第29話 雷《いかずち》のごとき

 日本向け航路のインド洋・南シナ海を抜け、東シナ海に差し掛かる頃、少し前の時間帯のインド洋上空飛行中の旅客機の外側で起こっていた熾烈な攻防を認識したかもしれない乗客の記憶を曖昧にすべく、ソフィアとマコトの分身体、ソアと琴は、透過率100%の不可視状態で客室の先頭から末尾へと飛翔行動を開始する。


『じゃあ、ママ。準備はいい?』

『私は両手が使えるのよね? 魔法行使に専念すればいいんだよね?』


 やや不安混じりのソフィア。自分の役割を念のため確認する。


『そう。マコが後ろからお腹のあたりを抱き抱えて飛行するから、ママは前方だけに専念OKだよ。万一、姿が見られても妖精のせいにしたいから、マコは羽根をパタパタさせとくよ』

『ふふ。それ可愛いわね。わかったわ。左右に万遍なく降り注ぐ感じよね? 準備はOKよ』


『じゃあ、行くよ! ゴー』


 客室の一番上部、天井の少し下あたりを機体末尾方向に向けて、記憶を曖昧にする魔法を振り撒きながら進んでいく。機内映像では、轟音やイカしたサウンドとともに、最新映画のトップ○ンの格好いい映像が流れており、おそらく映像との相乗効果で魔法の効果も高そうだ。


『あー、やっぱり、なんとなく感付いてしまう人もいるみたいだね。ほら、中央席の太ったあの人、ずっと視線がこっちを向いているもんね。でもまぁ視点がそれほどうまく合わせられないのかハッキリと見えてるわけでは無さそうな感じだから、まぁたぶん何とかなるでしょう』

『そうね。今は万遍なく掛けていくことに集中しましょう』


『客室前半部はこんなものかな? 後半部に移動するね』

『えぇ、お願いね……それじゃあ、客室後半部分開始しようか?』


『え? ちょっと待って』

『なに? どうしたのマコちゃ』


 マコトは旅客機の下方、おそらく海面あたりに異様な違和感を捉えていた。


『パパ? 気付いた? 真下付近の海面。何かが現れたっぽい。鯨かな? いや金属っぽい』

『どうした? マコト。海面? ちょっと待って、今視覚を向けてみるよ』


『とりあえず、ママ? マコ達は先に済ませちゃいたいから行くよ? 準備はいい?』

『OKよ。ジンはそっちをお願いね』


『じゃあ、ゴー』


 マコトとソフィアは、客室後半部への魔法散布を開始する。


『うぇ、マジか。マコト。海面のはおそらく原子力潜水艦みたいだ。ミサイル発射可能な特殊な潜水艦で、今ハッチを開こうとしている。このタイミングなのは、もしかしたらこの旅客機狙いの可能性が高いと思う。オレが対処するから、ソフィアとマコトはそのまま続けてくれ』


 あっちもこっちも同時多発で大変だが、担当正面に意識を切り換えるマコト。


『マコ了解。気を付けてね。こっちも早く終わったらサポートに入るよ』

『またテロ組織の息がかかった軍隊が牙を剥くのね。大丈夫かしら? ジンよろしくね』


『あぁ大丈夫。戦闘機じゃないし、下方だから撃ってきたならシールドを張れば良いだけだから、まぁ大丈夫だよ。こっちはオレが何とかしてみるから、そっちはそっちで専念してくれ』


 原子力潜水艦からの弾道ミサイルは、海が繋がっていれば何処へでも展開・出没可能な潜水艦の隠密性を利用し、敵の拠点を正確に狙い撃ちが可能なため、世界を戦慄させるほどの現代兵器だ。しかしジンたちにとって、人のいないミサイルは叩き落とすだけで良く、更には、眼下に現れた今、隠密性も何もない。特にミサイルの発射直後なら速度も遅く、機動性も低いから恐るるに足らずだ。


『ソフィア了解』

『あと少しで終わりそうだよ、パパ。頑張ってね』


『あ、やっぱり撃ってきやがった。ヤツらも執拗だな。ただ、五月雨の連射っぽい。まぁ戦闘機と違って人が乗っていないなら叩き落とすだけだから、凄い兵器ではあるけど、うん大丈夫、問題なさそうだ。イル? 聞こえていたら、今の状況を機長に伝えてくれないか?』


『イル、了解です。海面に原子力潜水艦が出現、ミサイル発射し、パパが対処中ですね?』

『ああ、それで大丈夫。心配無用と付け加えて伝えてくれるか?』


『イル、了解です。伝えておきます。パパ、気を付けてね』

『わかった。ありがとう』


 マコトとソフィアの散布作業が終わりかける頃、ジンのサポートを意識し始めていたマコトだが、それとは別の何かの違和感を感じ取る。


『パパ、こっちはもう終わ……え? なに? 今度は上だ。なんかやばい気配。散布終わり。ママ、こっちは上行くよ』

『え? えぇ。わかったわ』


『マコト? どうした? 何があった?』

『わからない。空の遙か高いところで異常な電気エネルギーのような? ちょっと見てくる』


 上空の方向に大きな違和感を捉えたマコトは、琴のまま、ソアを抱き抱えた状態で機外上空方向に飛び出した。が、上方にそれらしきものは何も見当たらない。


『パパ、ママ、上方を見ても何も見当たらないけど、確かに遙か上空に異常な力を感じるの』

『それって、もしかすると人工衛星じゃないかしら?』


『人工衛星って、見えないくらい上方なの?』

『マコト? それはもしかしたら軍事衛星かもしれないぞ?』


 ジンは、下方のミサイル対処の傍ら、マコト達に助言を重ねる。


『今は東西冷戦の世界情勢なんだが、スターウォーズ構想って言ったかな? 軍事衛星からレーザー光線を発射する構想があって……やばいぞ。オレはまだ手が放せない。ソフィア? 物理的な判断は、今のマコトには難しいはず。マコトをサポートしてやってくれないか?』

『わかったわ。私も物理は苦手ではないもの。なんとかしてみせるわ』


 突然の危機到来だが、これまで後方支援に甘んじていたソフィアは、自らの能力全てを総動員してあたる決意を放つ。未知の存在にやや不安気味のマコトも幾分不安は解消した様子だ。


『頼む。今、発射に向けてのエネルギー充填中だとしたら、間もなく発射されるはず。光の速度だから避けることはまず無理。逸らすか拡散するか反射するかで、多重のシールドを充分に張って欲しい。ベストな案は浮かばないけど光ならプリズムで分解できたような? 大量のプリズムを敷き詰めたシールドを沢山重ねれば、いい感じに拡散させられるんじゃないか?』


『聞きながら、今作成してみてるよ。プリズムは透明な三角柱だよね? 長ーい三角柱を少し柔くして、とぐろを巻くようなシールドでいいよね?』

『ああ、いい感じね。それが出来たら、今度は丸ごとマコちゃがスキャンして複製しよう』

『お、それいい。その方法があったね。オーラで認識できれば瞬時に大量複製可能かも』


 何かを作る、との方策なら、大得意のマコト。せっせと素早く作る量産モードだ。


『マジックミラーのような反射シールドもあるから、マコちゃの数枚はそれで適当に覆うのと、最終段にはパラボラ方式のミラー反射シールドなんてのもいいかもね』

『おぉっ、そんなものが。今30枚位だけど旅客機に合わせて移動させるのもけっこう大変』


『配置調整と、移動させるのは私がやるわ。マコちゃはシールド作成に専念してね』

『りょ』


『鏡があるなら反射で軌道を逸らせるかもだが、100%反射できるわけじゃない。直接跳ね返すことは考えない方がいい。高出力エネルギーだからそもそも高密度の光の粒子は既に相当の高熱を帯びているし、反射しきれない分の熱量でも焼かれる可能性があるはずなんだ』


『む、難しそうだね……あ、上空のエネルギー、も、もうヤバそうかも?』


 そらの彼方で刻々と満ちていく力の満ち具合が、マコトの心に警告を鳴らす。

 と、その一瞬、そらからいかずちのごとき一閃の光。かっっっっっ!


『わっ!』


 瞬間の出来事で、約3秒間の照射。驚きの声を発している間に衛星からの攻撃は終了する。


 途轍もなく凝縮された高出力エネルギーのレーザー照射だったが、幾重にも重ねられたマコトのプリズムシールドがこれを受け、織り重なるプリズム透過による屈折で複雑に拡散し、ところどころに散りばめた鏡面の反射が光の行き先を強引に捻じ曲げる。髪の毛ほどの一点の細い光の粒子だったが、波長の屈折率の違いで導かれる光のスペクトルはさらなる分散を生み出し、無数の色を帯びながら、何百万もの光の筋にほどかれ、捻れては寄り合い、光の束は膨れあがる。


 結果、日光にも達しない威力へと減衰、拡散に成功し、最終段のパラボラミラーシールドにより彩り豊かに上方へと折り返す。戻りのプリズム透過はさらなる色分解と無数の方向への拡散を果たす。それらをすり抜けて向かう旅客機への攻撃はほぼ無力化されたと言えるだろう。


 受けると同時に返される、おびただしい数の色彩の光がシャワーの如く逆さ円錐状に放つ様相は、あたかも煌びやかな虹色のびっくりクラッカーを宙に向けて放ったかのように、辺りを美しく彩ったことは言うまでもないが、いかな花火よりも美しく、壮大だが、花火よりも儚く短い一瞬の出来事で、すぐに通常の空の見え方に復帰する。


『びびび、びっくりしたぁー! やったね、ママ。なんとか防げたみたいだね』

『ホントね。一瞬だったけど、こんなにも美しい空を見たのは初めてね。でも、シールドの上半分は、やっぱり反射や透過しきれない部分が熱で溶かされぼろぼろなのね』

『よくやったな、マコト、ソフィア』


 うまく対処できたことに浮かれていたが、1回で終わりではなかったようだ。


『うん。なんとかなったみ……や、だ、だめ、またエネルギー充填しているのか、エネルギーが膨れあがっているみたい、なんかさっきより速い感じが……間に合わない。方向分かったから打って出る。如意棒伸びろー!』


 しゅーん! 時間にしてミリ秒程度の粒度の流れの説明となるが、マコトはレーザー発射装置の方向をほぼ正確に捉え、そこへ向けて如意棒を伸張させる。ただ、あまりにも遠いことや、速く確実に届かせるために、先に行くほど細く長く変化させざるを得ないと判断し、針のごとき細く絞り込まれた長大な如意棒と様変わりしていった。衛星を捉えるために視覚のようなものを付加されたその上端は、大気圏を抜けた頃には衛星のレーザー発射装置の姿を捉えるが、やはりあまりにも遠く、あと少しだが届かせるには少々心細さを自覚するマコトだった。


『くっ、あと少しなのに、届かなそう。上に上るね、ママ』

『え? あ、うん、って私も? 私はちょっとヤバ……』


 気持ちが急いて、ソフィアの返事もきちんと聞き終わる前に、超高速で上方に移動するマコトだった。あと少しだったため、せいぜい数十km程度の上方移動で、如意棒の先端はレーザー砲に到達。見事突き刺し、装置の破壊に成功する。


 ボン! 音は聞こえないが、そんな様相の部分破壊が行われた軍事衛星だった。


『やたっ! ママ? これでだいじょ……え? ママ』


 ふと見やると、意識が途切れ、ぐったりとするソアの姿。

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