第12話 余裕の勝利

 ヒキガエルの死体から剣を抜き取ったレイヴンは、その勢いのままに、もう一体のジャイアントトードを、背後から刺し殺していた。


 抱きつくようにして首元をえぐる一撃は、相手の緩慢な動きを逆手に取った手法である。

 即座に、最後の一匹を仕留めようと接近するが、予備動作に気づいたレイヴンは、ただちに後退して距離を取っていた。


 ジャイアントトードが、全身を軽く震わせたのだ。


(毒の分泌……)


 ジャイアントトードは、全身の皮膚から毒を飛ばすことができる。

 無論、あらゆる耐性が強化された今の防具であれば、ジャイアントトードの毒くらい、浴びたところで何も問題は生じなかったであろうが、装備の隙間から肌に直接かかってしまうと、どうしても影響は免れない。


 その効果は痺れ。

 患部が麻痺したように、ぴりつくのだ。

 痛みも毒の強さと相応に感じはするものの、レイヴンにとっては痺れという、己の感覚に余計な邪魔が入ることのほうが、遥かに大きな問題だった。


『ゆえに、大したことはないが、嫌い』


 それがレイヴンのくだす、ジャイアントトードに対する評価である。

 やがて、レイヴンの予想どおりに、ジャイアントトードが毒を分泌する。身を守るため、体を覆うようにして放出されるので、エネミー自身から距離を取ってしまえば、毒を浴びる心配はない。


 退屈そうに見学していたレイヴンだったが、攻撃の終了を見計らうと、肉薄して速やかに首を刎ねた。


「待たせたな……」


 踵を返して、トロルにつぶやく。

 レイヴンの強さに恐れをなしたのか、トロルは二三歩、後ずさっていたが、自身が思わず退いてしまったことに気がつくと、咆哮をあげ、蛮勇を奮わせるように突撃の構えを見せた。


 トロルの突進は、苛烈だ。

 その身が何物かに激突するまで、決してやめない捨て身の攻撃である。

 スライムとは段違いの速度で、エネミーがレイヴンに向かって来る。


「だから、おつむが足りてねえんだって……」


 これだけ離れていては、いくら速くても対処は容易。

 レイヴンはすれ違いざまに足を切りつけると、返す刀で、遠ざかっていくトロルの背中に傷をつけた。


(ちょっと、浅かったか?)


 追うのも面倒だと言わんばかりに、その場でレイヴンは立ち尽くす。

 やがて、ダンジョンの壁に激突したトロルが制止し、反転して身構えた。


「早く来いよ」


 対するレイヴンは、手をぶらぶらとさせて、いかにも余裕そうだ。

 だが、彼の予想に反し、トロルが選択したのは、再び岩石を投擲するというものだった。


「ちっ!」


(そういや、そっちの攻撃もあったっけな)


 大きく飛んで回避すると、着地と同時に、エネミーに向かって一直線で疾走する。

 驚愕に目を見開くトロルをよそに、レイヴンは、己の得物をぐさりと敵の心臓に突き立てていた。


「手間かけさせるんじゃねえよ」


 ほどなくして、エネミーたちの死骸が、ダンジョンの床に吸いこまれていく。

 戦いに慣れきっていたレイヴンにとって、それは実に呆気ないものだった。

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