秘密の訪問者

 最近、若い衆がと騒いでおる。


 ウインナーならいくらでも食べれるではないか?


 コーヒーなんてつまらぬ物を…


 酒でさかずきをかわす。

 それが男というものじゃ。


「そこを曲がれ。坂を登ったら歩く。」

「へい。あ、あの店は…牧野の旦那が2度と訪れるなと。」

「…聞かなかったことにする。文句あるか?」

「ありません。なにも申しておりません!」


 黒いベンツから着物姿の老人が降りた。

 そこから杖を突きながら歩き進んだ。


 ここか…古い店だが懐かしさを感じる。

 店に入ると、若い…少年がカウンターで作業をしていた。

「いらっしゃいませ!」


「コーヒーをいただこう。噂のウインナーコーヒーじゃ。」


 水の入ったグラスを出そうとした手が、ピタッと止まった。

「あ…あの、すみません。今日はウインナーコーヒーは出来ないんです。」

「何故かね?」

「えっと…ウインナーがなくて。」

 少年は困った顔をしておった。


「そうか、残念じゃ。」

「あ、あの…もしかして、おじいさんは日本好きですか?」

「何故そう思うのかね?」

「微かにですが、日本酒の香りがします。」


 確かに日本酒が好きだ。

 だが今日は飲んでない。


「失礼だったらすみません。僕、鼻が凄く効くんです。」

 少年はまたもや困った顔をした。そして。

「良ければ、お勧めのコーヒーをお出しします!」

「ふむ…それをいただこうか。」

「はい、お待ちください!」


 店の中には、いくつか絵が飾られていた。

 特に『祖父と猫』を描いた絵が目を惹く。


「どうぞ。」

 なんという香りだろう…

 目の前に置かれたコーヒーから、タバコのようでそれとも違う焦げた感じの匂い。

 コーヒーは過去に数えるほどしか飲んでないが、心地良くなる香りは初めてだった。


 恐る恐るひとくち飲んでみる。

「これは…?」

「炭焼のブレンドで苦味はありますが、濃厚で深い味わいにしてみました。よろしければ、お砂糖入れずに少しだけミルクを足して下さい。それと、此方もどうぞ。」

 小皿にハムとチーズと胡瓜が盛られていた。

 まるで酒とツマミのようだ。


 なるほど。

 若い衆が騒いでいただけの事はある。

 面白い!


「ありがとう、ご馳走になった。あ、それと…今日この日の事は、秘密にしてくれんかの?」

 

 まぁ、バレたところで問題はない。

 ただ、秘密にしたくなるくらいに美味いコーヒーだった。

 


 

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