第13話 悪徳商人、ゴールドマン。

 この頃にはすでに、レイヴンもゴールドマンの本性に気がついていた。

 一言で表すのなら、それは悪徳商人という単語に集約されるだろう。

 いったい、何回目のことだっただろうか。

 どれだけ装備を持っていっても、一向に減らない負債のために、レイヴンの心には疑惑が生じていた。自分が貸し与えたという理由だけで、ゴールドマンは、明らかに不当な量の戦利品を要求していたのだ。


 そして、その疑惑が、自分たちを搾取するためであるという確信に変わるのには、あまり時間を要さなかった。


(貧乏人は、ゴールドマンにすがるしかない……)


 カラサ病しかり。

 この世には、超常の奇跡を頼みとしなければならない事柄が、あまりに多すぎるのだ。それが、貧者とあってはなおのこと。自力で解決できる内容はたかが知れているため、どうしたってダンジョンの言い伝えに、己の希望を見出すしかない。


 そこに目をつけたのが、ゴールドマンだ。

 彼が心からプレイヤーを支援しているなどというのは、嘘っぱちだ。最初こそ、その言葉をレイヴンも信じきっていたが、今でははっきりと違うとわかる。


 ゴールドマンの目的は、徹頭徹尾、金である。ダンジョンの戦利品を売って、ぼろ儲けしているのだ。


(金がないばっかりに、ダンジョンに向かわざるをえない人間は、必ずそこで壁にぶつかる)


 すなわち、エネミーの存在と、それに対抗するための装備一式だ。

 当然、そんなものを用意できないプレイヤーは、ゴールドマンに武具を借りる以外、ほかに術がない。ちょうど、昔のレイヴンと同じように、ゴールドマンと約束をさせられるのだ。


 あとは、ゴールドマンの奴隷になるだけである。

 一度、ダンジョンに足を踏み入れてしまえば、その生活をゴールドマンに委ねるしかない。農作業の片手間に挑めるほど、ダンジョンは生易しくないからだ。


 おまけに、プレイヤーの活動を応援する、という体裁で振舞われる食事も、その実、多量の戦利品と交換であるため、不公平だと知りつつも、あくせくと働くことしか、プレイヤーは選択できないようになっていた。


(そして、このクソみたいなシステムを根幹で支えてやがるのは、それでも俺たちが、ダンジョンを制覇しなきゃいけない、明確な理由を持っているという事実。クリアして願いを叶えるという道しか、俺たちには初めから用意されていない)


 ダンジョンの制覇を助けるのは、己の技術と肉体もさることながら、装備の影響が大きい。より強い武器や防具は、それだけで戦闘を有利なものにするが、肝心の優れた武具というのは、ゴールドマンだけが所有している。どれが強力な戦利品なのかという鑑定の技術を、ゴールドマンが完全に独占しているのだ。


 ゆえに、搾取されていると知りつつも、プレイヤーたちはゴールドマンに従わざるをえないのだ。


(俺とて、馬鹿正直にゴールドマンの言いなりになったわけじゃない。だが、何度やってみても、どれが強くてどれが弱いのかという判別が、俺にはできなかった)


 もちろん、エルヴァの一件も無視することはできない。

 ゴールドマンに対する不信感が増すたびに、自分の姉は、本当に病死だったのかという疑いは強まっていった。


 もしかすると、エルヴァはゴールドマンに殺されたのではないか? 端的に、そう考えてしまうのだ。自分自身がソバータウンに訪れていないことも、その疑惑を募らせる一因になっていた。


(だが、姉ちゃんを殺すメリットがない。ゴールドマンは、俺が姉ちゃんを助けたいがために、白塔へ来たという経緯を知っている。根本的な動機を、奴には話してあるんだ。俺たちに、果敢にダンジョンへ向かってほしいゴールドマンが、わざわざ希望を取りあげるようなことをするとは思えない。そんなことをしても、プレイヤーのやる気を削ぐばかりで、何ら奴の利益にはならないだろう)


 幾度なく思いを馳せてみても、導かれる結論はいつも同じだ。やはり、エルヴァはカラサ病によって亡くなったのだと、そう思わざるをえなかった。


 放っておいても、遅かれ早かれ、姉は病に倒れていたことだろう。

 もっと自分に力があれば――と、後悔したのは十や二十では収まらない。いまだ、レイヴンの悪夢は覚めていないのだ。


 だからこそ、自分は必ず白塔を制覇しなければならない。

 たとえ、今は憎き相手に傅いているのだとしても、すべてはダンジョンをクリアするためだ。その瞬間に、自分のあらゆる辛酸は報われてくれる。


(姉ちゃん。もう少しだけ、待っていてくれ)


 レイヴンは、再びダンジョンの内部を歩きはじめていた。

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