第11話 諸悪の根元

 『マコト? 客室前半部では、さっきのひとりの他に、中間くらいの列の進行方向左側窓際と、もしかしたらその隣も。その2人がなんとなく怪しいから、注意しといて』

 『マコ了解!』

 『ソフィア? 浮かれてるヤツらは放置でいいから、ジェイムズだけ連れ出して、事情を話して待機させといてくれる?』

 『ソフィア、了解!』


 時間が進むほどに、敵の動き出すタイミングも近付く可能性が高いため、指示や報告の粒度も高まり、だんだんキビキビとしたやり取りが増えていく。


 『マコト? もしも動き出してファーストクラスのブロックに入ったら、客室からは見えないように確保、拘束するぞ! 普通、一般乗客がファーストクラスに用があるはずはないからね。その時点で確定だ』

 『お! いよいよだね? マコ了解!』

 『イルの方は異常ない?』

 『後部客室、異常なし!』

 『了解!』


 そろそろコトが起こる直前だが、ジンは一番怪しい男の特徴分析を念波で共有する。


 『ちなみに最初の怪しいヤツは、小さなナイフみたいなものを持っている。ほぼ確定か? あと銃はなさそうだが、金属製のワイヤーみたいなものをポケットに忍ばせている。もしかすると暗殺訓練を受けた、その武器なのかもしれない。人質を取られたら厄介そうだ。それから、膝から下が金属の義足みたいで何か隠し持ってるかもしれない。どちらも要注意だ』

 『マコ了解。あんな怪しそうな人が義足なんて、なんとなく怖いな……』


 マコトは、自身がが確認中の怪しい2人組について念波で共有する。


 『……マコが今確認中の、後ろ側の2人組は、武器みたいなものは持ってないようだけど、通信機みたいなものを持っているみたい。電話のような機能はなさそうに見えるからモールス通信かな? それと全然強そうにも見えないけど、もしかして報告担当なのかな? あと、大事なことだけど、この2人もお腹にさっきの爆弾みたいなのが埋め込まれてるよ? もぅ、気の毒で仕方ないよ。どうしてこんなひどいことができるんだろう』


 怪しい男はしきりに時計と外を気にし始め、時折、地図と外を見比べる。この辺りに島はないから船を見ているのか、それとも……まぁ、それは今はどうでもいい、と思考を巡らすジン。すると、まるで待っていた機が熟したのか、冷血そうな顔がフッと綻び、すっくと立ち上がる。


 『そうか。行き場のない怒りが込み上げてくるな。最初の怪しい男が動き出した。マコトは後ろの二人組を見ててくれ。それとヤツとオレが中に入ったら、またシールドで塞いでくれるか? 音が客室側に漏れないようにね』


「失礼」


 右手を前に差し出し、隣人の前をすり抜け通路に立つ。視線をファーストクラスのパーティション入口に見据え、スタスタと歩き始めた。義足とは思えぬ、静かで軽快な足取りだ。


 『マコ了解。気を付けてね? パパ』

 『あぁ、わかってる。ソフィア、一人向かってるからね?』

 『ソフィア了解』


 『ヤツが動き出したから。オレは取り押さえに動くけど、後ろの二人に動きはない?』

 『うん、二人ともその人を注視してるけど、動く様子はないよ。やっぱり報告担当?』

 『わからないが、入口を塞ぐの頼んだよ?』

 『マコOK!』

 『じゃあ行くよ!』


 男はパーティション入口に差し掛かり、中に入ろうとして……。


 ガンッ


 思い切りシールドの見えない壁におでこをぶつけ……。


「痛っ! なな、何かあるのか?」


 男は見えない壁に手を伸ばし触れる……。と、そこへジンが飛びかかる。思い切り身体をぶつけてシールドとの板挟みでダメージを与える算段だ。だが、男は……。


「ふむ。ほほぅ、これは、うん。なるほど」


 と呟きながら、ズボンの左ポケットから取り出したものを当てた、と、そのときにジンがぶつかり男をシールドに押し当てる、ハズが……その勢いのまま、シールドはパリンと割れ砕け散る。男はぶつかった直後に反射的に身体を反らすが、勢いの余波を受けて、パーティションの中にやんわりと転がり込む。ジンは逸らされたためか、ほぼ勢いのまま転がり、思わず柔道の受け身を取って停止し、首をもたげて疑問の声が零れた。


「イタタタ。なにが起こった?」


 『ソフィア? こいつはやばい。どうしたのかわからないが、オレのシールドが破られた。ヤツに悟られないように、念のため、自分と背後の人を守れるように、シールドを10層くらい重ね張りできるか?』

 『わかった。やってみるわ』


 男はゆっくり立ち上がり、周りを見回し、ハイジャック犯が生きて捕らわれていることを確認して、言葉を発した。


「ほぅ、そういうことですか。なるほど。如何な方法でこれだけの人数を蹂躙し、あの解除困難なはずの爆弾を無効化したのか大変興味深いですが、失敗ならば生きていては困りますね」


 そう言いながら、男は右ポケットの中に手を突っ込み何かのスイッチを押した。


 カチッ……ポン……。


 どこか遠くで小さく弾けるような音。ジンは、目の前で行われる狂気の沙汰ともいえる行動に背筋を震わせながら、マコトに念波で指示を出す。


 『マコトは、危ないからコッチには近付くなよ。それよりマコトは、隔離シールドは張れるか? そこの2人をなんとか気絶させて、隔離シールドを張って欲しいんだが』


「ん? この中にはいないのか?」


 男は不思議そうに、あたりに転がっているハイジャック犯の数を数え始める。


 『うん。自信はないけど、ママのやるところを見てたから、たぶんできるよ』


「おや? 数はピッタリだな? もう一人はどうだ?」


 そう呟きながら、男は別のスイッチを押す。


 『そうか。今は緊急事態だ。やれそうなら大至急、だけど、万一のとき、マコトと周囲の人達に影響しないように、相手をシールドに包んでやって欲しい……』


 カチッ……ポン……。


『……今、目の前のコイツは監視役どころか、諸悪の根元かもしれない。次々と体内爆弾を爆破してやがる。今、二つめ。次はそっちかもしれない』


 つぶさにハイジャック犯達を見据え、同期するように小さく響いたその音にピクリと反応を示すとともに、音の方向に重なる一人を確認する男。


 『わかった。話聞きながら、1人目完了。もう1人もすぐだよ』

 『おぉ、さすがだな。頼んだよ』

 『任せて!』


「ふむ」


 男は、少し考え込む素振りのあと、呟いた。


「爆弾は作動しているようだな。ヤツらの始末はする必要があるが、それにしてもさっきといい今といい、驚きだな。まさかこんなところに、ふふふ、我に近しい異能者がいたとはな」


 男は、周囲を見やった後、ジンやソフィア、ジェイムズ達には目もくれず、拘束中のハイジャック犯に向き直り、左ポケットに手を入れる。


「あなた達には荷が重い相手だったのでしょう。お疲れさまでした」


 そう言い、左手に取り出したワイヤーのような、金属製の細いチェーンを放とうとした瞬間、ジンの繰り出す如意棒が男の左手を打ちつける。


っ」


 男は思わず右手で左手を押さえ痛みで顔を歪ませる。チェーンの一端は左手にあるが、放とうとした残りの部分は足元に力を失ったようにばらけ落ちる。そのもう一端は金属製の重みがありそうな逆ティアドロップ形状で、尖った先端は透明な、おそらくダイヤモンドと思われる。


「そこまでだ。観念しろ」

「おやおや、まさに手痛い歓迎ですが、やはりあなたなのですね……」


 男が話を続ける最中さなか、チェーンはまるで生きているかのように勝手に男の左手に束ねられていく。


「……先ほどの見えない壁といい、今の伸縮自在な棒といい、どんな仕組みかは不明ですが、時限爆弾と埋込爆弾の無効化、どれも大変興味深い。あなた、我々の仲間になりませんか?」

「ふざけるな! 言いたいことは以上だな? なら話は終わりだ。返事はNo。覚悟し……」

「……なら、屈服させるまで……」


 ジンが言い終わる前に、男のチェーンの先端が、ジン目掛けて高速で飛んでくる。


 しかし、ジンは既にシールドを張り終えている。おそらくこの先端の鋭利なダイヤモンドらしきものは直撃すれば、銃弾でも平気なシールドもカンタンに割れてしまうだろうが、それは先ほど経験済だから知っている。ジンはそれよりも遥かに凄まじいものに対峙した経験がある。そう、隕石落下だ。まともに受けきれないなら幾重にも重ね、角度をつけていなすこと。あの凄まじいまでの隕石をいなしきったからこそ如何に鋭利なダイヤモンドでも恐るるに足らずだ。


 チェーン先頭部の飛来方向に、瞬時にシールドの位置と角度を調節するジン。1枚目は充分いなせる浅い角度、その次はやや角度を深め、それ以降も同様だ。

 1枚目のシールドに当たった瞬間、角度が浅いとはいえ、割られてしまうシールド。しかし、そこで飛来方向のいなしは成功し、向きの変更の充分なキッカケを得て、威力も削ぐことがてきた。すると2枚目以降の段階的な角度で、割られることもなく、誘導されるように、機体の壁に飛んでいき、プラスチック製のような壁に激しく突き刺さる。カッ、カカカカ、ガンッ。


「何?」


 予想を大きく外れた軌道と、壁に埋まる結果に、さすがに男も慌てる表情を見せる。間髪入れず、ジンは如意棒を伸縮させ、男に打撃を与える。両肩に一発、お腹に三発。


 グッ、グボッ、ゲハッ。


 さらに追撃の打突をお腹に与えようとする。が、格闘術か暗殺訓練でも受けているのだろう男の反応速度は速く、ダメージを受けながらも、追撃はギリギリで躱され、今度は男の右手から無数の針のようなものが放たれる。


 シュシュシュシュ。


 この針は、ジンを捉えてはいないように、ジンから大きく外れた無数の方向に勢いなく放たれる。身体に受けたダメージが大きくて失敗したのかと、針から注意を男に切り替えるジン。と、男の表情は失敗したときのそれとは違い笑みすら浮かべていることに気付く。しまった! っと反射的に針達に意識を戻すが、針は矛先をジンに定めて、外から内に抉るような角度で突進、加速していた。これはサイコキネシスなのか? とっさにシールドを広げ、攻撃から身を隠そうとするが、大外から抉り込む何本かの針は防げなかった。


 カカカ、カンカンカカン。

 プスプスプスプス。


 それはチクリとした程度の痛みだから、刺されたことによるダメージはほとんどない。しかし、それとは違う別のダメージはすぐにやってきた。


「なんだ、これは毒なのか? 」


 刺さった左足の脛と太腿は痺れが始まり、立っていられず膝をつく。右肩付近に刺さる2本は右腕を保持できず、いやそれよりも深刻なのは、呼吸が苦しくなってきたこと。おそらく即効性の神経麻痺毒なのか? もしかしたら猛毒性もあるかもしれない。


「ゴホッ、こ、呼吸が……」


 『ソフィア、毒にやられた。気を付けろ。やつはサイコキネシスか何かで軌道を操れる。みんなを守ってくれ……』

 『わかった。それよりもあなたよ。すぐに癒やし、解毒を掛けるわ』


 『パパァ、すぐ行く!』

 『だ、ダメだ。マコト、来るんじゃない。ヤツは異能者だから、拘束はできない。殺すしかない……か……も……』

 『あなたっ! しっかり! ジンッ!!』

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