第2話

 胡乱な少女にとって唯一の理解者が不明な少女だ。と思っていた。

 彼女の両親は何がどうなったのかはわからないが徐々に壊れ始めた。その結果、胡乱な少女は両親に虐待されるようになった。

 合理的ではない。

 自分は両親の血を引く後継者である。生物が存在する理由は自分達の遺伝子を後世に残したいという自己保存欲求を満たす為だ。そして胡乱な少女に兄弟は居ない。

 自分達の血を引く唯一の個体を虐待して一体何がどうなるというのか。

 当然、胡乱な少女は働いていないし結婚もしていないし娘も居ない。故に両親と同じ立場に立った事は無い。だから両親には両親にしかわからない理由があったのかも知れない。

 知った事か。

 所詮この世界の根本は弱肉強食。そして人間は群れを形成する霊長類である。故に本来は弱肉強食のプレイヤーは個体単位ではなく群れ単位であるべきだ。しかし核家族化が進み超家族群が形成されにくくなった上に個人主義が浸透した現代日本では本来発生すべき群れ同士の競走は大幅に減少し、その結果同じ群れ、すなわち家族内での競走が起きた。

 という自作の自説を信じられる程の心の余裕は胡乱な少女には無かった。

 とにかく非合理的な行動を繰り返すようになった両親に対する嫌悪感が溢れ続けてどうしようもなかった。

 あいつらは私の人生の汚点だ。さっさとこの世から消えてなくなれ。

 そう思いながら曇天の下を歩いていたら、両親の虐待によって痣だらけになった顔を初対面の他人が覗き込んできた。

「大丈夫か。」

 心底心配しているかのような表情を見せたそいつは、自分と同年齢と思わしき少女であった。

 それが、胡乱な少女と不明な少女の初めましてだった。


 炎の光を浴びながら二体のサイボーグが激突する。

 怪人態である不明な少女は両腕の開口部から炎の槍を胡乱な少女の怪人態に向けて放った。指向性を極限まで高めた二本の光熱の渦は、胡乱な少女の思考を無視して回避歩行をする機械の足によって虚空の闇だけを貫いた。

 胡乱な少女はAI制御による自動反応で不明な少女の眼前まで一直線に走らされた。そして不明な少女の鳩尾に右拳が叩き込まれた。

 胡乱な少女に施された改造手術は直接戦闘を行う為のものではない。蜘蛛の力を与えられており糸を使っての移動や捕縛等、どちらかと言えば潜入工作向きだ。

 対して不明な少女に施された改造手術は徒手空拳でも敵地に突入し大打撃を与えられるような極めて強力な物だ。

 にもかかわらず胡乱な少女の眼前に居る不明な少女は胡乱な少女による攻撃に対して防戦一方だった。

 AI制御によるオートモードに戦闘を委ねながら胡乱な少女は思った。

 やっぱりそうなんだ。やっぱり。

 許されないんだ。


 秘密結社に攫われて改造手術を受けた後、胡乱な少女が真っ先に向かったのは両親の待つ自宅だった。自分の身に何が起きたのかは不明だったが、同意を求めてくる自分の身体に大して考えずに同意を返したら自動的に身体が動いて家に帰った。自分を虐待した両親が居る家に帰りたかった訳ではない。ただ考えるのも面倒だったので同意を返したら帰ってしまっただけだ。

 そして玄関を彼女の手が自動で開き、居間に自動で入った時、両親は何も慌ててなどいなかった。

 機械化された肉体によると胡乱な少女が行方不明になってから一ヶ月が経過していたらしい。実の娘が一ヶ月も見つからなければ両親は取り乱しても不思議ではない。しかしそうはならなかった。それどころか一人娘が居なくなる前よりも遥かに安定した精神状態である、という事を機械化された胡乱な少女の頭部センサーがよせば良いのに報告した。

 機械化された身体による残酷な提案を残酷な提案だと思わずに胡乱な少女が許可し、気が付いた時には彼女の足許に彼女の両親の死体が横たわっていた。

 罪悪感は全く無かった。むしろ安堵した。

 これで良かった。

 心の底からそう思った。これでやっと自分の人生の汚点が消える。あの子に知られる前で良かった。


 不明な少女は両足の側面にある推進装置を百八十度反転させて背面の推進装置と合わせて燃える推進剤を噴出して一気に上昇した。胡乱な少女の思考を伴わない右腕はその先端から粘着性の糸を射出するが不明な少女が下方に放出し続ける推進剤の炎に焼かれて消えた。

 未だ明けない闇夜の空、急上昇を終えた不明な少女ははるか上空うで下方へと右足を突き出し、その先端を地上の胡乱な少女へと向けた。


 不明な少女は胡乱な少女にとって唯一の理解者だと思った。好きなアニメの話で盛り上がれるし、両親の愚行についてわかりやすい説明をしてくれた。

 今日もあの子に会おう。下らない汚点の事は忘れて。

 あの子の事を考えるといつも楽しくなる。あの子の事を考えないといつも楽しめない。

 そう思っていつもの空き地にやってきたら不明な少女がまっすぐ胡乱な少女を見つめてこう言った。

『一線を越えたから始末する。』

 本当に両親の事を汚点だとしか思っていなかったのか。


 胡乱な少女の背面の推進装置が再び点火し、炎の翅を背負って下方へと向けて彼女は急加速した。

 最初からあの二人は自分にとっての敵だったか。休日に遊園地に連れて行ってもらった事は。夏の日に海に連れて行ってもらって水着の跡が残る日焼けをした事は。

 誕生日の時、両親が用意してくれたケーキの上に立っていた年齢分の蝋燭の火を吹き消した事は。

 本当に無かった事になったのか。

 誰だって間違うはずだ。お前だってそうだっただろう。理解不能な状況に巻き込まれて混乱して自分で考える事を放棄した。何者かもわからない奴等に埋め込まれた機械に何もかも任せて二人の命を奪う事を許可してしまった。

 状況の悪化は人間の自由意志を侵食する。両親だってそうだった、という可能性に気付いていたはずではなかったのか。誰だって血の繋がった実の娘を虐待したくはないだろう。理由があったはずだ。知った事か、だと。知っていた事のはずだっただろ。

 両親が怪しげな宗教に入信した事も。それによって自分にあまり目を向けなくなった事も。そして教団が崩壊した事が報道された事も。何もかもお前は知っていた。だというのにお前は知らないふりを決め込んだ。被害者を前に加害者だと罵り自分こそが被害者だと主張した。

 どっちも被害者だっだだろうに。

 だから許されない。罰が下る。

 嫌な事を忘れさせてくれる理解者の存在は本当に心地良かった。そうやって他人に依存していたんだろう。自分の問題から目を反らしていたんだろう。

 両親に向き合っていれば。お前は親友を失わずに済んだ。

 虐待されたからと言って身体が欠損するような大事にはなっていなかった。機械の身体を手に入れたのであればその頑強さに頼って虐待を無視する事だって出来ただろう。我慢どころか無効化出来る力がありながらお前は機械が両親を殺すのを黙って見ていただけか。殺したから無効化出来たとでも言うつもりか。

 そんな奴が、お前の大好きな親友と話す資格があるはずがない。

 本当は、不安だった。

 両親が目の前で殺されるのを、いや、自分が殺してしまったのを見てしまった事が。

 罪悪感は全く無かった。むしろ安堵した。

 これで良かった。

 心の底からそう思った。これでやっと自分の人生の汚点が消える。あの子に知られる前で良かった。

 そんなの全部ただの言い聞かせだっただろうが。

 不明な少女の言葉を思い出す。

『『自分』を常に見失わない奴が一番好感が持てる。』

 全くそうだ。その通りだ。

 秘密結社の改造人間達は機械化された肉体にAIを搭載している。人間の思考速度では高性能な機械の四肢を使いこなすのは無理だからだ。

 人間の取るに足らない浅い経験を投げ捨てても構わない圧倒的な学習対象数から得られる予測判断は極めて高い精度を弾き出す。だからか。お前はそれに縋ったのか。機械に任せれば。機械が判断したから。自分がした事じゃないから。

 お前は一体何がしたかったんだ。

 自分を見失った。だからこれから罰が下る。

 不明な少女の右足が残り一メートルまで迫った。身体に埋め込まれた機械が回避行動への同意を要求するが、無視した。

 もっとおしゃべりしたかった。もっと一緒に過ごしたかった。だがそれはもう叶わない。

 不明な少女の右足が鳩尾に触れた瞬間、胡乱な少女は、謝った。

「ごめんなさい。」


 圧倒的な大爆発が発生し、その爆炎の中から不明な少女の怪人態が歩いてくる。彼女は振り向き、そして変身を解除した。少女の姿に戻った彼女は炎の中に向けて言った。

「2005年のWebアニメ『リーンの翼』では異世界からやって来た王が自分が選ばれし者である為強大な力を使う資格があると天啓を自己解釈した。」

 だから、と続けたかったが、それを聞く相手はもう居ない。自分が今、葬った。

「ごめんなさい。」

 不明な少女は炎に成り果てた親友に謝罪した。

 おしゃべりがしたかったのは自分も同じだった。

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