コーヒーの生豆

 初夏の日差しが眩しい。

 白い大きな建物に、ガラス面が反射する。

 正面の大きな入り口が中央口、他に北口、西口、東口と出入り口がある、ここは総合病院。

 中央口から入ると、すぐ左に案内所がある。


「藤川さん、お見舞いの方がみえてますよ。」と、藤川秀三郎ふじかわしゅうざぶろうは看護師に呼ばれて、面会用のコミュニティルームにむかった。

 ハンチング帽を被った紳士が振り向いた。

「お久しぶりですね、藤川さん。お加減はいかがですか?」

「貴方は…」


 

 その頃僕は、コーヒー豆の問屋にいた。


 コーヒーを自分で淹れるようになって、味が大体分かってきた頃…中学3年の時だ。

 母さんが「そろそろコーヒー豆の問屋に行ってみても良いかも!」と、それはまた急な話で身支度もろくにできず、連れてこられた。



 車で10分くらい走っただろうか。

 大きな看板を掲げた、木でできた趣きのある店に着いた。

 入り口前にはコーヒーのミルやカップなどが、雑に売られている。

 床は歩く度に、ミシミシ鳴る。


「これは、コーヒー豆??」

 入り口から一歩入った先は、別世界だった。

 何袋もの麻袋に、白い…いやクリーム色と言うか、豆がどっさり入っていて、壁も白いコーヒー豆だらけで。

 とにかく、僕がいつも買っているコーヒー豆ではなかった。

 沢山の豆の種類、何よりに驚いた。


「ここはね、自分の好みで焙煎してもらうの。」と、母さんが指を指した先に、焙煎(ロースト)の基本8段階が描かれたプレートがあった。「今、ここにあるのは生豆。」

 僕は立ち尽くしていた。まだコーヒーのことをなにもわかってなかった。凄い。凄すぎる。

 豆の産地がひとつひとつ書かれている。

「これ、出来るのかな。」

「流石に出来ないと思うわよ。昔、コーヒー豆を売りに来てくれた、あのは特別だったから。」

「そうか…」


 僕はあの頃をぼんやりと思い出してみた。

「どうぞ。」と豆を渡してくれたおじさん。

 試飲も、僕は幼くてコーヒーが苦くて飲めなくて。代わりにお水をくれた、優しい感じのおじさん。

 その時、なにかがダブった。なにか思い出せそうで思い出せない。

「ほら、早く豆を選びましょ!焙煎もあるから時間かかるわよ。」

 


 それから僕はこのお店の常連となり、豆を選び焙煎をお願いしている。


「あ、藤川君!注文の豆、できてるよ。今日のウチのコーヒー飲んでいくかい?」

「はい、お願いします!」

 

 店に着いてから、焙煎したてのコーヒー豆をそれぞれ一粒ずつ試食していく。

 ほろ苦い、けど今回も上質な…紳士的な味。

 あの時のコーヒー豆売りのおじさんに、もう一度会いたいと思う。顔は忘れてしまったけど…

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