第21話 足掻き

 話は旅客機の乾杯後の甘味を味わっている場面に戻る。


 甘味の甘さに癒されているところに携帯電話の着信音が鳴り響く。驚きながら電話を受けるジン。電話の相手は内調の兄。航空管制上のハイジャックの事実と終結について世界の報道機関で報じられたこと、日本についてはジンの依頼通りに報道規制を敷いたが、衛星放送の試験放送が始まっていたため情報通から人伝に激しく拡散してしまっていることが告げられた。


 兄もジンも試験放送を失念していたことを悔やみながらも致し方なしとの意見で一致したが、続く兄の言葉にジンは衝撃を受ける。それはアジア、オセアニア圏の数ヶ国の空軍にて不穏な動きが同時多発したことだ。どうやらそれぞれの国の意志ではなく、周りの制止を振り切り、完全武装の戦闘機を所属する現役パイロットが乗っ取り、勝手に緊急発進スクランブルしたとのこと。


 進出方向がジンの乗る旅客機の位置に合致することから、テロ組織の息がかかるパイロットなのではないかと推測、いやもう断定しても良いほどの意志が見え隠れする行動らしい。


 日本から迎撃機を出すにはまだまだ遠すぎるため関係各国に協力を打診しているが、おそらく間に合わないとの予測が告げられる。理解した旨を告げ、いったん通話を終了するジン。少し考え込んだあと、意を決して言葉を絞り出す。


「ソフィア? マコト? それからジェイムズ? ちょっと付いて来てくれないか? それと、人数が少なくなるが、残りのみんなで監視体制を回してほしい」


 アレックスやイル達の了解の頷きを確認すると、ジンはコックピットに入り、ソフィア達も後に付いていく。


「機長、緊急のお話があります」

「どうした? わ、わかった。ちょっと待ってくれ。コパイのほうで操縦を頼む。ユーハブ」

「アイハブコントロール。承知しました」

「で? そんな血相で、一体何があったというんだ?」


 機長は操縦をコパイに預け半身を捻ってジンたちに向き直ると、ジンから状況が報告される。


「はい。みんなも一緒に聞いてくれ。つい今し方、内調の兄から電話があって、機長が行った航空管制上のハイジャック終結報告が世界の報道機関から一斉に報道されたこと、日本では報道規制をかけたため、まだ報道されてはいないのですが、実は衛星放送の試験放送が開始されていて、日本にいながらに世界のニュースをキャッチした情報通により、一気に人伝で情報拡散したらしく、おそらくテロ組織の日本支部にも伝わってしまったと思われます」

「もしかして私のハイジャック終結報告がまずかったということか?」


 機長はやや悲し気な表情で、自身の行為の迂闊さを顧みる。しかしそこはジンが否定する。


「いえ、遅かれ早かれ報告は必要ですし、これからお話しする内容からも、おそらく敵、テロ組織は、航空管制上の情報参照が可能な状況なのだと思われます。ただ敵が行動を開始するにあたり、情報の確度を判断するために終結報告が影響するかもしれず、そのタイミングを気にして報道規制を行っていたわけなんですが、日本で衛星放送の試験放送が開始されていたことを失念していたため、思うよりも早く敵に判断材料を与えてしまったかもしれません」

「……そういうことか……」


 テロ組織を刺激したくなかったが、情報通信社会ゆえに伝達が防げなかった旨を共有する。報告がまずいわけではなかったにせよ、好ましくない事態であることが機長の表情を曇らせる。ここまでのジンの報告で、一同は緊迫する状況を感じていた。しかし、その認識はいともあっさりと叩き壊される。


「ここからが重要です。僅かに懸念はしていたのですが、敵の策略は先ほどの監視役で終わりではありませんでした」

「え? それはどういうことだ?」


 もう事件は完了したものと見做し、もしも何かが起こるとすれば、それは着陸前だと踏んでいた機長。しかし思いもよらない方法で敵が襲い掛かってくることに一同は驚愕する。


「今からアジア、オセアニア圏の数カ国の空軍から完全武装した戦闘機が飛来してきます」


「せせ、戦闘機だと? まさか本機は撃墜されるのか? そんなバカな。それこそ戦争が始まってしまうかもしれないから、ありえないだろ?」

「ええ、私もそう思います。ただ、それは各国の意志ではなく、おそらくテロ組織の息のかかった者達の暴走によるもので、ご想像の通り、その対象はおそらく本機です」

「なんてことだ……どこまでも執拗な……いや、未だに信じられないんだが……」


 通常、大量の戦闘機群が民間航空機に襲い掛かる、そんな組み合わせの状況を想像できる人はそうはいない。この時点で、そんな事実を受け止めきれずに、夢の中のような状況の者もいるのではないかと思われる。信じられないという機長の言にジンが反応する。


「全く同感です。でも現実として動き出した報告を受けています。それで機長には航空管制上のレーダーエコーから、敵の接近経路や本機からの方位と距離情報を逐一取得しては連携していただきたいと思っています。少しでも正確に敵の接近情報を知っておきたいからです。本機は当然、装備も強度もありませんから、迎撃することも回避行動を取ることも不可能です」

「まったくその通りだな。で、ジンさん達にできることはあるのか?」


 人の身においてできることは、大概知れたものだが、それでも何か方法がないかと期待を寄せる機長だった。


「私達の力は守ることが主体です。もっと肝心なことは、戦闘機そのものも驚異には違いないのですが、その数です。1機や2機に集中できるのなら、やりようはあるかもしれないのですが、おそらく数十機がやってきて、さらに集中砲火されたなら、為す術もなく撃墜されると思います」

「そうだよな。いくらジンさん達がすごいからって、生身の人間が戦闘機に立ち向かえるはずなどあるわけもないか……困ったなぁ……」


 まだ検討を開始したばかりだが、万策尽きたと思えるほどに、力の差が圧倒的すぎるため、今のところ、誰にも対策は見つけられそうにないのが現状だ。


「そこで提案があります。といっても劣勢な状況に変わりはないのですが、少しでも可能性のある方法で足掻いてみたいと思います」

「何? やっぱり何かあるのか? この際だ、できることは何でもやってくれてかまわない」


 提案といいつつ、まずは必要な基礎知識として搭載武器の種類等が語られ始める。


「ありがとうございます。その前に敵に立ち向かうための予備知識です。戦闘機の攻撃手段には20mmバルカン砲のような機銃と空対空ミサイルがあります。ミサイルにも色々あり、状況に即さないものは除くと、電波で反射映像を捉える小さなレーダーを積むもの(仮呼称スパロー)や、赤外線の熱感知センサーを積んだもののざっくり2種類があると想定できます。代表的なものは前者がスパロー、後者がサイドワインダーか熱感知という名称で、仮にこれを呼称とします」


「ふむ」


「それで基本的には、機銃ガン熱感知サイドワインダーはその特性からもターゲットの後方象限からになります」


「パパァ、機銃は遠いと照準が付けにくいし、前からだと、直ぐに離脱しないとぶつかるから難しいってこと? あと熱感知サイドワインダーも狙いはエンジンの排気熱だから後ろ限定なんだよね?」

「おぉ、解説サンキュー。まったくその通りだよ。だがスパローに関しては、発射した後に自分のレーダーで補正できるバージョンなら前方象限からも撃てるんだ」

「うわっ。それは厄介だね?」


 後方象限なら、どう対処すべきかがなんとなく想像つくところだが、前方象限の場合は、速度差や距離など、難易度が跳ね上がるような気がして、マコトは眉をしかめる。


「そう。ただね、これは予想なんだけど、今回捨て石のような扱いのハイジャック犯と違って、監視役のあいつはおそらく上位の幹部だと思うから、前方からは攻撃しないと推測できる。だから後方象限を重視する方向性でいきたいんだ。前も最低限の対策は考えるけどね」

「なるほど。その可能性はあるかもだな」


「そこでソフィア? シールドを飛行機の表面に沿った張り方はできる? 飛行機は高速で進んでいるから、前にシールドの壁を作れない。機体の表面を沿うようにくるむ必要があるんだ。衝撃緩和するために、10層くらいで間隙を少し入れられれば申し分ないんだけど」


「ええ、多分大丈夫よ。オーラでフォルムを測り取る方法は前にマコちゃから教わった方法でイケルと思うわ。でも全体は無理よ。特にエンジンや翼の可動部分なんかは厳しいわね」


「あぁ、機首から主翼の付け根までの胴体だけでOK。話しながら早速作ってもらえるか?」

「わかったわ。それなら大丈夫そうよ」


 ソフィアは目を閉じて、オーラを大きく広げ、機外から飛行機胴体を包み込み、フォルムの測定を始める。ジェイムズ達にオーラは見えないが、発動の瞬間に揺らぐ髪、表面の空気の揺らめきでキラキラしたような印象にも近い情景、ソフィアの表情の微妙な変化から、起こっている何かがなんとなく推測できるほどにスキルアップしているジェイムズは思わず声を漏らす。


「ぁ……」


 後はただただ見とれてしまっていた。ソフィアの様子と、そんなジェイムズを見届けると、安心したジンは少し大胆な言葉を放つとともに、瞳が点の面々に向けて、話を進めていく。


「これで1、2発くらいなら、当たっても平気そうだな? じゃあ前はOKだから、ここからは後方象限の話ね? その前にマコト? さっきの海面の敵に取った行動でマコトはこの高さから海面までオーラを届かせることができたけど、まだまだ余裕はあるのか? たとえば距離でどのくらいとか同じ事を同時並列に何本だせるとか、もしわかるなら教えて欲しいんだが」


 マコトは軽く握った拳の人差し指第2関節付近が唇に触れるくらいの位置で、何やらブツブツと呟き始める。記憶のイメージを反芻しながら、掛け合わせるような思考で、その割合を量っているようだ。ざっくりと整理できたようで、マコトは回答を返す。


「うーん。そうだね。まだかなり余裕はあったね。距離ならたぶん3倍くらい? 同時並列なら2~3本はいけるんじゃないかな?」


 今度はジンが言葉にしながら計算を始めた。


「そ、そうか。なら、なんとかできるか? 高度を3万フィートだとすると、距離換算で約5マイル。大体9km。さっきの理由からも、視認後に確実を期して発射するなら、後方2マイル以内まで近付くはず。ガンなら1マイル以内。マコトのキャパが3倍の15マイルなら同時に5機~7機を相手にすることができそうか。うん。イケルかも」


「パパァ? 相手にすることの数勘定はなんとなくわかったけど、相手は戦闘機で三次元を高速機動するわけだし、特に後方象限なら機内からほとんど見えないわけでしょう? そんなものを相手にうまくやれる自信はマコにはないよ?」


 周りにはピンと来ないやりとりだが、2人の間ではキチンとイメージが共有され、その上で具体的な行使イメージを思い描けばこそ、その難しさを提言するマコト。

 そんなところにシールド構築完了をソフィアが告げる。


「ジン? 終わったわよ? 思いのほか上手く張れたと思うわ。特に振動もないでしょう?」

「ありがとう、ソフィア。マコト? 一応問題ないかシールドを確認してみてくれるか?」

「りょ」


 今度はマコトが機外にオーラを広げ、シールドの張り具合を確かめ始める。ジェイムズ達は、そんな様相の変化を息を漏らしながら追いかけることに翻弄されているように見えた。それを横目にジンは機長にひとつの提案を投げかける。


「機長? 今までの話も踏まえ、後方象限中心に対応予定ですが、一つ相談があります」

「わかった。話してみてくれ」


「ありがとうございます。さっきマコトが懸念したように、見えにくいことも含め、機内からできることはかなり限られます」

「ま、まさか……」

「はい。機外に出たいと思います」


 ジンの申し出に、まったく想像も着かない機長はまさに目が点状態だ。


「だが、どうやって……扉は中から開け、いや開いたとしても風圧で扉は壊れて飛んでいき、気圧差で人や物が吸い出され……なにより外はマイナス50度の極寒。凍死してしまうぞ?」

「そう、そこ! 寒いのが問題なんですよ」

「え? そこ? いや、それもそうだが、それ以外がもっと大変なことに……」


 飛行中の機外展開方法が全く想像できない機長。たくさんの阻害要因を想像するだけで目眩がしそうなのに、ジンの心配事はあっけらかんとしていた。


「パパ? 確認してみたけど、ママのシールドは問題なさそう。もう完璧な仕上がりだね」


 マコトが割り込むように確認の結果をジンに告げる。会話の継続を諦めた機長は、いったん口を噤んで聞き手に回る。


「おぉ、そうか。ありがとう、マコト。さすがだな、ソフィア。サンキュー」

「ふふ。でしょう?」


「それでマコト? もうひとつ尋ねたいんだ。さっきの戦闘でオーラの層を重ねた内側にマグマのような層を形成していたけど、あれは意識して作れるの?」

「こういうヤツ?」


 マコトは手のひらの上に直径5cmくらいの球状の膜を3層構造で作り出し、真ん中の層の空気を急激に圧縮し始めた。すると、周囲の空気が吸われるように急速に集まり、断熱圧縮でグングン温度が上昇を始める。それに呼応してコックピット内の気圧低下を捉えた空調がしきりに補整へと稼動を始める。真ん中の層ではぐつぐつと煮えたぎるのか、透明だが時折赤みがかった色が見え隠れする。外と内の層はその熱から守るように空気の膜が高速な風を形成し冷却効果を促す。同時に摩擦による静電気がピシピシと弾ける音と光を放つ。


 しかしここは精密電子機材が集まるコックピット。あちこちの機材が悲鳴をあげるように異常な挙動を始める。ジンと機長が慌てふためく。


「あわゎ」

「そ、そう。だが、ここではまずいみたいだ。消してくれるか?」

「あはは、ごめんなさい」


 マコトは内側の層を解除し真ん中の層と中和した後、オーラの層を全解除。すると生暖かい空気が吹き出し空調が真逆の稼動に切り替わる。周囲は目を丸くするばかりで絶句していた。なんとか機材は正常稼動状態へと復帰の様相を見せ、多くは冷や汗を拭い安堵の息を漏らす。


「ふぅ。コホン。それをオレとマコトを纏めて包むことはできる?」

「できるけど、あのときは怒り沸騰していたから、かなり熱くできたけど……」

「なら怒れ。ここでできなかったらこの旅客機の皆が死ぬだけ。さっきの比じゃないぞ?」


 ジンのそんな言葉に、大きく目を見開くマコト。そうだった。今は生死を分ける緊急事態だったことを噛み締め直し、本気を出さなきゃ、っと思ったマコトの手のひらにさっき生み出した電気がピシピシと小さな火花を散らす。


 『あれっ? なんだろ? まぁいっか』マコトはひとまず流すことにして言葉を返す。


「わかった。そうだったね。誰かの命が失われるなんて、耐え難いもん。できるよ。燃え尽きるぐらい熱くしてみせるよ」

「その意気だ。よし、それなら、マイナス50度も怖くないな。それより今のそれ、なに?」


「あぁ、何だろう? さっきの静電気がマコの体内に残っていて、なんか自由に出し入れできるようなイメージがあるみたい」


「もしかして、さっきの監視役とのバトルで、ヤツをオーラで包むときにその能力までスキャンしちゃったのか?」

「あぁ、そういえば、うっすらとした意識の中で、ピリピリっとする何かを感じて、何だろこれ? ってオーラで包んだ記憶が有るような無いような?」 


 すぐさま金属製のペンを手に取り、マコトに示す。


「試しにこのペンの金属部分に小さな電撃を放てる? 小さくね?」

「うん、わからないけどやってみる」


 そう言いながら、右手の人差し指を向け、小さく放電するイメージ、っとその瞬間、バリッと小さな雷がペンに向かい、一瞬で丸焦げになり、慌てたジンはペンを離す。持っていたところは絶縁体だったため、電気は流れないはずだが、燃える温度が熱すぎたらしい。小さいがこの異常な電位の変化は、一瞬計器をちらつかせる。が、直ぐに正常稼働に戻る。


「ぅあっち!」

「だだ大丈夫? パパァ」


「熱つつ、火傷したみたいだが、ソフィアに癒やしてもらえば大丈夫だよ。それよりすごいぞマコト。これはかなり使えるかもしれないぞ? いくら戦闘機がすごくとも、ガンはわからないが、ほとんどの制御は電気によるものだ。これならイケルかもしれない。細かい制御は実践で掴むしかないのが懸念されるが、キッチリ検証しながら戦うぞ、マコト」


「うん。でも、ということはエネルギーもけっこう使いそうだね。さっきも補充したばかりだけど、甘いものが欲しくなっちゃった」

「あぁ、そうだな。今回はスタミナが肝かもしれないから、今直ぐ食べさせて貰おう。5分くらいならまだ大丈夫なはずだ。紗栄子さん、甘味をお願いできますか?」


「はい。喜んで」と、忙しそうにパタパタ駆け出す紗栄子。

「というわけで機長。残りは甘味を取りながら説明させてください」


「あぁ、わかった。コパイはもう少し操縦しててくれ。敵の相対位置情報が入ったら優先的に知らせてくれるか?」

「承知しました」


 そうして今、ジンとマコトは、高度30000フィートの大空を舞っていた。

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