第27話 ジンの気掛かり
「先に報告を済ませてくるので、後ほどね?」
そう言いながら、ジンとマコトがコックピットのドアを開けて中に入ると、機長が直ぐに気付き、コパイに操縦を預け、操縦席を離れて近寄ってきた。
直ぐそばにはソフィアもいて、心配そうにジンの全身を舐めるように見回す。攻撃を受けた脇腹部分の服がぽっかりとなく、素肌が露見しているが、傷一つない状態を見てほっとすると、マコトに向けて感謝の笑みを浮かべ、無音のありがとうを送る。すると、マコトは無音のうんで頷き、微笑みで返す。そのあとはただ無言のまま、瞳を滲ませるソフィアだった。
「ジンさん。マコちゃん。重ね重ね、いや、いくら重ねても足りないくらいだが、本当に、本当にありがとうございました。本機の全員を代表して心からお礼を申し上げます」
機長が深々と頭を垂れ、周囲も合わせてお辞儀すると、ジンは申し訳なさげに返す。
「いえ、こちらこそ、いろいろご協力いただき助かりました。だから頭を上げてください」
……沈黙のまま、頭を下げ続ける機長達……に向けて続けるジン。自身は壮絶な戦いを経ての今、結果として、軌跡的に無事帰ってこれたからこそ、生を取り戻せたことへの感謝の気持ちはあれど、誰かに感謝されることには気持ちが憚る思いでいた。それゆえに強く感謝されるほどに思いは苦く、申し訳なさそうな表情になってしまうジン。
「戦ったのは二人だけじゃなく、皆で連携して勝ち得た皆の勝利、皆で戦ったんですよ?」
そうは言っても気持ちが収まり切れない機長だが、話を続けるために頭を上げ話を切り出す。
「細かいところは、後で追々聞かせてもらうとしますが、インド洋を抜けた今、数カ国からの協力を得られて、
頭を上げてくれたことと、説明からこれ以上の危機は訪れないと、安寧の息を漏らすジン。柔らかな瞳で返す。
「そうなんですね。それは良かった。それなら安心です」
「空港付近も警備を厳重にしてくれるらしいことと、陸自から武装ヘリも配備してくれるらしい。すまんがキミの携帯で内調のお兄さんとやりとりさせてもらったよ」
必要だったとはいえ、個人事情の境界線に触れられたことに僅かに萎縮するジン。すぐに思い直すが、現在の状況で
「そ、それはありがたいですが、反対に恐縮しますね。それと兄には何か伝えましたか?」
「あぁ、私は挨拶程度で、基本的にはソフィアさんにやりとりしてもらったから、大きな問題はないと思うけど、お兄さんはその力のことはご存知ないのですね?」
どんなやりとりだったかは気になるが、ひとまず琴線に触れるような内容ではなさそうなことに再び安堵するジン。とはいえ、帰国後の振る舞いについては後で考える必要があることを肝に銘じ、話を続ける。
「そうですね。この力が発現して初の帰国ですし、身内とはいえ伏せておくべき内容なので」
「なるほど。それなら、報告をどうすべきかが悩ましいところだな? あぁ、仮にお兄さんがご存じだとしても、報告書には書けないことなのだろうからね」
「そうですね。全部を言えばまた別の大変なことが発生してしまいそうで、かといって理由なしには説明不可の誤魔化しきれない状況なのも事実なので。まぁ、今から少し考えてみます」
能力の件は今は置いておくとして、それよりも何よりも機長に尋ねるべきことの存在に意識を向けるジン。
「そうだな。私も考えてみるとするよ」
「ありがとうございます。それはそうと機長? 乗客にはどの程度認識されているんでしょうか? なるべく見えぬよう配慮したつもりですが、戦闘機の接近や爆発音がもしかして……」
一番の気掛かりを告げると、反応する機長に伝えられたことの安堵を感じるジン。ところが、機長はそれとは異なる、その根幹となる現状と周囲の意向を話し始める。
「あぁ、そうそう、その前に国家機密レベルの連絡事項があるんだ。今回の戦闘機の件は、結果だけ言えば何の被害も受けずに済んだわけで、そういう前提での話なんだが、戦闘機を奪われ、あまつさえ、テロ組織の道具とされてしまった当事国から、あまりに大きい数々の不手際と、信用の失墜はもちろんのこと、ひとつ間違えれば国家間の紛争にも発展しかねない、それほどに途轍もないインパクトを孕んだ超大事件であるからこそ、可能ならば秘密裏に済ませて欲しい、との意向があるらしい。ジンさん、あなたが了承してくれるなら、の話ではあるが」
国家機密レベルと聞けば、一瞬、目の開きも大きくなるジンだが、ひたすら頭を働かせて打開してきた、降りかかる厄災のような出来事の状況の一つ一つを振り返れば、敵のそれぞれの外側には国家という枠組みが絡むことで様々な軋轢にも発展しかねない状況でもあったことを再認識するジン。なんとなく意識はしていたものの、そんな視点で捉えた言葉として聞けば、確かにそうだ、と相槌を打ちながら機長の言に傾聴する。
「なるほど。うーん。そうですね。テロ組織の悪行は白日の下に曝すべき、との思いはもちろんあるのですが、それ以上に、そうした場合に私達のことも秘密にしてはいられないでしょう。私達としても穏便決着が一番。即ち黙っている代わりに詮索もなしの条件なら……」
「おぉ、そうか、それな……」
機長は自分の考えとの一致に笑みを浮かべながら答えを返そうとするが、ジンはまだ言い残しているため、機長の言葉を遮り、続ける。
「それにテロ組織にしてみれば、世間に曝されることは逆にその存在を世に知らしめること、即ちメリットでしかなく、隠蔽できてこそ、ヤツラは悔しがることになる気がします」
「なるほど。それは私も同感だな。わかった。私もその方向で会社への報告事項の中には何も触れないことにしよう。それで話を戻すが、内密にしたくとも、乗客が見ていたなら、人の口には戸を立てられない、とそういうことをジンさんは言いたいのだろう?」
前提の説明が終わったところで、認識を共有する機長から、ジンの心配事でもあった乗客への認知度合いの話が切り出される。神妙な面持ちに切り替わるジン。
「まさにその通りです。気を遣ってはいたものの、いくらかは目に留まったかもしれず……」
「そうだな。襲撃は3回あったが、1回めと2回めは後方象限だから角度的にも見えづらく、航空関係者がその練度と予測をもってしても、よほど目を凝らさなければ見ることは困難だったと思う。音も特になかったし、客室に動揺はなかったらしいから大丈夫だろう」
「そうですか。それは良かった。でもその口調からも肝心なのが3回めということですね?」
ここからが大事なところと、気を引き締めるジン。それを見届けると、一度視線を落とし、思い出しながら視点を彷徨わせながら言葉を選びながら慎重に説明を始める機長。
「ああ、かなり遠方ゆえ直接戦闘機は見てはいないと思うが、客室からは見え辛い前方の爆発の光や煙も、9時方向のミサイルの上方への煙の軌跡も、見える者には見えた可能性がある」
「そ、そうですか」
気掛かりは概ね予想通りだったことを認識するジン。だがもっと気掛かりだけれども、敢えて伏せていた部分について、機長が触れてくる。
「だが、それらは遠方の豆粒くらいの大きさで見えるごく短時間の出来事だから、気のせいだと言えば、押し通せるかもしれない。しかし、そんなことより、何よりも前方象限に突如現れた白く細長い柱、それがなぜか変形して上空に太陽みたいに出現したことによる眩しさは、乗客にもどよめきがあったと聞いている。そもそもはその直前に激しい乱気流? なのか、前に引っ張られるような強烈なGを一瞬感じたためで、その後くらいに乗客も外が気になったらしく、太陽が2つあると騒いだらしい。あれは何だったのかな?」
普通の人からすれば、ちょっとした異常事態など遥かに凌駕する超常現象であり、納得のいく説明には、明かすべきではない秘密の領域にも触れなければならないことも多い。
この場にいるのはみんな既に力を認識しているが、それでも詳細までを知るわけでもなく、知る必要もない。ジンにも明かすつもりは全くない。魔女迫害の歴史を繰り返さない意味もあるが、誰でもたかが家庭事情程度のことすら話さずにいるものだ。にもかかわらず、そんなものよりも遥かに秘匿性の高い一族事情のようなものをペラペラ喋ってはならない。そんな思考を巡らしていたジンだったが、そこへマコトが名乗りを挙げる。
「ぅぅっ、それ、マコのせいなんです」
「おぉ、やはりそう……だったか。いやしかし、ジンさんじゃなく、マコちゃんなのだな? それにしても、どうしてそのようなものが……」
マコトのそれは、結果、助け舟のようなものに思えて、ジンはマコトテイストに乗っかることにした。理屈はさておき、事象のみの説明で乗り切ることが狙いだ。
「あぁ、それは……実は私はしくじりF-15の銃弾を受けて瀕死状態だったんです。もう死を待つだけの絶望の淵で……それを諦めないマコトの強い意志が呼び起こした奇跡とも言える驚異の力が顕在化したもののようです。それは例の監視役を倒したときよりも遥かに強大な力で、辺りの空気を一瞬で取り込んだことによる影響と思われます」
「そ、そうだったのか。そんなにも熾烈な状況だったんだな。というか、大丈夫なのですか? 見たところ、ケガしてはいないように見えるけれども……」
「いえ、脇腹を内蔵ごとごっそり持って行かれ血も大量に失い息もせず心臓も止まっていたそうです。ソフィアの強力な癒しでもどうにもならないほどの状態だったと思うから、私は薄れ行く意識の中で死を受け入れ事切れた、いわゆる死んだ状況だったと思います。そんなどうにもなるはずのない状況をマコトが強引にも覆してくれたんです。内臓組織を再生し血液やエネルギーを生成注入して驚異の復活を果たせたわけです。あ、口外厳禁でお願いしますね」
やはり説明の上では少々深堀する必要があったことを、やや後悔するジン。ただ理屈よりは事象に傾倒して捉えてくれたからまぁセーフではないかと、自分に言い聞かせるジンだった。
「え? ……あぁ、それはもちろんだが、人智を超えたというよりはもはや神の領域ではないのか? あぁ、まぁ、それはさておきジンさん達だけにそんなにも壮絶な闘い、あり得ないくらいの辛い思いをさせてしまっていたのだな。本当に申し訳ない……いやありがとう……」
そう言いながら、改めてジンの衣服のすっぽりと抜けたように失われた部分がそのまま身体の失われた部分であることを意識に刻み込む機長。とともに、その痛ましさに眉を震わせ、思いを馳せながら俯き、呟きを漏らし、床に雫を落とす。
「……すまなかった、ジンさん……引き戻してくれてありがとう、マコちゃん……」
沈黙が少しだけ続いたところで、ジンが口を開く。
「そんなつもりでは……まぁ、完全回復を喜んでいただければ嬉しいです。それに、すべてはマコトの活躍によるところが途轍もなく大きいので、ぜひマコトを讃えてやってください」
「え? マコ? いやいや、マコはいいよぉ! あっ、それよりほら、記憶を曖昧にするやつ、時間が経つと効果が薄くなっちゃうんでしょう? ママ」
「そうね、あれは遠いと効果が薄いから、客室内を一周するスチュワーデスさんに付いていきながら掛けていく他はないわね。機長さん? スチュワーデスさんをお借りしても?」
「もちろんいいとも。前にも言ったが、あなた達のことは全面的に信頼しているから、一連の事件への対応で必要と思ったことは、思ったようにやってくれてかまわないよ」
「あらありがたいわ。では、ケイトさん? お手伝いしてもらえるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「あ、ママ? それだと時間がかかるし引き止められたら効果にムラが生じる気がするよ?」
「あら、それもそうね。うーん。じゃあ、どうすればいいのかしらね?」
「ソアを派遣すれば? 天井のチョイ下側を透過状態のミニの妖精サイズでズバーンと突き抜けながら振り撒けば、あっという間に均等に掛けられるんじゃない?」
「え? あ、あぁ、なるほどぉ。それはとても良い方法ね? でも私は分身から魔力を行使したり宙に浮かしたりしたことないけど、突然やって同時に複数のことができるものかしら?」
「あー、じゃあ今は急ぎだし、ミニ琴でミニソアを引っ張れば、ママは専念できるのでは?」
「そ、それいいわね、そうしましょう!」
早速、マコトは琴ピクシーを手のひらの上に出現させると、それを見て、慌ててソフィアもソアピクシーを手のひらに出現させる。ドルルン。と同時に小さく悲鳴を上げるソフィア。
「え? ぅきゃ、きゃー! わわわわ、わたし裸?! みみみ、見ないで~」
「おほっ!?」「ひゃぁ!」「ほゎ!」「♡!!」
声を上げなければ、被害も小さく済んだはずだが、これには機長もコパイもスチュワーデスもしっかり注目して、その眼にくっきり鮮やかに焼き付く始末。
少し我に帰ったソフィアは、急いで両手でソアのボディを覆い隠すが、時既に遅し。周囲の眼はロックオン完了の状態で、ソフィアの視線に気付き、そそくさと視点を泳がせるが、脳裏に浮かぶ回想で皆まんざらでもなさそうな表情だ。
ソアはサイズが小さい分だけ目に映るイメージも少ない情報量となるから、被害も極限化されたと見なすべきだが、写真よりも遥かにリアルで、人形とは違い質感もさながら微妙に動く躍動感が究極のエロさを掻き立てる。見たことがないくらいの紅潮度合いのソフィアだった。
「これまたリアルで、あまりにも素敵だからドキドキしてしまったが、人形なのだろう? そこまで慌てなくても……」
機長は降って沸いたようなラッキースケベにご満悦ながらも、本人のものとは全く思っていないから、ソフィアの反応が不思議に思えていた。
「こ、これは私そのもの。分身なの。私本体の裸を見られるよりも恥ずかしいくらいよ?」
「な、なんと!」
事情を察した機長とコパイは顔を赤らめ視点を惑わす。
「あーん、お嫁にいけ……あ、いってたわ。じゃあ、まぁいっか!」
言葉の上だが、踏ん切りが着いたソフィアはそそくさと下着に衣装と矢継ぎ早に装着していく。穿いたり着たりではなく瞬間的な出現装着だ。そんな超速着替えだが、納得のいくまで繰り返される衣服交換への華やぐ情景になおさらドキドキが加速してしまう機長達だった。
ふと驚きから我に返り、その愛らしいピクシー達を前にまたまた興奮を隠せない紗栄子。
「きゃー、きゃー、きゃー。本体だって可愛らしくてたまらないのに、この妖精さん? なんてキュートなの? マコちゃん? 触ってみても?」
「少しならいいけど、もう行っちゃうよ?」
返事を聞き終える前にもうマコトの頬をツンツンしている紗栄子。生きているその質感と反応の一つ一つが紗栄子にはたまらない様子だ。つつかれて片目を閉じて少し嫌がるマコト。
「ちょっと痛いよ、紗栄子さん?」
「きゃー、しゃべったぁ。あ、ごめんなさい。でも、少し小さくて、トーンも高いけど、マコちゃんの声だわ。目も動くし、この中にマコちゃんがいるのね?」
「そうだよ。分身なんだもん」
「きゃぁぁ、なんてステキなの! 今までもスゴすぎることばかり見せてもらえたけど、今のこの状況はもうファンタジー! ど、どうしよう、ドキドキが止まらない。本当にスゴいわ。こんな感動が待ってたなんて、今日まで生きてこれてこんなに幸せを感じたことはないわ。もう私のアイドル決定ね! いやでもこんなの見せられたらアイドルという表現も地味よね?」
「え? アイドル? あぁ、そうそう、アイドルと言えば、ここだけの話だけど、2年後くらいにデビューするかもだから、そのときは応援してね?」
「え?」
唐突なアイドルデビューの話題転換で驚く紗栄子にソフィアが説明を付け足す。
「あぁ、一応予定ね。N国の協力を取り付けられたらの話で、そのときはマコちゃとイルちゃと他にこれから募集するメンバーでデビューさせる予定なの。王女とかも伏せてね」
「えぇぇ! ホ、ホントの話なのね? するする。というか、ファンクラブ第1号になりたいな。ううん。なる! そのときは絶対教えてね!」
「おぉぉ、そういうことなら私にも応援させてくれ。そうかそうか。楽しみが増えてしまったな。まだまだ私も死ねないな。困った困った」
過度に興奮する紗栄子と、突如沸いた輝く未来予想図が楽しみで仕方ない機長だった。
「う、うん。わかった。でもそのときは魔法は使わないよ。じゃあ、ママ? 行こう! あぁ、紗栄子さん? 機内映像で、飛行機ものの映画かアニメがあったら、流して欲しいな」
「あぁ、それなら去年公開されたトップ○ンなんてどうかしら?」
「え? あ、聞いたことがある。そんなのがあるならちょうど良いかも? 映像と記憶がごちゃ混ぜになってくれそう。後でマコも見てみたいな」
「承知しました。一斉に流しておきますね」
そうしてマコトとソフィアのそれぞれの分身は客室に向けて飛び立っていった。
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