第28話 究極の追撃プラン

 テロ組織、エニシダの誇る、今振るえる対航空戦の最大奥義ともいえるプランD。他国の軍事力を勝手に拝借する小狡いプランではあるが、反対に今この時の世界の最強戦力を行使することにもなり、常識的に見ても、ただの旅客機なら圧倒的な力で蹂躙・撃破される構図となる予測だった。しかし、そんな途轍もない軍事力が行使されたにもかかわらず、双方に死傷者皆無という結末。誰が想像できただろう。そんな惨敗の報告を電話で受け取るシエラ。


「え、それは本当ですか? はいはい……了解しました。このままお待ちください」

「ヴィル様、プランDのパイロット回収部隊から連絡が入りました」

「おぅ。して、敗れたか?」


 シエラの説明をまつまでもなく、結果はわかっていたかの口ぶりのヴィルジール。勝ちを諦めるような心境ではなく、これまでの戦況から推察される敵能力のイメージ精度が時間経過とともに増したのだろう。悔しがる様子もなく、どこか清々しい表情だ。


「え? なぜお分かりで? あ、というか、全機、緊急射出ベイルアウトさせられましたが、全パイロットとも無事回収されたとのことです。このまま本部帰還命令でよいですか?」

「ああ、それでいい。労をねぎらい、のんびり帰るように言ってくれ」


「あ、もしもし。それでは完全撤収です。皆さまにご苦労さまとお伝えください。なお期限は定めませんので、ゆっくりと本部に帰還してください。はい。報告事項? はい。え? システムダウンですか。ええ。はい。え? 妖精? あ、あ、はい承知しました。それでは」


 電話を切り、要領を得ない顔つきのシエラはヴィルジールに報告する。


「ヴィル様、収容したパイロットの意識が回復して事情聴取したところ、各種状況の違いはあれど、半数以上のパイロットは突然FCS火器管制装置がシステムダウンし、直後に妖精が現れて強制的に緊急射出のレバーが引かれ、為す術もなくベイルアウトしたのだと報告がありました。最初は真偽不明な戯言と捉えていたそうですが、関わりのない各チームからも同時同様の報告があり、どうにも信じがたい内容ですがどうやら本当のことのようです。またその際にその妖精は同じような言葉を脳裏に語りかけてきたとのこと。えっと、内容は……」


 急にモジモジと恥ずかしげな素振りを見せるシエラ。気になるヴィルジールは続きを促す。


「ほぅ、妖精とな? なるほど、やはり相手はただの人間ではなかったということだな? でその内容は? どうしたの? シエラちゃん。まさか、なにか破廉恥な内容だったのか?」


「いえ、そんなことは……えっと……『おイタはメッでしょ?』……との言葉を可愛らしく投げ掛けられたとのことです……わゎゎ……はじゅ……かひぃぃ」


 聞いただけの台詞と状況から、シエラの脳裏には可愛らしくも妖艶な妖精のイメージが構築されたようだ。そして咄嗟のこととはいえ、半身でやや腰をくねらせ、効果音も顔負けな吐息混じりの甘く可愛らしいセリフ再現を果たすシエラ。放った直後、顔は湯気が出そうなほどに紅潮し、瞳は大潤み、そんな自身がいたたまれなくて直ぐにしゃがみながら、両手で顔を押さえつつ目を白黒させる。

 オリジナルは幼女の屈託のない純真な可愛らしさだったはずだが、伝言ゲームのように大人や思春期以降の少女を経ることで、純真→可憐→妖艶のような独自成長を遂げていたようだ。


「ぷふふふ。あははは。その台詞も面白いけど、可愛らしい言い方まで真似してくれるなんて。あははは。シエラちゃん、やっぱり可愛いね。その人差し指を立てるのと、腰に手を当てるの、それとウィンク。それらはアドリブ? たぶん報告にはないよね?」


「だってぇ、いえ、ですが、電話口でそういう言い方をされたのでそこはつぶさに再現すべきなのかと。ああ、人差し指と腰の手とウィンクは確かに勝手な解釈。誇大報告でしたぁ」


「あははは。いや、いいよいいよ。面白かったから、あはははは……はぁはぁ……コホン」


 腹の底から笑い転がるヴィルジールだったが、素の表情に戻り、なにやら考え込む。


「この際、小者のサミュエルなんか、もうとっくにどうでもよくなっているわけだが、うーん。それにしても。そうか、うーん。そうだな。今回の相手は想像を遙かに上回るようだし、対空最大の軍事力ともいえるプランDでも敵わないのであれば、敗北を認めざるを得ないか。いや、もうそういうレベルでもないな。勿論もう敗北で構わないのだが、見極めたいからあと二つ。プランXとプランZの最終奥義同時発動だ」


 一頻りの熟考を経て、今度は試練を課す構えのヴィルジール。表情はどこか晴れやかだ。


「え? あれはまだ実用レベルかどうかも未検証ですし、そもそも制御できるものなのかもわからない代物ですよ? それにこれも使うと、切り札はほとんど尽きてしまいますが……」


「ああそうだな。我は賭けをしたいと考えている。我が理想とするところは知っているな?」


 シエラの問いに原点回帰のヴィルジール。意図を図りかねるシエラはきょとんとする。


「ああ、ええっと、『理不尽過ぎる、他を蹂躙しようとする大きな力を持つものを崩壊させること』ですよね?」


「そうだな。そのためなら人を殺めることにも一切の躊躇なく、他者から見れば、悪の限りを尽くすテロリストとしての振るまいだったわけだ。まだまだこれから何年も活動を続けてなお、その理想を実現できるかもわからない、かなり壮大な理想なわけだ。我とて無用の殺しは望まない。理想実現の時間との兼ね合いも含めるからこそ、そこに犠牲者が生まれることも躊躇わない覚悟で力を振るってきた。とはいえ、実は罪のない民間人まで屠ろうとするのは今回が初めてなんだがな」


「えぇ、存じています。私も今回ばかりは心が痛む思いです。でも、サミュエル自身を滅ぼさなければ、何故かヤツらの組織はすぐに蘇って、何万人もの罪なき人が蹂躙され歯牙に掛けられる。その富と名声と、それを後押しする不思議な力、再生力? を利用して、水面下に潜む別の巨悪が今も猛威を振るい続けている。とそう聞いております。ただ、サミュエル自身は悪人には思えないことと、いったいどんな不思議な力を持っているというのでしょうか?」


「ああ、そうだな。おそらくサミュエル自身は稀に見る善人で、詳細はわかっていない何か不思議な力と有り余る財源を持っているという事実がある。実際、いくら組織を壊滅させても、殺さない限りは直ぐに回復してくる。壊したものも財力で直ぐに元通りだ。それだけ聞けばヤツ自身は惜しい人材なのだが、実は救いようのないバカなのだ。その意味でも実に惜しい」


「え? おバカさんでも組織を牽引できるのですか?」


「ああ、やつは表向きの顔として真っ当なことをやってのけ、莫大な利益を生む、確かな才能も持ち合わせている。そう、バカとは言ったが、その頭脳はかなり優秀だ。ただ人の機微に疎く騙されやすいのだ。巧いこと担がれトップに納まっているだけで、運営の実態は、やつから見えない最深部のコア組織から操られていると言ってもいい。そしてコア組織のほうは軍事レベルのセキュリティと地殻強度で護られ、仮に核ミサイルをぶち込んでも破壊は不可能なんだ。これまでも何度かあちこちを壊滅させてきたが、サミュエルがいる限り直ぐに復旧してしまう。そのサミュエル自身も、いろいろ試みてはみたが、地上にあるときの暗殺はまず不可能で、もう高高度の空か、深海でもなければ、ヤツを滅することはできないというのが結論だ」


 優秀な頭脳と聞いて目を丸くし、騙されやすいと聞いて残念な表情に変わるシエラ。


「なるほど。だから今回、空の移動情報をキャッチして、急遽組まれた作戦なのですね?」


「その通りだ。まぁ、犠牲となる他の乗客には申し訳ないが、ヤツが生きているせいで失われる他の何万倍もの命に較べれば微々たる数なのだ。相当悩んだ末の選択だ。赦されることではないがな」


 ヴィルジールに出会ったばかりの『大きな目的の前には何の関係もない小さな命だって散らす』といったセリフを思い出すシエラ。それでも痛まぬ心を持ち合わせないわけではないこと、苦悩の陰り、苦渋の決断があったことに心を寄せる。が、ふと話の論点を立ち戻る。


「お話を聞く限りでは、真に倒したい敵はサミュエルではなく、そのコア組織なのですね?」


「そう。まさにその通りなのだが、我にはどうにもできず、サミュエルを滅するしか策は見出せなかったのだ……そうやって手をこまねいている間にも被害は……急ぐ必要があったのだ」


 これまでの行いを振り返りながら痛ましい表情で語るヴィルジール。少し間を置いて続ける。


「しかしどうだ。今回の相手は我の望みをそのまま体現できるほどの底知れない力を秘めているのではないか? あれほどの理不尽な力を叩き付けたにもかかわらず1人の死傷者すら存在しない。この恐るべき状況を捉えればこそ、もはや本物の神と言える存在なのではないか?」


 ふと表情が明るくなるヴィルジール。よほど嬉しかったのか興奮しているようにも見える。


「そして、そんな存在なれば、サミュエルなどを的にせずとも、そのコア組織を消滅させられるのではないか? 我には成しえなかったが、その誰かならもしや……な期待がふつふつ湧いてくるのだ」


 湧き出た期待感をぐっと噛み締め、真剣な面持ちでこれからを語り出す。


「そうであるなら、我にこれ以上の戦う理由が見当たらない。むしろ誰かは分からぬが、その者を奉り立て、理想社会の実現にいざなうことのほうが重要なのではないか? と考えてしまうのだ。それを見極めるためなら最終奥義を発動することも惜しくはない。そう思うのだ。どのみち、これほどの圧倒的な力の存在を知れば、我がこのまま継続することの意味は消失したに等しい。だからエニシダの組織は解散しようと思う。エニシダ教は受付の女の子にでも任せて、我とシエラちゃんは日本に行くぞ」


「え? 日本ですか? わわわ、行きたいです。ずっとお寿司が食べたいと思っていました」


 真面目に聞いていたシエラだが、賢くもどこかふんわりとした感性は、お寿司を連想する。


「あぁ、まぁ、そうだな。日本食は美味いと聞くから、我も食してみたいが、まずはジェイクの救出が先だ。ジェイクを含めた体制を一度立て直してから、その『誰か』との接触を図るつもりだ。まぁ、これから降りかかる我が最終奥義さえも躱せたらの話だがな。人智を超えた力でこれも躱せると踏んでいるわけだが、ふふふ、躱せるかな? なんといっても、世界中を脅かせるほどの究極の兵器と言えるから、回避失敗となる確率も低くはない。もしも躱せなかったそのときは、心機一転、エニシダを一から再興するしかないことになるがな。それにしても、シエラはジェイクや組織解散よりも食欲が勝るのだな?」


「あ、そうでした。ジェイクさま。大丈夫でしょうか? あははは。日本というトピックワードから『お寿司』が浮かび上がってしまっただけで、決して蔑ろにしているわけでは……」


 必死に弁明するシエラ。またまた顔全体を紅潮させ、手をバタバタ振っている。


「ああ、わかったわかった。おそらくその『誰か』は表舞台に姿を現そうとしない考えなのだろう。だから我が引きずり出して世界中に知らしめ、理不尽のない世界の構築をやってもらうのさ。ただこの『誰か』の今回の行動の特性を見る限り、現時点で誰も殺していないジェイクの命が護られているのは間違いないだろうが、警察に引き渡された後は罪状が浮き彫りにされることで死刑となる可能性は高い。だから急ぐ必要がある。至急、日本便を手配してくれ」


 キリッとした顔付きに変わり、情報を精査、テキパキと指示をやりとりするシエラ。


「承知しました。まずはプランXとプランZの指示が先です。ターゲットは刻々と日本に近付いていますから。Zのほうは、幸い東シナ海に展開中のはずですが、浮上しなければ連絡が取れないため、1秒でも早い指示が必要です。ターゲットの現在位置と移動方向を含めてすぐに送信しますね。はい。送信完了です。Xのほうは、V国の軍事衛星の動向は常にモニターしているので、いつでも実行は可能ですが、プランZとタイミングを合わせますか?」

「ああ、より厳しい状況での対応能力を量りたいから、合わせてくれ」


「承知しました。ただ、プランXのほうは、検証実績すらありませんから、本当に機能するのかは怪しいですよ? まぁ、今回実行することで、ハッキングしていることがバレてしまいますから、次からは使えませんし、こちらの情報が漏れた場合、V国は本腰を入れて、我々を潰しにくるかもしれませんね。あぁ、プランZだって軍事大国のU国だから、この拠点は抹消しておいたほうが良さそうですね」

「そうだな。慣れ親しんだマザーベースだったが、ある意味、良い機会なのかもしれんな」


 ジン達の乗る旅客機がインド洋を抜ける頃、こうして、エニシダにより、新たな二重の究極兵器による追撃プランが発動されたのだった。

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