第22話 ピクシーアタック

 ジンとマコトは、飛来する戦闘機に対抗すべく、高度30000フィートの大空を舞っていた。ちょうど飛行機に牽引される大凧のような感じで、2000フィート後方の500フィート上方に占位し、ジンがマコトを抱えている状態をジンの流線形の硬質化シールドで包み、その外側にステルスシールド、さらにその外側にマコトの3層構造 (ぎゅうぎゅうに圧縮した超加熱層を挟むサンドイッチ構造) のオーラ層を形成しているから、防寒対策もバッチリだ。


「マコト? 今のこの牽引されたような位置関係を保ちながらの機動全般はオレがやるから、マコトは体力温存に努めてくれるか?」

「うん。わかった。こうやってパパに抱えられるのは久しぶりな気がするね。なんかいいね」

「あぁ、今日を乗り切ったら、またいくらでも抱きかかえてあげるよ」

「うん。だから勝たなきゃね」


「ああ。そうだな。あと戦い方なんだが、旅客機を守ることが最優先。だけど、できれば敵だって死なせたくはない。仮にパイロットを説得できてもヤツらはすごすご帰ったりはしない。だからこの戦いでは、ヤツらを緊急脱出させられれば、それが最適解。敵が来たらオーラの触手を伸ばしてコックピットの中で射出レバーを引くことに集中してくれるか?」

「うん。わかった。でも、それはどんなレバーなの?」


「おそらくだけど、黄色と黒の縞模様でいかにも引いたらダメみたいな感じで、近くにDANGERみたいな、日本語なら危険みたいな表記がされていて、強く引く必要があるけど、引くとキャノピーを突き破って座席ごと飛び出す仕組みなんだ。普段触ったらいけないヤツだから、色合いから他と違う表示になってて、違うパターンでも直ぐにわかると思うよ」


「わかった。戦闘機が来たら有無を言わさずキャノピーに触手を伸ばしてレバーを引っ張って緊急脱出ベイルアウトさせればいいってことね?」

「あぁ、その通り。あ、もしも余裕があるときでいいんだけど、翼の付いたちっちゃな琴ピクシーを派遣できたなら、可愛く、ダメだよ、みたいなメッセージを伝えられると、組織に戻った後に更生させられるかも、と思うんだがどうかな? あ、ホントに余裕があるときだけね」


「それいい! マコも賛成! ホントの妖精さんだと信じさせられたら、更生もそうだけど、テロ組織の弱体化にも繋がるかもしれないしね。それにそんな風に考えるパパが大好き」

「そそ、そうか?」

「うん。世界一のパパだもん」

「ぐ。嬉しすぎることを言ってくれるな。じゃあ、余計に絶対生きて帰るぞ!」

「おー!」


「それで話を戻すけど、先に発射されちゃった場合は、もうその時点で旅客機が危険極まりない状態だから、そのミサイルは進行方向にシールドを張って速攻で落とすぞ」

「え? それって……」


「ああ。シールドが戦闘機の進行方向にあると、戦闘機も爆発に巻き込まれておそらくパイロットは助からない。だが、万一ミサイルを逃せば旅客機が撃墜される。もう猶予はなしだ」

「わ、わかった。その前になんとかだね。究極の選択なら戦闘機はもう目を瞑るしか……」


「あぁ、旅客機優先でいいよ。それから効果のほどは不明だが、さっき見せてくれた電気の火花。あれを放てるならコックピットの前にある電子機材を破壊できるかもだ。うまくいけばミサイルの脅威はほぼ排除。一番理想的な方法になるな。最初にできるか試してほしい」

「うん、わかった。残るは機銃だね?」


「そう。破壊力はミサイルに劣るし、ある意味、原始的な武器だから、かなり近付く必要がある。だからこそ少し厄介で、シールドくらいしか防ぐ方法はない。近すぎて戦闘機側の安全なんて確保できない。だからそうなる前に、緊急脱出ベイルアウトさせたいところだな」


「うん、大体わかったよ。後はどれだけスタミナが持つかだね。それが一番心配」

「そうだな。だから、なるべくマコトは体力温存でな」

「了解」

「そろそろ最初の敵と遭遇する頃だな」


 『ジン、10時の方向、20マイルから国籍不明機アンノゥンが2機接近中。その次はまだ遠いけど、たぶん6機だと思うわ。気を付けてね』

 『ありがとう。10マイル以内になったらまた教えてくれ』

 『了解』


「最初は2機だから、少し余裕あるかもだな? 少し遠い段階で、近い方から、琴ピクシー連れて、緊急脱出ベイルアウトさせる。もう1機は電気のビリビリアタックといこうか?」

「うん、それがいいね。まだ電気は自信ないから、いろいろ試したいしね。これ失敗したら1機めと同じ緊急脱出ベイルアウトパターンに切り替えるね」

「うん。それでOKだ。頼んだぞマコト」

「りょ」


 『ジン、10時10マイルよ。高度は低め。3000フィート下方ね』

 『了解。見えるまでは位置を教えてくれ』

 『了解』


「そろそろだ。ここからは会話最小限な?」

「りょ」


 『9時5マイル』


「お、見えた。あれだな」


 『ソフィア。敵視認インサイト。確認できたから次のを動向観察ウォッチ頼む』

 『了解。気を付けてね』

 『わかった』


「マコト? 見えるか?」

「んん、まだ見えてないよ。マコの超視力でも見えてないのに、パパはスゴいな」


「あぁ、視力も大事だが、空の索敵は慣れも必要なんだ。まだ9kmくらい先だから見えてもほぼ点だしな。焦点がずれてると見えないし、いるはずのところにあたりをつけるんだ。さっき10マイルで3000フィート下方って言ってたけど、遠い位置だからそれほど下じゃない。角度にして6度。水平線の少しだけ下の位置にいるはずなんだ。どうだ? 見えてきたか?」

「あー、あれかなぁ? まだ豆粒だけどふたつの点がいるね。でも何で角度までわかるの?」


「そうそう。よし、捉えたな。角度はまた今度な。今は機首がこっちを向いているけど、これから近付くにつれて徐々に旅客機の方向に機軸を合わせながら後方象限に占位してくるはず。もう3マイル切る頃だから機影もわかるかな。うぇ、F-16じゃないか。マジか? いや、何にしても、こっちは旅客機で空中戦ドッグファイトをやるわけじゃない。やることは変わらないか」

「なんかすごい戦闘機なの?」


「おぉ、けっこう最新鋭機で、空中戦ドッグファイトやらせたら、かなり強いらしい」

「ふーん。そうなんだ」


「でもF-16ならサイドワインダーが確定だな。主翼の端に付いてるミサイルがそれだよ。オレも見たことは無かったけど、熱源を追っかけるように舵修正するからか、その蛇行していく様子がヨコバイガラガラヘビに似ているらしくて付いた名前らしい。その様子は見てみたい気もするけど、なるべく発射される前にカタを着けたいな」


「えぇ! そんな由来の名前なんだ。あー、マコも見てみたくなっちゃった。でもそうだね。それを見ている時点で旅客機は超危険に晒されてることになるんだもんね。ダメダメ……」

「はいはい、気持ち切り替えるよ」

「よっしゃあ! マコは本気でいくぞぉ」


 ……


 時は10分ほど遡ったF-16のパイロットサイド。旅客機をレーダーで捕捉し、その後方象限へと徐々に占位し始める頃。


「なぁ、ターゲットはこの機影レーダーエコーで間違いないよな? チッ」

「あぁ、位置は合ってるし、他に見当たらないからな。チッ」


「それにしても、ただの民間機なんだろう? 何で戦闘機が駆り出されたのか不思議でしょうがないな。間違ってもターゲットからミサイルやガンで攻撃されることはないから、超余裕の任務ミッション過ぎてあくびが出そうだよ。チッ」

「あぁ、だが、プランDが発動されたくらいだ。何かあると思うべきじゃないか? チッ」


「でも、何を警戒すればいいんだ? ターゲットは丸腰に等しいし、プランDということは、ハイジャックなんかの対人戦に敗北したから発動されたんだよな。だが人としていくら強くても戦闘機相手にどんな手も打てるはずはないと思うぞ。ただ巻き添えを食らう形の他の乗客には同情するがな。まぁ、どの道、この旅客機に乗った時点で墜落か爆死かの運命が撃墜に変わっただけなんだが抗えぬ運命だったわけだ。ホント、乗客が気の毒で仕方ないな チッ」


「まぁ、そうなんだが、油断するなってことだ。お? 見えてきたな。予定通り、目視で後方象限に占位して、サイドワインダーで仕留めるぞ。チッ」

「了解。チッ」

「間もなく民間機後方に占位、特に異常はなしっと。うわっ、なに? 妖精? …… チッ」


 突然、パイロットの膝元に小さな翼をはためかせる可愛らしい妖精琴ピクシーが現れる。旅客機をロックオンしようとしていた指が止まる。可愛らしすぎるその姿に、一瞬、心を奪われる。すると妖精は語りかける。


 『もう、おイタしちゃダメでしょ!』


 そう言って、妖精はキラキラを振りまきながら、『はぃ、顎引いて! えぃっ!』と言ったと同時に緊急脱出ベイルアウトのレバーが思いっきり引かれた。


 『わゎゎ、ばか、それは……』軽いパニック状態のままキャノピーを突き破っていく。


「え? 妖精? どうした? 何が起こった? ってなんだ? HUDヘッドアップディスプレイや計器がおかしくなった。ななに? 射出したのか? ブツッ」カチカチカチッ

「だめだ、無線機も壊れたのか発信できない!」


 そんな異常事態の僚機のパイロットの膝元にも妖精現る。もう1機のリーダー機は既に射出していて、自機もシステムダウン中。なにがなんだかわからなすぎる状況に軽いパニック状態のパイロットに向けて可愛らしく語りかける妖精琴ピクシー


 『もう、ダメだよ! はぃ、顎引いて』

 そう言ったか言わないかの速攻のタイミングで緊急脱出ベイルアウトのレバーが引かれる。


 『わ、ばか……』そう思った頃には座席はキャノピーを突き破っていた。


 2人のパイロットは心構えの暇なく強制射出させられる。不意を突かれすぎたため、強烈なGに気絶してしまう。射出の衝撃でどこかを痛めないかが心配されるが、乗客達の命が失われることに比べれば余りにも軽微なこと。姿勢が悪い場合などは射出の衝撃で命を失う可能性もあるが、元々射出を想定した出撃の彼らだから、射出のイメトレ済みで被害は最小限と推測される。


 主を失った戦闘機は、キャノピーを失ったアンバランスさと、そのときの破片が吸入口インテークに吸い込まれたのか、その後、爆発して墜ちていった。


 このときの戦闘機は秘匿行動ゆえATCコードのない航空機の運行情報は入手できないために、海上で待ち構える救助船からの無線連絡の情報で状況を知る、エニシダ本部のシエラとヴィルジール。


「戦闘機2機が何もできずに緊急射出ベイルアウトだと? そうかそうか。やはり我の読み通りか」

「ヴィル様。なにやら楽しそうですが、ここは悔しがる場面では?」


「おっと、そうだったな。今からでも我は向かいたいが、コンコルドは手配できないか?」

「そんな急に、無理です! それにそれでも間に合いませんわ」


「むぅ。しかし戦闘機とはいえ、たったの2機。舐めてかかったこともあるだろう。だが、この後の物量と、注意深い猛攻に抗えるかな? ふふふっ」

「もう、ふふふっ、じゃないですわ! 詳細はわかりませんから、次のチームには、無力化のうちに緊急射出ベイルアウトさせられた旨と細心の警戒を促すよう伝達しておきますね」


「あぁ、よろしく頼むよ。まぁ失敗に終わるのは痛いが、仲間の命が無事で戦闘機は軍の物だから、救助船の費用以外に我らの懐は痛まぬぞ? そうカリカリすることも無いだろう?」

「いや、確かにそうですが。……んもぅ!」


「それにしても、どんな魔法を使ったのか……報告が楽しみだな。それとシエラちゃん? そんなに怒ると可愛さが台無しだよ? それに皺だって……」

「え? あら。まぁ。え? 皺? もぉ、ヴィルさまのせいですからね! お嫁に行けなかったら責任取ってくださいね!」

「いいよ?」

「え? んぁあ。じょ、冗談は抜きですよ!」

「いや、至極本気さ」

「えぇぇぇ! …………」

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