薮井エリカ。

私がここの竪穴式住居に住まう未開のお嬢様方にバーバリアンの聖女などと呼ばれるに至ったのには聞くも涙語るも涙、不快な理由がある。


気が付いた時にはこの世界で私は召喚陣と思しき窟屋で倒れていた。窟屋の外は一面の森。ここで生き延びる為に私はこの窟屋を拠点として一人暮らしを始めた。

森には明らかに地球と生態系が違う獣やら魔物やらが闊歩しており、天には確認しただけで七つの小さな月が輝いていた。ここが地球とは違う世界である事はすぐに理解出来た。

近くには村落も人が住んだ痕跡も無く、この窟屋以外には文明の欠片も見当たらなかった。


そして冬が二回過ぎた頃、日数は分からないが二年が経ったのかもしれない。

森の獣やら魔物を狩る事で私の体は強くなったのが分かるのだが、どうにも心は強くなれなかった。一人孤独に過ごすうちに私の心は蝕れていった、人恋しくてたまらない。

私は自然と頭の中に妖精さんを飼い会話をする術を覚え、寂しさを紛らわす事が出来るようになっていたが、多分私の心は限界だった。


そんな折に私はたまたま拠点としていた窟屋から山を四つ越え、片道で二十時間程走った場所、距離にして百五十キロ程の場所に人里を発見したのである!もちろんこの世界で言葉も通じるかは分からない。見知らぬ私に対して友好的に接してくれるのか甚だ疑問であったが、当初狂おしいまでの人恋しさの前にそのような問題は些末なものに感じた。


その時の私は令和の知識できっと彼らの役に立てる!異文化交流楽しみ!とにかく二年ぶりの人との会話と交流に夢を見て里へと突入したのだった。

運良く近隣の里との祭りが催されていて堀と柵に囲まれた里の門は今日に限りよそ者であっても通行が自由だったのも幸いした。

そしてなんと!彼女らに言葉が通じたのだ!私は舞い上がった!久々に聞く、脳に響く意味のある音!じんわりとその言葉を脳に染み入らせるて泣いた。


「貴女も女ならその腕で身を証してみせなさい、その証明が出来ればこの村は貴女を認めるでしょう」


思い返すと優しくもなんともない…槍を持った衛兵みたいな人だったし…だがその時はとにかく言葉が通じコミュニケーションが取れた事が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「あ゛い˝……じょうめいじまず…!」


突然泣き崩れ、乙女にあるまじき鼻水を垂らした私を見て衛兵であろう彼女は頬を引きつらせてドン引きしていたように思う。私は涙と鼻水にまみれ嗚咽と長きにわたるコミュニケーションの断絶からそれ以上まともに返事が返せなかったが、私は彼女の言葉を行動で返す事が健全なコミュニケーションだと思い馬鹿正直に武闘会に飛び入りしたのだった。


二年ぶりに人間のコミュニケーションが取れた喜びで私はまるで卵から孵化したてのひよこが親鳥の全てを信じるかのように美化されていった。


「その腕で身を証せ!」

「強かったら認めてあげる!」

(認めるって好きってコトダヨ!)

(エリカチャン大好きダヨ!)


言葉が脳内で反芻され徐々にそれは変化していき途中からは妖精さんの声だったような気もするが、ともかくその認識は言葉だけでなく里全体も美化されてゆがんでいった。

彼女らが竪穴式住居に住まう蛮族なのに、文化的なお嬢様方だと錯覚してしまっていたのである。

そうして私はこの異世界で過ごした二年の成果を武闘会で遺憾なく発揮し、並み居るお嬢様方をワンパンで吹き飛ばしまくった。


しかし途中で事故が起きた、武闘会の途中死者が出たのだ。森では人型の魔物は出なかった、せいぜい猿の魔物だった。人の死体を目の前にしてドン引きしたところに観覧席からお嬢様から怒号が飛んだ。


「おんしゃあよくもやらかしおったなァ!!」

「脳味噌ぶちかましたるわごらァァァ!!」


顔だけは良いお嬢様方が雄叫び…雌叫び?を上げて闘技場に報復のリンチとばかりに乱入し、大乱闘に発展した辺りでこの里に溢れんばかりの蛮性に気が付き私は正気を取り戻した。

乱闘を起こしたお嬢様が追加で二人、計三人死んだと知って更に引いた。


正気に戻った私は周りのお嬢様方の蛮行から文明レベルの低さを認識し青くなった。

そうして困惑する私はレフリーからの呼び名が「バーバリアンの聖女エリカ!」と不名誉な呼ばれ方をする事に気が付いた。

私のコーデは異世界の森で二年の時を経て令和の文明人から幾分かグレードダウンしていた。頭から熊の皮を被り石斧を所持した姿はこの蛮族お嬢様方の全く肥えていない腐った目からしても更に下限に振り切ったアンタッチャブルなものだった。

里からは脅威生物と認識されていた熊の皮を被ったコーデから私、薮井エリカは「バーバリアンの聖女」と呼ばれるに至ったのである。しね。

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