名刺
「おぉ…澤村君じゃないか。久しぶりだな。どうしてここへ?」
藤川秀三郎の見舞いに訪ねてきたのは、
「翔吾君から祖父が入院した、と聞いてね。入院するならここしかないと思ってね。」
澤村は和かに答えた。
市にはいくつも大きな病院はあるが、近隣の総合病院と考えればすぐにわかる事だった。
「そうか、来てくれてありがとう。そこのテーブルに座ろう。なにか飲もうか。」
「流石に、入院中の病人に気を遣わせるつもりはないよ。相変わらずだね、君は。座っていてくれ。なにが飲める?」
「たいした病気じゃないさ。もう少しすれば退院だ、なんでも飲めるよ。」
澤村はフッと笑いながら、自動販売機のコーヒーを選んだ。
「翔吾の所に…?」
「ああ、不慣れな接客だが頑張ってたよ。不器用で上質なコーヒーを淹れるところは君にそっくりだ。」
「私はそんなに不器用かな?これでも手先は器用なつもりなんだが。」
「純粋で擦れてない。そう言う所だよ。多分、一生変わらないだろう?きみのように。」
「確かに、翔吾はまっすぐな性格だな。」
「思い出すよ、私がコーヒー豆を売りに回った頃を。君の娘さんとまだ小さな翔吾君が、買いに来てくれてた。あの時、翔吾君はお母さんの真似をして試飲のコーヒーを欲しがったけど、口に含んだ途端に苦しそうな顔をして。空の紙コップを出したら吐き出してた。」
澤村は笑いながら続けた。
「まさかあの時の幼い子供が、コーヒー検定を受験しに来るとは思わなかったよ。」
藤川は聞きながら優しく目を細めた。
僕が帰宅すると、母さんはクローゼットの奥で段ボール開けて、ゴソゴソとなにかを探していた。
「母さん、なにやってるの?」
「んー?もう10年以上前だから…」
「なにが?」
「急にね、ずーっと前に『コーヒー豆の試食をしたい』って翔吾が言ってたのを思い出しちゃって。」
「あぁ、そんな事言った気もする。でも今は買ってから試食してるし、もう気にしてないよ。」
「私が!気になるの!わかる?これが女の感って奴。」
母さんは確かに感が良い。けど、それがなにか関係するとも思えない。
「おっかしーなぁ?捨ててはいないから、あると思うんだけど!」
なにを探しているのかサッパリ分からず、僕は気にせず自分の部屋へ着替えをしに戻った。あの調子だと、朝までやっていそうだ。
「あったぁ!あったよ、翔吾‼︎」
母さんはベッドて眠っていた僕を叩き起こした。
「母さん、何時だと思って…」
急に部屋の明かりを付けるから、眩しかった。眠い目を擦っている僕の顔間近に、自慢げに一枚の名刺を突き出した。母さんはドヤ顔だ。
「なにこれ…」
「名刺よ!め・い・し‼︎昔、コーヒーを売りに来てたオジサンから貰ってたの。買いそびれたらここに連絡下さいってね。」
「うーん、明日でもいいじゃないか…って、え?」
名刺には、澤村浩一と書かれていた。
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