第23話 改悛

 最初に飛来してきた、どこかの国の2機のF-16は、おそらく思いっきり舐めてかかってくれたためか、思いのほかうまく対処できてホッとするジンとマコトだった。


 『ソフィア? 今の2機は無事射出させて、機体は墜ちていったよ』

 『そう。良かったわ。2人とも無事なのね? パイロットさんもおそらく無事よね?』


 『あぁ、何もさせないで、そのまま強制的に緊急射出させたから、大丈夫だとは思う。パラシュートは開いていたし、海上には浮舟ボートらしきものが2個浮いているのは見える。今は詳細を確認する余裕が無いから、次のことを考えよう』


 『そうね。まだ少し余裕はあるけど、10時35マイルくらいよ? 今度は6機。多いわね。大丈夫かしら? でも気を付けてね。けれどコッチはコッチで、ケインとイルちゃにも協力してもらって、胴体後部を増強中だし、エンジンが1個壊れたぐらいなら私達の力で充分補えると思うから、あまり気負い過ぎなくても大丈夫よ?』


 『ホントか?! うわぁ、ちょっと気が楽になったよ。すごく助かる。あぁ、やっぱりソフィアだね。ケインもイルもありがとう。みんな愛してる!』


 『にへ! にゅふん。ジン……』

 『にゅは! イルもにゅふんです』

 『なになに? ママもイルも。にゅふんて何なの?』

 『わかんないけど、にゅふんはにゅふんよ?』


 『よくわからないけど、今は敵に集中しよう。ソフィアは増強のサポートもよろしくね?』


 『そうだったわ。サポートも了解よ。あ、9時半25マイル。無駄話してる場合じゃなかったわね。あと別の戦闘機群も接近してるらしいわ。まだ60マイル以上あるけれど、12機と6機。多すぎるわね。別々の国だと思うけどタイミングが近いし共同戦線を張られると厄介ね。あぁ、別々のほうがもっと厄介なのかしら? それとまだ援軍は望めそうも無いみたいよ』


 『そうか。わかった。だがなんて数の戦闘機だ? 飛行隊丸々1個分だぞ? イジメに遭っている気分だよ。いや、今は目の前の6機に集中しなきゃだ。引き続きウォッチを頼むね?』


 『了解』


「マコト? 今度はさっきの電撃でいきたいけど、同時に6機に同じ操作ってできそう?」

「え? それって、触手を同時に6機のコックピットに伸ばして、ピクシーを6体生成して、同じセリフと同じレバー操作をするってこと?」

「そう。やっぱり難しいか?」


「寸分違わず全く同じ環境で、全く同じ操作なら何も考えずにできるから、それならもう少し多くても大丈夫だと思うけど、うーん、たぶんちょうど6体くらいが限度かな? でも一体一体に別の動作をさせるのは無理。なんか変な状況があると失敗するかも?」

「そうか。厳しいのか」


「ん? あぁ、そうか。電撃と登場までは6体同時で、そこから1体ずつ意識を切り換えながら、レバーを引く操作をしたら直ぐに解除、を素早く行ってポンポンポンポンって流れるように操作するならできそうかな?」


「お? やり方は任せるけど、なんとかできそうな感じか?」

「うん。ただ、どれかシクっても次へ進むから、もしかしたら取りこぼすかもだけど、それでもいい?」


「おぉ、取りこぼしはパパがなんとかするよ。ただ、電撃だけは失敗したと思っても放つだけは放って欲しいな。それくらいなら大丈夫?」

「うん。電撃ね。イケると思う。大丈夫」


 『9時15マイル。そろそろよ』

 『わかった。ここからはちょっと細かくレポートが欲しい』

 『了解よ。少し飛行速度が速いかしら?』

 『了解』


「この速度感は、少し大回りで若干後ろ気味に占位しそうな感じだな?」

「何か意図があるのかな?」


「あぁ、さっきの2機が何もできずに緊急射出ベイルアウトさせられたから、注意しながら遠巻きに様子を探ろうとしているのかも。射程圏、2マイルくらい? に入ったなら即発射もあるかもだ」

「うぅ、それはちょっと厄介だね」


 『8時半7マイルよ?』

 『了解。まだ見えない。細かくくれ』

 『8時5マイル』

 『OK、視認インサイト、次の動向観察ウォッチ頼むね』

 『マコも見えたよ』

 『了解。コッチの守りも万端よ。マコちゃも頑張って』

 『うん』


「じゃあ、オレらも後退しよう。大体2マイルくらいまでね」


 そう言って、ジンは張っていた紐から手を離したかのように一気に後ろに下がる。


「うん。って、ひゃぁぁぁ、紐が切れたみたいに心細いよぉ。旅客機あんなに小さいし……」


 実際には旅客機と同じ速度で進んでいた前向きの力を減らしただけで、後ろ向きに進んだわけではないが、拠り所としていた旅客機が基準だったため、そう感じてしまうマコトだった。


「あははは。もう少しだ」

「えぇぇぇ! まだなの? あ、ふぅっ、やっと止まった。いつ止まるかわからないから崖から落ちたような感覚だよ」


 概ね2マイルのところで、旅客機と相対的な位置に停止する。約4Kmも離れれば、旅客機も豆粒にしか見えない。なんとか飛行機のシルエットがわかるかどうかくらいだ。マコトは停止する感覚に落ち着きを取り戻すが、旅客機のあまりの遠さは少し心細い感覚も混じるようだ。


「これくらいかな? ほら、戦闘機も8時方向から寄せてきている。え? 今度はミグ? 詳しくないけど、たぶんミグ21じゃないかな? 初めて見たなぁ。あぁ、そうか。I国は東西の軍用機が混じってるって聞いたことがあるな」

「これも有名な戦闘機なの?」


「うん、たぶん。東側の大国で造られた戦闘機だから、実際に見る機会は無くて、あまり知らないんだ。オレが生まれるよりも前から飛んでる戦闘機だからなぁ」

「ふーん。じゃあ、作りも違うから、レバーがどうなっているかもわからないってこと?」

「あー、そうだな。すまん。でも、おそらく他とは違う色か模様だと思うよ」

「わかった。あ、そろそろだね」


「おっと、そうだな。このまま、横にスライドする形で、ヤツらの鼻先を通過していくから、真ん中くらいで一斉に触手を放って、手前からポポボンってやればいい感じか?」

「うん。そのイメージで合ってるよ」

「よしいくぞ! 落ち着いてな!」

「OK。大丈夫。ゴー!」

「ゴー!」


 一番手前がリーダーで、そこから斜め後ろにやや広めの間隔で連なる編隊飛行状態だ。


 ステルスシールドによりジンとマコトの姿はヤツらの目に止まることはない。300フィート上方にずれているため戦闘機の高出力レーダー波を受けることもなく、放つオーラの触手もパイロットには見えない。旅客機まで充分な距離があり、ヤツらは手筈を整えて攻撃を仕掛けるはずで、この位置に占位直後の今はまだ臨戦前の状態。そんなところへ奇襲攻撃の開始だ。


 編隊の真ん中あたりで、マコトはオーラの触手を一斉に放つ。同時侵入となるよう、タイミングを合わせたつもりだが、一番末尾の戦闘機はほんの僅かに遅れた、と思ったら、電撃を放った直後、その機体だけ外側にロールして離脱の動き。


「パパ! 感づかれた! あの1機どうしよう?」

「わかった。オレが引き受ける。他は任せた」

「わ、わかった」


 ジンはマコトをシールド内に残したまま、自身だけ離脱して、離れた1機を追う。


 マコトが放つ電撃により、既に火器管制などの電子機器はお釈迦の状態。そこへ流れるような操作でポポボンって強制的に緊急射出ベイルアウトさせる。無事? 5機の射出が完了したところで、主のいない戦闘機がぶつかり合うよう少しだけ誘導すると、後は勝手に戦闘機同士がぶつかり自爆へと結ぶ。搭乗員の正常射出と戦闘機の爆散を確認すると、マコはジンの行方を探す。


 10分ほど遡るミグ21のパイロットサイド。3機ずつのデルタ編隊フォーメーションが2個、約2000フィートの間隔セパレーションを空けて進出し、旅客機の後方象限に回り込む前にリーダー機が指示を出す。時間は約7分前。


「オール、ゲットイントレイル。チッ」

「「「「「了解ラジャ! チッ」」」」」


 それを合図にリーダー機を先頭にした縦列トレイル編隊フォーメーションに移行。そこから後方象限に占位するための旋回を開始する頃、リーダー機が指示を出す。時間は5分前。


「オール、メイクスプレッド。チッ」

「「「「「了解ラジャ! チッ」」」」」


 横一列で間隔広めの疎開スプレッド編隊フォーメーションに移行し、各々は間隔と体制を整える。時間はおよそ3分前。体制を整える間、ゆっくりと旅客機への距離を詰めながら、リーダー機から僚機全員に向けて尋ねる。


「ここまで進出してくる間に、旅客機とその周辺で何か気付いた者はいるか? チッ」

「いえ、特には。チッ」


「そうか。先発のN国のヤツらは何もできないまま緊急射出ベイルアウトさせられたらしい。状況はまったく判っていないが、確実を期すために念を入れるに越したことはない。不用意に近付くことは回避したいから、できるだけ離れた位置で確実に仕留めるために、2マイルを切ったら右翼から2機ずつ5秒間隔で発射する。もしも異変を感じた者は、直ぐに離脱してコトにあたれ。そして状況を発信するんだ。必ず電波に乗せることだ。わかったか? チッ」

「「「「「了解ラジャ! チッ」」」」」


「そろそろだ。2番機、セーフティ解除。 チッ」

了解ラジャ。チッ」


「リ、リーダー! こちら6番機。チッ」

「どうした? 6番機。チッ」

「何かが……うわっ……ガーーー、ブツッ」


 次の瞬間、全機のコックピットパネルの裏側で、突然火花が弾けたようにバチっと音がしたような空気の流れを感じた、と同時に電子機材は何の反応も示さなくなり、無線機もその機能を失う。実際のコックピット内は、高速飛行による騒音と、そんな中で通話を可能とするヘルメットの装着により、大抵の音は伝わることはない。しかし、そう感じずにはいられないほどの空気のどよめきが生じていた。


 そんな異常事態の最中さなかのコックピット内に突然妖精琴ピクシーが姿を現す。小さな羽根をパタパタさせながら『おイタはメッ! はい、顎引いて、えぃっ!』と、眩い笑顔で仕掛けられるトンデモハプニング。緊急射出レバーが思いっきり引かれたのだが、やや首を傾げ、フフって微笑みかけられれば、いたずら好きな妖精の仕業にしか見えない。


 もちろんそんな声も、普通なら騒音に掻き消されて聞こえるはずなど無いのだが、直接脳裏に響くクリアで可愛らしい一言ボイスは、戦局の重要な瞬間であったことを忘れかけそうなほど、各々の心に優しくくすぐりかける。が、そんな心地よさとは裏腹な緊急事態の発生に意表を突かれ、無理矢理現実に引き戻される。


「うわぁ、射出するやつだ、コレ……」


 各々が似た呟きを残し座席はキャノピーを突き破る。その瞬間襲いかかる凄まじいGに耐えながら。が、遠のく意識の中、何故か『おイタはメッ!』の一言が優しくリフレイン。身体は身構えたまま、顔だけは幸福に満たされた笑顔で気絶し大空に放たれる。ただひとりを除いて。


 6番機だけは、なぜかマコトのオーラの触手が機体に刺さる状況を感じ取っていた。リーダーの指示通り、異変を感じてすぐさま離脱の行動に移っていたため、期せずしてピクシーの侵入を阻み強制射出は免れるが、電撃を受け、無線機も火器管制装置も使えない状態にあった。


「カチカチッ、無線が入らない。さっきのでFCS火器管制装置もお釈迦みたいだ」


 装置の可否を確認しながらも見えない何かの接近を振り解こうとロールや急旋回ハードターンを繰り返す。


「あぁ、オレ以外はみんな緊急射出ベイルアウトさせられたのか。やっぱり何かがいるんだな?」


 一方、逃した6番機を何とかすべく、その無茶苦茶な高機動マニューバーに追従を試みるジンだが、航空機の機動を模した方法では速度スピードは魔力で補えても、その結果かかるGは生身の身体には耐えられるわけもなく早々に諦める。疑心暗鬼の6番機の機動範囲中心付近の少し上空に位置取り、その行動の見極めに徹する方針だ。すると他の5機を射出させ終わったマコトが見ていることに気付く。


 『マコト? ヤツは暴れているから、今のうちにそっちに合流したい。寒いしね』

 『うん。そっちに近付くよ』

 『わかった』


 近付くマコトのシールドに入り直すジン。再び暖かさに包まれマコトを抱き抱えるとさらに温かい。


「ふぉぁー。暖かい。生き返るよ。マコトからもらったヒートボールもあったけど、外気から遮断されてるほうが芯まで温まるよ。マコトの抱き心地も最高!」グリグリ


 そう言いながら、ジンはマコトの頬をスリ寄せる。


「あはは。パパのほっぺた冷たーい」

「だろう?」グリグリ


 そんなこんなしている間に、6番機のパイロットは、回避機動を取りながらも、何が使えるのかを確かめていた。すると、ガガガッ、っと機銃ガンが発射されることに気付く。


「なに? ガンだけは生きている。FCS火器管制装置のサポートはないが、できるだけ近付いて、ヒットアンドアウェイの方式なら、エンジンの破壊か、主翼内の燃料に発火させられるんじゃないか?」


 6番機パイロットは回避機動を止め、旅客機への接近に専念する。この変化に気付いたジン。


「旅客機がヤバい。急ぐぞ、マコト。だが機動を止めた今、好都合かもしれないな。ヤツはなぜかオーラの存在を感じるようだから、背後の死角から背中に張り付こう。しっかり主翼をホールドすれば、振り落とされることはないだろうから、そこでマコトの出番だ」

「はいよ。いつでもOKだよ」


 ジンは旅客機に向かい先行状態の戦闘機と機軸を合わせ、少し高い位置を保ちながら追いかける。すぐに直上付近に占位するが、旅客機との距離から、時間の猶予はない。


「マコト? 旅客機までもう距離がないから、ここからいけるか?」

「うん。大丈夫。いくよ?」

「頼んだ!」


 ジンは、戦闘機から離れた位置だが、振り離されないように、両主翼に触手を伸ばしホールドする。マコトはオーラの触手をコックピットに侵入させる。コックピット内に、忽然と姿を現す妖精琴ピクシー。小さな羽根をパタパタさせながら、文句混じりの言葉を放つ。


「もぅ、手こずらせてくれたわね? おイタはメッでしょ? はい顎引い……」

「ちょっと待ったぁ……」


 回避機動の相手が、こんなに可愛らしい妖精であったこと (実はジンだったから違うのだが) を知り、しかもこの世のものとも思えない可愛らしさたるや……すっかり抗うことの無意味さをこのパイロットは悟る。そして今の旅客機への撃墜行動は、罪を犯す前に神の意志により妨げられ、強制射出により、なお自分達をも助けようと、救いの手を差し伸べる慈悲深さ。そう勝手に解釈し、自分の行いを悔い改めようと心に刻み込む6番機パイロットの男。


 世の中の理不尽さに打ちひしがれ、ちっぽけな存在ではなにも成し得ない現実に憂うところへ、エニシダの教祖に出会い、感銘し、導かれ、多少の犠牲は伴うものの、自らが悪者となってでも、理不尽を突きつける悪しき存在を排除することで、この世界は救われる。そう信じて突き進むことを決意した若者だったが、目の前に起こっている、すべてを救おうとする行動。存在したのだ。まだ間に合うのだろうか? 償い、今の目前の存在の力になりたい。そう願う心境となっていた。潤む瞳を琴に向けながら必死に問いかけるパイロット。


「まだ償えますか? またお会いすることは……」

「そんな気持ちがあるのなら大丈夫。あなたが他の誰かを助け続けるのならいつかまた会えるかもね? じゃあ、またね。はい顎引いて、えぃっ!」


 と、眩い笑顔で緊急射出レバーを思いっきり引く琴。大丈夫の一言に安堵するが、大事なことに気付き、慌てて尋ねるパイロット。


「はい! お、お名前は……」

「こと……」


 名を尋ね、聞き終わる前に、座席はキャノピーを突き破り、宙に飛び出していく。男は迷いのない満ち足りた笑顔のまま気絶する。その後の行方も、無事パラシュートが開き着水。他のパイロットも合わせた人数分の救命用の浮舟ボートが開いていた。救出に向かうクルーザーのようなものが接近しているし、おそらくみんな無事だろう。


「終わったな。少々手こずったが、次も迫っている。元の位置に戻ろう」

「うん。でも力をけっこう使ったし、お腹も空いてきたね? スタミナ危険かも?」

「あぁ、そうだな。そう思って、出る前に紗栄子さんにスウィーツのタッパーをほらっ。あ、ヤバい。イチゴを見たらよだれが出てきた」


 ぐぅーっ。マコトのお腹も鳴った。


「あはは。マコのお腹も正直みたい? パパ? それと紗栄子さん? グッジョブだね?」

「クフフ、そうだろう? さぁ、食べようか」

「うん。マコもよだれがぁ……」


 『たたた、大変よ! 残りの戦闘機群、二カ国合同で来るみたい? 10時半40マイル』

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