第2章 異世界帰りの令嬢

第1話 令嬢の護衛

「こちらコードネームKM! 敵は高速道路を逃走中!」


 ヘリから追跡しながら、巫女が地上班に無線を飛ばす。

 逃走犯は高速道路を210キロで、走行する危険運転だった。

 黒いスポーツカーの後部座席には、誘拐された令嬢が縛られている。


 スポーツカーの背後から、猛スピードで追いつくバイクが現れた。

 光夜と優也が2人乗りで、逃走車に追いついたのだ。


「こちらFL。敵を発見した」


 記録されたナンバーを確認し、光夜は無線を飛ばす。

 光夜のバイクは特殊改造された、本来なら違法なバイクだ。

 スポーツカーを追い抜く勢いで近づき、そのまま並走を開始する。


「お嬢様を返してもらうよ!」


 優也は指を鳴らしながら、バイクから飛び降りた。

 音が鳴り終えると同時に、ドレスを着た少女が優也の腕に乗っかる。

 お嬢様をお姫様抱っこして、優也はヘリにテレポートした。


「人質を救出した。FL、やっちまえ!」


 ヘリの中で無線を飛ばしながら、優也は見下げた。

 光夜は逃走車に向けて、拳銃を突きつける。

 そのままエネルギーを拳銃に溜め、青い光線をタイヤに向けた放つ。


 タイヤを撃ち抜かれたスポーツカーは、スピンした。

 光夜はブルーヒートを発動して、バイクから車に向けて飛びつく。

 スピン中の車を蹴り飛ばし、高速道路のガードレールに叩きつける光夜。


「あ~あ。これまた始末書ものだな」


 大破した車を見ながら、光夜は運転席のドアを引き抜いた。

 運転手は衝撃で気絶している。光夜は手錠をかけて、その場から離れる。

 彼が車から遠ざかった瞬間、炎上した車は爆発を上げた。


 空からその様子を眺めていた優也は、事態が終息したと判断。

 誘拐された令嬢の縄を解く。


「大丈夫ですか? お嬢様」

「必要ありませんでしたわ。あの程度、私だけでもなんとかなりました」

「あのね……。そんな強がらず……」


 優也が言いかけた所で、ヘリは急旋回をした。

 優也は衝撃で壁に激突する。


「どうした? 巫女」

「敵の数が増えたの! 背後からヘリが3」


 優也がヘリの背面を見ると、そこにはヘリが3機飛んでいた。

 そこからマシンガンやライフル、ロケットランチャーを持つ人物が狙いを付ける。

 優也は迎撃しようと、拳銃を構えた。


「3機ですか。舐められたものですわね」


 だが優也より先に、誘拐されていた令嬢がうごいた。

 彼女、雨宮 律あめみや りつは、背後にヘリに人差し指を向ける。

 次の瞬間彼女の背後から、火球弾や氷の粒、レーザーがヘリに向かって飛ぶ。


「3連魔法。私が授かった能力の1つですわ」

「あらら。かわいそうにヘリが全部撃沈するよ」


 律が放った技は、3機のヘリに衝突した。

 ヘリはそのまま高速道路に向けて落下する。

 下で現場保存をしていた光夜のもとに、一直線に墜落を開始。


「待て、待て待て!」


 光夜は慌てて犯人をバイクに乗せて、その場から退避した。

 ヘリは炎上した車上に落ち、そのまま爆発を上げる。

 午前9時の高速道路。今日は4度の爆音が鳴り響いていた。


「あ~あ。こりゃ重症だな」


 光夜は携帯用の消火器を取り出して、炎上したヘリを消火した。

 中から容疑者達を救いだし、急いで救急車を呼ぶ。

 その様子を上空から見つめた優也は、不思議そうに律の方を見た。


「君のその力、異能力じゃないな?」

「その通りですわ。流石ガード。観察力だけはありますのね」

「その力はなんだ? どうやって手に入れた?」


 優也の問いかけに律は、ポーズを取って答えた。


「この力は異世界に転生した時に、神から授かりましたの」

「ああ? 何言ってんだ?」

「私、異世界から魔王を倒して、ちょっと戻ってきましたの」

──────────────────────────────


 中世ヨーロッパの城が、崩壊した様な場所。

 人ならざる者、魔物と呼ばれる一族が集まっていた。

 ここは異世界。ファンタジー世界と呼ばれる場所である。


 魔王を倒された事で統率が乱れ、人間に狩られる立場になった魔物達。

 再起を図るため、魔王の復活を求めていた。

 そこで魔王復活の手順を確認するため、参謀格と会話する。


「魔王様を復活させる方法は1つ。魔王様を倒したものの血だ」

「つまりあの小娘を、血祭りに上げれば良いのだな」

「ああ。だがあの小娘はもとの世界に戻った」


 魔物達にはお手上げ状態だった。

 だが参謀格の魔物には、まだ切札がある。

 それは律が通った異世界への道を、次元が不安定なうちに開くと言う事だった。


 光夜達のあずからぬ場所で、違う陰謀が渦巻く。

 異能犯罪対策課の仕事は、何も異能力者の逮捕だけではない。

 こう言った異世界からの脅威も、彼らの管轄なのだ。


──────────────────────────────


「はあ? 異世界帰りの令嬢?」


 始末書を書きながら、光夜は半信半疑で話を聞いていた。

 誘拐された令嬢は異世界に1度転生し、戻って来たと言う。

 その際神から授かった力はそのまま、現代に戻って来たらと話した。

 

「俺も最初は疑ったよ。でもこれを見てみろ」

「これは……。雨宮律の死亡記録?」

「彼女は確かに1度死んでいるんだ」


 優也は彼女のDNAを採取してみた。

 確かに死亡記録がある雨宮律のものと、一致した。

 その為彼女の話は真実だと、優也は信じていた。


「そんな力があるなら、なんで誘拐されたのさ」

「そこなんだよ。彼女の力は本物だ。あんな奴らじゃ、捕らえるなんて不可能だ」


 力を間近で見た優也だからこそ、断言できる。

 律はわざと誘拐されたとしか、思えなかった。

 そこには何か理由があるのではと、優也は考えた。


「俺らに助けられた時、どことなく寂しそうだったような……」

「優也、深追いは止めておけ。それより始末書手伝え」


 光夜はタイピングをしながら、優也に伝えた。

 その後ニヤリと笑って、優也を見る。


「リーダーとして忠告したぞ。後は好きにしろ」

「ああ。好きにするよ」


 光夜にサムズアップを返して、優也は部署から出て行った。

 そのまま保護という名目で、隔離されている律のもとへ向かう。

 彼女は先程の勢いとは逆に、意気消沈の様子で俯いていた。


「コーヒー飲む?」


 優也は優しい声色で、マグカップを取り出した。

 律は無言で頷く。


「いつまでここに閉じ込められているの?」

「君を誘拐した、犯人が壊滅するまで」


 犯人が組織で動いている事は、明白だった。

 そのため安全が確認できるまで、彼女を保護する。

 それが彼女の父親から、ガードに言われた命令だった。


「結局ガードも、お父様の言いなりって訳ね」

「仕方ないだろ。君のお父さんは、偉いんだから」

「偉くないですわ! お父様は仕事ばっかり……」


 苛立ちを隠せない様子で、律は机を叩いた。

 優也は彼女を宥める様に、ホットコーヒーを渡す。

 律も温かい飲み物が入り、少しだけ落ち着いた。


「父親と……。仲良くないのか?」

「ええ……。私はお父様のせいで、散々苦労かけられましたから」


 律は自分の身の上話を始めた。

 いつも誘拐の危険性に、晒されていた事。

 常に監視されて、生活をさせらえていた事。


 彼女と関わるのを怖がって、友達が出来なかった事。

 律は愚痴れるだけ、愚痴った。

 優也は言葉を離さず、ただ相槌だけを返す。


「異世界に行って……。やっと解放されたと思いましたわ」

「そっか。楽しかったか? 異世界での冒険は」

「ええ。沢山の仲間に支えられ、多くの人に褒められましたわ!」


 異世界での冒険を嬉々として語る律。

 優也は彼女の話を、微笑ましく聞いていた。

 だが彼女が楽しそうに話す度、疑問が強くなる。


「楽しそうだな。異世界って奴は」

「ええ! 未知に溢れる、不思議な世界でしたわ!」

「なら……。何故帰って来た?」


 優也はついに核心となる言葉を、口にした。

 その言葉に律は言い返す事が出来ない。

 一言で語れない事情があると、優也は察した。


「そうか。お嬢様にも色々あるだな」

「ええ……。本当に、色々あるのですよ」

「でもさ。こっちの世界だって、そこまで捨てたもんじゃないぞ」


 優也はそれを知っている。彼もかつて心に傷がある者だった。

 だが彼は救われた。きっと異世界では傷は癒えなかっただろう。

 優也だからこそ、この世界の良さを知っているのだ。


「そうだ! ちょっと出かけないか?」

「出かける?」

「こっちの世界を楽しんだ事がないんじゃないかと思って。案内するよ」


 優也は異能力を使って、ワームホールを作り出した。

 それはこっそりここから抜け出す事を、意味していた。

 流石の律にも戸惑いの色が、見え始めていた。


「良いの……?」

「大丈夫。最悪うちのリーダーの、首が飛ぶだけだから」

「貴方は責任を、取らないのね……」


 半ば呆れながらも、律は少しだけ乗り気だった。

 優也の言う通り、彼女はこの世界を楽しんだ事がない。

 良い機会かもしれないと、彼女は思った。


「良いですわ。行きましょう」

「そう来なくっちゃ!」


 優也は律の手を引きながら、ワームホールに入った。

 彼らは知らなかった。この部屋に監視カメラが多数仕掛けられていた事を。

 監視者の所に光夜が、訪れていた事を。


「見逃してくれてサンキュー」

「本当に良いんだな? 何かあったら、クビじゃ済まないぞ?」

「首だろうが腹だろうが、切ってやるさ」


 光夜はフッと笑いながら、監視者に伝えた。

 監視者は溜息を吐きながら、光夜から賄賂を受け取る。

 それはとあるカードゲームの、レアカードだった。


「あいつがしくじったら、何処でも切ってやる」


 優也の事情を知っている光夜は、必ず彼女に肩入れすると読んでいた。

 先回りして手回しをし、律が少しの間優也と触れる様にセッティングする。

 光夜は飴玉をタバコの様に舐めながら、2人に暫く自由を与える事にした。


──────────────────────────────


 かつて魔王と呼ばれる存在が、居住していた城。

 崩壊したその場所で、参謀格の魔物が魔方陣を書いた。

 そのまま呪文を唱えると、魔方陣は不気味な紫色に光る。


「ついに開いたぞ……。異世界への扉が……」

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