後編
二日後。小次郎とロダはバーに向かった。ここで、とある人物と会う約束をしていたのである。
「お待たせしました」
店に入ると、カウンター席に座っていた男が立ち上がった。
「あなたが、御手洗幸子さんに天城さんのことを伝えた
「はい……」
小次郎に尋ねられた男は、消え入るような声で返事をする。
「荒谷さん。天城さんのことはご愁傷さまです」
小次郎はそう言うと、荒谷の隣の席に座った。ロダもそれに続く。
「天城さんのこと、色々お聞かせくださいませんでしょうか。お辛いでしょうが、これも事件解決のためですので」
「御手洗さん、警察が動かないからって探偵を雇うなんて」
荒谷は呟いた。
「俺じゃ、力不足ですかね?」
「いえ、事件はゾーネ社が絡んでいます。下手したら、命が危ない」
「危ない橋を渡るのも、探偵ですよ」
小次郎は笑顔を見せた。
「ところで、天城さんとは……ここでお話しても、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ここは同士がよく利用するところですから」
「なるほど。では天城さんとの関係を教えてください」
「天城さんと私は同い年ですが、天城さんの方が先に活動されていたので、先輩に当たります」
「天城さんに、どのような印象を持たれましたか?」
「とても、情熱的な方でした。デモ行進するときなんか、先頭に立ってみんなを先導するんですよ。その姿に感動して、私も仲間に加わったんです」
そう語る荒谷の目は輝いていたが、すぐに暗い表情になった。
「あの公園は、天城さんにとって大事な場所なんです。というのも、天城さんは御手洗さんをよく連れていってたそうですから。桜が綺麗だよと言って」
「御手洗さんの話をされるほど、荒谷さんは信用されていたんですね」
「はい。天城さんには、いつも助けてもらっていました」
「それなのに、どうしてこんなことに……。あ、申し訳ありません。辛かったですよね」
小次郎は申し訳なさそうな顔をした。
「いえ、いいんです。私が殺したようなものですから」
そう言うと、荒谷は遠い目をした。
「そういえば、天城さんの死をどこでお知りになったのでしょうか?」
「それは……集会のときです。スタジアム建設反対運動のことを話し合うために同士が集まったのですが、天城さんの姿が見当たらなくて。もしかしたら、と思い公園に行ったら、そこに天城さんが倒れていました」
「ということは、荒谷さんを含めた集会参加者全員が、第一発見者ということになりますか」
「そういうことになるんでしょうか……」
荒谷は、考え込むような素振りを見せた。
「それと、気になってることが。なんで天城さんは公園に入れたんでしょうね。一週間前も障壁が張られてたでしょうに」
小次郎は顎に手を持っていった。
「実は、荒谷さんとお話する前に、同士だという方にお話を伺ったんですよ。そこで、荒谷さんにハッキングスキルがあるということを聞きました」
それを聞いた荒谷は、目を見開いた。
「まさか、私のことを疑っているんですか? 先程『私が殺したようなものですから』とは言いましたが」
「お気を悪くさせて申し訳ありません。けれど、障壁を破れるほどのスキルを持っているハッカーなんて、そうそういやしません。
外部から雇うという手もありますが、それだと、信頼できるのかという問題が起こりますしねぇ」
荒谷は小次郎を睨みつけたが、直ぐさま微笑に変わる。
「確かに、障壁解除はやろうと思えばできます。でも、僕がやったという証拠は?」
「証拠は、ありませんね」
小次郎は断言した。
「それに、お話を聞いている限りでは、荒谷さんは天城さんを慕っています。尊敬する人を殺すなんて、まず考えられない」
「そうです。私は天城さんを尊敬しているんです」
そう言うと、荒谷は視点を落とした。
「では、今日はこれにて失礼いたします。ご協力、ありがとうございました」
小次郎は会釈をすると、ロダと共にバーを後にした。
「うーん……」
事務所に戻った小次郎は、事務机の前に腰掛け、途方に暮れていた。
「どうしたんですか?」
ロダが心配そうに覗き込む。
「犯人は荒谷恭介だ。でも言ったとおり、証拠がない。疑わしきは罰せずだ」
「そうですか。じゃあ、その証拠を見つければいいわけですね」
「簡単に言ってくれるなぁ」
小次郎はため息をついた。
「……これに、引っかかるとは思えないけど……」
小次郎はぼそっと呟いたあと、パソコンを操作した。
***
――深夜一時、公園周辺。辺りは暗闇に包まれ、静まり返っている。しばらくすると、静寂を破るように、足音が聞こえてきた。
「どこにいるんだ! 約束のものは持ってきた!」
足音の主が叫んだ。それは、荒谷だった。
「お越しいただき、ありがとうございます」
物陰から男が出てくる。小次郎だ。続けて、ロダも姿を表す。
「風雅小次郎!? なんで、こんなところにいるんだ」
「それはですね。
『お前が天城典示殺害犯だということはわかっているんだ。仲間にばらされたくなければ、桜の木の下に埋めてあったものを持ってこい。公園前で会おう』
というメールを送ったのは、俺だからです」
荒谷の顔が、青ざめていく。
「まさか、こんなバレバレなフィッシングメールに引っかかる人が……いやいや、騙すような真似をして、申し訳ありませんでした」
「で、でも受信先はゾーネ社のIPアドレス……」
「実は、俺もハッカーとしての心得があるんです。ただ、IP偽装のやり方は企業秘密ですが」
小次郎は
荒谷は懐に手を入れると、そこから銃を取り出し、小次郎に突きつけた。
「私はここに来たのは、ゾーネの人間を殺すためですよ!」
「落ち着いてください。俺はゾーネの人間ではありません。無関係な人間を巻き込んだら、余計に罪が重くなります」
小次郎は両手を上げながら、説得を試みる。だが、荒谷は銃を構えたままだ。
「私の邪魔をするな!」
突如、荒谷の前に黒い影が現れる。影は荒谷の腕を掴み、下に引っ張る。突然の出来事に、荒谷は、なすがままだ。影は荒谷の手から銃を奪う。そのあと、どこからかワイヤーを取り出すと、腕ごと体に巻き付け、捕縛した。
「マスター、大丈夫ですか?」
影はロダだった。ロダは小次郎に駆け寄ると、安否を確認した。
「ありがとう。助かったよ」
「……その子供は、何者だ」
荒谷は、ロダを睨みつける。
「アンドロイドです」
小次郎が答えた。
「アンドロイドとはいえ、ロダは子供です。どんな輩に狙われるかわからない。だから自衛の機能も搭載したんです」
「自衛の機能、も?」
「そこ引っかかっちゃいます? ロダは俺の助手ですって。それ以外にありません」
荒谷は改めてロダを見る。目が隠れており、黒いワンピースを着ている。なんて珍妙な格好をしているのだ。荒谷は怪しむ目つきをした。
「ロダの話は置いておきましょう。俺はどうしても、気になって仕方がありません。なぜ荒谷さんは、尊敬する先輩である天城さんを殺害したのか」
小次郎は、荒谷を見据えた。
「……私は、天城さんを尊敬していました。デモの時は、常に先陣を切っている。そんな姿に感銘を受けました」
荒谷の声には力がこもっていた。しかし、その表情は暗い。
「けれども、こんなことを言い出したんです。
『私はあるものを公園に埋めた。大切な思い出が、桜と共にいつまでもあるようにと。だが公園が取り壊されたら、掘り起こすことさえ出来なくなる。だから、壊される前に、回収しようと』
……私には、それが許せなかったんだ!」
荒谷は声を荒らげた。
「そんな大事な場所であるなら、なぜ、最後まで戦おうとしないんだ! これは、敵前逃亡だ!」
荒谷の目からは涙が溢れていた。そんな荒谷を、小次郎はただじっと見ていた。
「理由はわかりました。ですが、ゾーネ社が今まで何をやってきたのか、ご存知ですよね? 敵前逃亡は士気に関わるかもしれない。
けれども、あなたは信用を得ていた者の命を奪った。これでは、卑劣な手を使うゾーネ社と大差ないと思いますよ」
小次郎は、あくまでも冷静に語りかけるように務めた。
「それは、わかっています。だから、あの晩、天城さんの命を奪った時点で、私は戦う資格を失ったんです」
荒谷は
「では、行きましょう。私を警察に突き出すんですよね」
荒谷は力無く笑う。
「うーん。ろくな捜査をしない警察に突き出しても、何をされるかわかりませんからねぇ。それに、俺はあくまでも御手洗さんの依頼で動いてますので。俺は顛末を報告するだけです。あとは、御手洗さんに任せましょう」
小次郎がそう言うと、荒谷は目を丸くする。
「とにかく、ここを離れましょう。障壁のカメラは干渉済みなので、何も写ってないとは思いますが。なにぶん、長いことそうしていられない。ロダ。荒谷さんの束縛を解いてあげて」
ロダは「わかりました」と言うと、荒谷の縛めを解いた。
「銃はこちらで預からせていただきます。それと、手に持ってる箱、くださいますか? 御手洗さんに渡そうと思いますので」
荒谷は言われるまま、箱を小次郎に渡した
「では失礼いたします」
荒谷を残し、小次郎はロダとともに帰った。
――後日。抵抗運動も虚しく、スタジアムは予定通り建設されることになった。ロダは、事務所で残念そうにニュースを見ている。
「公園、無くなっちゃうんですね。そういえば、公園の桜、緑の葉っぱが出てましたよ」
「桜は花が散ったあと、本来なら葉っぱが出てくるんだよ」
「じゃあ、あの桜は本物だったんだ」
ロダはますます落ち込む。
「別にいいじゃないか。あの桜は吸血桜だ。言うだろう。桜の木の下には死体が埋まってるって」
「今度は梶井基次郎ですか。本当にひねくれてますね!」
ロダはむくれた。
「そういえば、御手洗さんに渡した箱ですけど、あれには何が入ってたんですか?」
気を取り直し、ロダはこんなことを尋ねた。
「箱ね。あれは天城さんと御手洗さんの思い出が詰まってるんだ。我々部外者が知ろうとしてはいけないよ」
小次郎はロダの肩を叩いた。
「それでいいんですか?」
ロダは納得がいかないようだ。
「まぁね。でも、人の思い出を詮索するのは良くないことだ。そうだろ?」
「はい……」
ロダは少し不満げだったが、「わかった」と言う。小次郎は、微笑みながら、その頭を撫でた。
サクラ・マトリクス〜零都探偵風雅小次郎物語~ 奈々野圭 @nananokei
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