ウインナーコーヒー
僕がお店を開けるようになってから、牧野さんは週2,3回通ってくれている。
いつもワイシャツにちょっと曲がったネクタイ、ハンドタオルで顔の汗を拭い、ふぅふぅ言いながら入ってくる。
でも、今日は違った。ジーパンにポロシャツだ。顔の汗を拭いながら入ってくるのは、いつも通り。
「いらっしゃいませ。」
「あー、暑い!少年、水だ。水をくれ!それから…」
「いつもの、ですね?」
「おおう!」
牧野さんのいつものは、僕のおまかせオリジナルメニューだ。だからいつも同じコーヒーではない。牧野さんも口には出さないけれど、楽しみにしてくれているようだ。
「今日はいつもより、ラフなスタイルですね。」
「仕事が休みだからな。」
「どうぞ。今日のコーヒーはウインナーコーヒーです。」
牧野さんは顔を真っ赤にして怒った。
「お前!俺がブラックなのを知ってて…」
目の前にあるコーヒーを見て、牧野さんは口をポカーンと開けたままだった。
「おい、まさか、お前…ウインナーコーヒーを知らない訳じゃないよな?」
「僕のウインナーコーヒーです。このコーヒーはサッパリとした風味なので、ウインナーとの相性もバッチリです。どうぞ、試してみて下さい。」
「俺、56年間生きてきて、これをウインナーコーヒーだって出す奴初めて見たな。それとも、俺をおちょくったか?」
「ごめんなさい。今日の牧野さんがお仕事休みだと聞いたので、ゆっくり楽しんでもらえたらなと思いました。」
紛れもなく、目の前にはコーヒーと別の小皿にウインナーが2本。
「不味かったら金払わないからな。」
その後、牧野さんは「マジか‼︎」と叫びながら、コーヒーを楽しんでくれた。
カラン…とドアを開ける音がした。
入ってきたのはガラが悪いお兄さん2人。
僕は嫌な予感がした。
「いらっしゃいませ。」
「あー、俺ら客じゃなくて仕事で来たんだけどさ、今いいかな。」
「あの、ご用件は。祖父に伝えますので。」
「いや、ここの店ってもう古いでしょ?あと2年したら土地もタダ同然になるから、今のうちに売っちゃった方がいいよ。俺らが買い取るからさぁ。」
「そういうお話は僕にはお答えできませんので、またあらためて…」
「俺らも忙しいんだよ‼︎」
困った。どのみち僕では話になるわけもない。この2人はわかっているのに、因縁付けて帰らない。つまり嫌がらせなのか。
僕が困っていると、牧野さんが立ち上がってカウンターから振り向き「おかしいな。ここの土地が暴落するだって?俺にはそんな情報回ってきていないんだが。ここら辺の土地の話をするって事は、お前ら俺の顔を知ってるよな?」
2人は顔を見合わせ、牧野さんの顔をじっと見て「はっ!」と一歩後ろに下がった。
「俺はここの常連だ。帰ったら
「す、すみませんでした。」
「謝るのは俺にじゃなく、こいつにだろが!」
「ひぃっ!ご無礼をすみませんでした!では、失礼します!」
2人は慌てて帰ろうとした。
「あ、あの!」
僕は引き止めた。
「せっかくいらっしゃったので…コーヒーはいかですか?」
それを聞いた牧野さんはカウンター椅子からずっこけた。
「お前、たいしたタマだよ。全く…おい、そこの2人。コーヒーの味がわかる奴か知らねえが、有り難く飲ませてもらえ。」
この日、牧野さんがとてもカッコよく見えた。牧野さんがいてくれて良かった。
だけど牧野さんが何者なのかは僕は知らない。ただ、毎日ワイシャツを着て汗を掻きながら、この街を見守ってくれてる人ということだけで…
その後、僕の淹れたコーヒーが美味い!とあの2人が仲間達?に触れまわったらしく、二日間ほど人相は悪いけど礼儀正しいお客さんで店は賑わった。しかし、すぐ牧野さんに出入りを禁じられたらしく、また元の静かな喫茶店になった。
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