第10話 監視役

 事の顛末を振り返ってみた。最初に起こった、ザック達の悲痛の叫びから生まれた一騒動は、ジンの心を大きく掻き乱す一大騒動かと思いきや、それはほんの序章にすぎなかった。


 その後に起こる悪辣ハイジャックとその制圧というインパクトは、ザック騒動の銃の後始末(廃棄)とマコトが喜ぶコックピット閲覧チケット付きでジンの心を一種の達成感で埋め尽くす。かと思いきや、テロ組織関与への気付きから爆弾騒動に発展。しかしジン達の力と知恵と工夫により、爆弾被害を回避、機長以下、対策に関わった一行はその勝利に酔いしれる。


「そう、どうなることかと思いきや、なんとか解決できてホッとしている……んだけど……」


 しかし一行の浮かれ具合の異常なヒートアップ振りに妙な違和感、というか根拠のない不安みたいなものが湧き上がる感覚を覚えるジン。


「起こりうるトラブルの目は全部潰した。それは間違いないし犯人達の拘束状態もおそらく大丈夫。そう、テロ実行犯達、ん? 実行犯? テロは組織を構成していて別の立案者がいる?」


 言葉にして声に発してみると、違和感の正体が脳裏で具体的な像を結んだことに驚くジン。しかも用意周到な計画をするヤツらということだ。もし自分が誰かに確実に何かをさせたいなら自分か他の誰かがその進捗や結果を確認し必要なら是正や補助をすることを当然考えるはずと。


「今回の事件に置き換えると、実行に直接関わらない監視役が他にいると考えるのが普通じゃないのか? その監視役は仮にオレ達の活躍に気付いていなかったとしても、今頃は既に爆破され海の藻屑と成り果てているはずの旅客機が今もこうしてのうのうと飛行していれば、さすがに気付いて何かの行動を起こすのではないか?」


 ふと、そんな考えに行き着いたジンの心は、まだ推測には過ぎないものの、執拗な怖さに一瞬、全身を例えようもない震えが駆け抜ける。ジンは自分の両頬を平手打ちする。バシッ。ジンジン……。


「よし!」


 やるべきが定まるジンの瞳の奥には意思が宿ったように光が灯り、表情は引き締まる。


「大切な家族がいる。その上、今回は図らずも大切な仲間ができてしまった。もちろん、何のゆかりもない他の乗客だって、一人も失いたくはない。もしも本当に監視者がいるのだとしたら、今こそ注意深く悟られない隠密行動が成否を分けるのかもしれない」


 そうと決めたら早速行動開始だ! と心に唱えるジン。まずはマコトにコンタクトだ。


 『マコト、聞こえるか?』

 『え? あ、何? パパ。またドキドキワードを投げかけてくれるの?』

 『え? あぁ、それはまた後でね。それより大至急手伝って欲しいけどまた頼めるかな?』


 ジンの問いかけに、一瞬膨みかけた期待はシュルンと萎むが、マコトは別の何かに期待を込めて聞き返す。


 『いつも突然だね? でもパパがそう言うってことは、何か必然性があるってことだからいいよ! また大事件なの?』


 目立つのは苦手でも、面白そうなことには首は突っ込みたい性分のマコト。お手伝いの大義名分のもとなら、魔力も思い切り使えそうな予感で口角が吊り上がる。


 『あぁ、ホントに助かるよ。好きだな、マコトのそういうところ』

 『あー! うん。ニヒヒ。そうだったね、自然に出てくるそういうワードがくすぐったくて嬉しいな。マコも大好き!』


 ジンの性格的に気の利いた言葉を意識して発しないことに、これまでを思い起こしながら改めて気付き、素のワードに俄然やる気が増すマコト。頬を緩ませ大好きで返す。一方、愛娘からの大好きにジンの心はどよめく。


 『んはっ! ふふ、ふ、不意に言われるとパパもドキッとしちゃうな。もぅ、可愛すぎるよ、って、そんな場合じゃなくて、えーっと、今回のテロ関連でいったん封じ込めは完了したと思ってるんだけど、相手は組織で立案者は別にいるっぽいだろ?』


 意表を突かれ、なんとか立て直しつつ、本題に戻しながらも、相好は崩れたままのジン。


 『うん。ジェイムズさんも言ってたよね?』

 『そう。それでヤツらの手口が巧妙で周到で残虐なことがわかったけど、そういうヤツらなら、なんとしてもテロを成功させたいと思うなら、実行犯だけじゃなく監視役もいるような気がしてならないんだ』


 ジンの『監視役』のワードにマコトはピクリと反応する。


 『あー、そうか、そうだよね。組織ならそこまでやりそうだし。え? なら、犯人側にとって、仮にハイジャックが失敗したとしても次の手の爆弾は防げないはずなのに、それが不発だったことに嫌でも気付く頃だよね?』


 すっかり事件は解決した体の安穏さを纏っていたマコトだったが、きっかけを得た今、目を見開き、これまでの記憶を辿るように視点をせわしく飛ばしつつ、右手の親指と人差し指で顎を擦り、推測を深めながらの言葉が溢れ出す。


 『さすがマコト。理解が早い。優秀で助かるよ』

 『んふ、もう! 人使い荒いけど、乗せるのも巧いんだから』


 ジンの言葉が念波に乗るとき、感情が素直なほど、エフェクトにブーストがかかるようだ。心をくすぐられ、ほどかれるマコトの表情は何やら嬉しそうで、人差し指が鼻先をなぞる。


 『そ、そう? それでもしもその予測が当たりなら、ちょうど今頃そわそわと動き出す可能性が高いから、今度は客室キャビン全体を対象に挙動不審な人物がいないかと、同時に所持品と手荷物も順番にスキャンしていきたいと思うんだが、協力してくれるか?』

 『おっけー! 大丈夫だよ。じゃあ、もう段取りはできてるの?』


 『ああ。量が量だから大変だと思うけど、不審人物を確認したらすぐさまそっちが最優先。ただし基本的には他の乗客には知られないこと。乗客が騒ぎ出すと守るものも守れないからね。犯人が露骨な行動を取るなら話は別ね』

 『りょ』


 『それと相手は一人とは限らない。複数名いるつもりで迂闊な行動は慎む必要があるな。またステルスシールドで浮遊状態で進んでいこう。マコトは進行方向の右半分、残りはオレね』


 何事も経験不足のマコトだから、咄嗟の判断には自信がないと眉をひそめる。


 『うぅ、その迂闊な行動の判断が難しそう。変な人を見つけたらすぐ報告でいいよね?』

 『あぁそれでOK。迂闊でないならね? でも目の前で命が失われそうなら話は別だよ?』


 ジンの返答に不安はすっと溶け、顔の表情がぱぁっと晴れ渡る。危険な場面は判別つきやすいから問題ないらしいマコト。普通はその危険な状況こそが忌避するところなのだが。


 『うん。そこは躊躇しないつもり』

 『OK。ママとも繋がりたいな。できるかな?』


 そしてさも当たり前のように了承を返すジン。

 続いてジンは、触手を伸ばし、ソフィアが纏うオーラをツンツン刺激して語り掛ける。


 『ソフィア、ソフィア? 聞こえる? 聞こえたら返事してくれ』

 『ぁぁああ、ななな、なぁに? オーラを繋ぐと会話が出来ちゃうの? あら、いやだ、知らなかったわぁ。なんで早く教えてくれないの?』


 脳裏に突然の問いかけがフェードインし、驚きを隠せないソフィア。


 『いや、オレ達も今日試しにやってみたらできただけで、初めてなんだよ。昔の同調会話を思い出してできたら便利かなって思ったんだ』

 『ど、同調! あ、あ、あぁ、もぅ、ジンったら、思い出しちゃったでしょう?』


 頬を赤らめ、慌てるソフィア。脳裏をよぎるのは出会った頃の甘いときめきの時間。


 『同調って、何の話?』

 『あらら? マコちゃまで繋がってる! なんて便利なのかしら。あ、あぁ、同調? また今度ね? それよりもたぶん今は急いでいるんでしょう? 要件は何かしら?』

 『ぁあ? なんかはぐらかされたような……』


 愛娘からの質問とはいえ赤裸々には明かせない内容だから、大人的なすまし方で平静を装うソフィア。念波ゆえに見えていないが最初の慌てっ振りをしっかり感じ取り、虫食い感しかないマコトの頬は膨らむ。そんな様子にジンがさらっとフォローを入れつつ話題を切り戻す。


 『いや、マコト。確かに今は急ぐから、それはまたいつかね。それでソフィア? 今回の件、周到なテロ組織だから、実行犯以外に監視役がいるかもな懸念があって、マコトと二人でステルスシールドを纏って、客室全体の人や手荷物等を見てくるつもりだ。ソフィアはファーストクラスからこっち側に入れないようシールドを張って守って欲しいんだ。頼めるか?』


 元はお転婆娘のソフィア。たまには活躍したいが、母の立ち位置からも守りを担うと決意。


 『私もそっちに行きたいけど、そうね。最後の砦は死守しないと、懸念が的中して、乱入されたらアウトだものね。わかったわ』

 『良かった。助かるよ。頼んだよ』

 『頼まれた! この回線? は繋ぎっぱなしなんだよね? 何かあったら連絡入れてね?』


 守りに徹するも、最前線の様子は気にしていたいソフィアにマコトが答える。


 『パパとマコはちょくちょく会話するから、何もなくても密な連絡になるから大丈夫だよ』

 『あら? あなた達だけ仲良くてズルい気がするわね』


 既に念話の会話では後れをとっていたことを認識し、やっかみ少々、ふくれるソフィア。


 『まぁまぁ、ソフィア、マコトにヤキモチ焼いても仕方ないだろ? 2人とも大切なんだから。愛してる』


 ジンの念波に気持ちが乗ったとき、脳裏に届く声は独特の存在感を放つ。何とも言い表せぬ心地よさに近い何かを纏う。


 『あはっ! なんかハートに直接届く感じでグッとくるわね。うひゃぁ、照れちゃうわぁ。なんかとても新鮮で刺激的かも? それにただの言葉じゃない、何か感情で包まれた感じ?』

 『やっぱりママもそう思う? 心に直結してるからかなぁ? 言葉よりも何か概念っぽい? 普段は言ってくれない言葉もポンポン出てくるし、マコも今日はデレデレしっぱなし』


 ジンの特殊効果付き念波が説明されると、ソフィアにも俄然やる気が漲るようだ。


 『あら? そうなの? 楽しみにしてるわ、あ・な・た、チュッ』

 『お、おぅ!』

 『アハハハ、パパもデレてる?』

 『いや、まぁ、その、なんだ? い、いくよ』


 ジンとマコトは、ステルスシールドを纏い、ゆっくりと客室エリアに入っていく。


 『ファーストクラスへの入口にシールド設置完了よ。これで誰も入っては来れないわ。私はすぐ内側で待機しておくわね』

 『了解。こっちは客室エリアに入ってスキャン中』

 『パパ? 早速だけど、5列め左側の窓際の人、ちょっと挙動不審気味じゃない?』


 マコトがチェックした人物は、スーツなどではなく、どこかの国の軍人さんが着用するような戦闘仕様っぽい服装だ。一般的な挙動不審の怪しさとは異なり、いちいち動きがきびきびしているところと、誰とも話していないし、何かを聞いているようでもないのに、時々ニヤリと笑みを浮かべるところなどだ。


 『あぁ、マコトもそう思うか。だが、ちょっとは泳がさないと、断定するには不充分だな。ちょっと方針転換しよう』

 『どんな風に?』


 今にもコトが起こりそうな予感から、優先対象を切り換えたくなったジン。優先度の低い部分を時短、または割愛する方向で修正案を説明していく。


 『やはり主体はコックピット寄り、すなわち前側の座席が主体になると思うんだ』

 『ほうほう』


 『だからといって、後半部分を見ないわけにはいかないけど、もしも後半部にいても、動き出すなら前の方に移動してくると思うんだ』

 『うんうん、それで?』


 『だから、マコトは先に後半部分に移動して、手荷物は後回しで、人だけザーッと見て、問題なさそうなら、前半部に戻ってくる』

 『わかった。今向かってる』


 『オレは、あの怪しいヤツを気にしながら、他の人をザーッと見てから、所持品、手荷物と、段階的に捜索範囲を深めていく感じで進める。そうしているうちに、マコトが前半部に戻ってくるから、そこから2人で手荷物をじっくり確認していく、という感じなんだがどうかな?』

 『うん、もう始めてる。そういう人は時計を気にしたり外や前の方に意識を向けるよね?』


 新方針を理解したマコト。今度は怪しさ判定の基準を擦り合わせる。


 『おぅ、犯人ならそういう挙動はありだな? 他にも冷や汗や、焦る様子もあるかも?』

 『なるほど』


 『あとは銃とか、機械の組立や操作、無線機で連絡を取る状況はけっこうヤバめかもだ?』

 『うーん。後半エリアは後ろまで見たけど多分大丈夫。戻りながらもう一度見ていくね?』


 『おぅ、大丈夫そうか、良かった』

 『あぁ、でも、挙動不審というなら……』

 『ん? 見つけたのか?』


 マコトの報告で、僅かに緊張が走るジン。が、怪しさの種類が違っていたようだ。


 『あぁ、イルが前の方をめっちゃ気にしてる。超挙動不審かも? アハハハ』

 『あぁ、ほったらかしてるからな。話し掛けられるなら、もう少し待っててって、伝えられる? 今は巻き込みたくないからな』


 『ケインは信頼してくれてるからか、どっしり眠ってる』

 『ケインは昨日は遅くまで準備してたから無理もないわ。寝かしといてあげて、マコちゃ』


 『あぁ、あとマコたちがずっと離席して帰ってこないからか、サトルさんが前の方をちらちら見てて落ち着かない様子。ザックさんたちは緊張が解けたからかグッスリ寝てるみたい』

 『そうだよな。銃も片せたし、落ち着いたら席に戻って話すのもいいかもな』


 自席で姿を現し、マコトはイルに話しかける。待つようにと伝えると残念そうな表情のイルだったが、短い会話中で念波の件を話したところ、興味深さと羨ましさからイルは食いつく。


 『パパ? イルがこの念波? の会話に混じりたいって言ってるけど、いいかなぁ』

 『ん? あぁ、かまわないけど、入ってこれるのかな?』


 『さっきからやろうとしてるけど、取っ掛かりがつかめないの。この念波って、パパのオーラが母体っぽいから、パパからオーラの触手でイルをツンツンしてみてくれないかな?』


 ジンはイルとの念波接続を図るため、オーラの触手を伸ばし始める。


 『あー、そういう構造なのか。待ってて今伸ばしてる。お、イル発見! ツンツンしたよ』

 『イル? 可愛いイル? 聞こえるかな? その愛らしい声を聞かせてくれるかな?』


 『ぁゎあゎあわ、ふぅぁー、こ、これがマコちゃんの言う念波なのね? 聞こえましたが、ドキドキしてます。パパの言葉みたいなのが刺さりました。なんか破壊力がハンパないです』

 『アハハハ、やっぱりイルもそうなるよね? パパが母体だからかな? パパの心からダイレクトに届く感じ。たぶん思ってくれている愛情まで降り注がれているんじゃないかな?』

 『そ、そういうことなのか? まぁ、みんな大切な家族、愛してるんだから仕方ないな』


 ジンの特殊効果付き念波は、愚直さゆえか、素の状態でこそポンポン発信されるようだ。


 『ダハ! パパのそれ。怒涛のパワーだよ』

 『イ、イルも腰が砕けそうです』

 『そ、そうね。ジンのその愛情パワー? イルちゃが言うように、破壊力ハンパないわ。心がグラグラしてくるわ。すごく嬉しいけど、事件が片付くまで今は抑えてちょうだい』


 愛情ある、自然に漏れ出すようなジンの念波の言葉は、予想以上に破壊力が凄まじいようだ。


 『あっ、あぁ、シュミマシェン』

 『アハハハ、パパの言葉遣いも変。心の中ではそんな言葉を唱えてるんだね?』

 『あれ? もしかしてオレの、思いっきりプライベートな個人情報そのものがダダ漏れ状態なの?』


 ジンの愛情ではない別の叫びもまた異なるエフェクトがかかるようだ。


 『うふふ、おもしろいわね? けど、ジン? 抑えてって言ったでしょ? ジンの一喜一憂がそのままみんなに降りかかるみたいだから、こんなんじゃ、任務もままならないわよ!』

 『わ、わかった。じゃあ、客室後半部分の監視はイルに任せよう。マコトは戻ってきて!』

 『了解。イル、よろしくね』

 『イルはそこに座ったままの状態で怪しい人物がいないかを見てて欲しい』

 『イル了解です』

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