第11話 第8層

 あれから、レイヴンはずっと一人でダンジョンに潜っていた。

 戦利品を回収できれば、ゴールドマンから食料が配られる。そのため、きちんと成果を上げつづけていれば、食事にも困らないので、レイヴンはもう長らくまともに外に出ていない。たまに、思い出したように、見つけた装備を届けに行くくらいで、それ以外は日の光を浴びていなかった。


 両親が亡くなった際は、家に引きこもってばかりいたが、今度はどうにも、それがダンジョンになったということらしかった。


 目の前に敵。

 後ろにジャイアントトードが3匹で、前には小型のトロルが1体。

 無論、小型と言っても、それがトロルであることに変わりはない。背丈は低く見積もっても、レイヴンの倍以上はあるし、特徴的とも言える筋肉質な体格は、だれもが自然と目を見張るほどで、腕回りだけに注目してみても、その直径は彼の太ももに匹敵している。


 ジャイアントトードは、その名のとおり、大型のヒキガエルだ。トロルを前にしてしまっては、ジャイアントの呼称は形無しだが、それでも体高はプレイヤーの胸にまで達しており、見るからに気持ちが悪い。


 象徴的な攻撃は、その長い舌を存分に使ったものだろう。

 スライムの体当たりとは異なり、ベロが鞭のようにしなるため、動きが読みにくいうえに回避することも難しい。敵の全体的な動作がのろいことだけは救いだったが、それも相手が3匹もいるようでは、どれだけレイヴンに有利に働くのかは不明だった。トロルにいたっては、ジャイアントトードよりも遥かに強力であり、複数のカエルよりも脅威に見える。


 レイヴンは今、それらに囲まれていたのである。

 しかしながら、彼の瞳に恐れの色はない。それどころか、その表情には余裕さえ感じられた。


(ジャイアントトード? 8層でも、こんな弱いエネミーが現れることがあるのか……。ああ。そういや、さっき水場を見かけたっけな。その影響か)


 気だるげに剣を抜いて、悠然と身構える。

 だが、エネミーのほうからしかけて来ないことを悟ると、不愉快そうに悪態をついていた。


「待たせるなよ……うざってぇな!」


 走るレイヴンの足取りは、極めて軽快だ。

 それもそのはずだろう。

 この3年間、ずっとソロで白塔と向き合っていたレイヴンは、おのずと驚くべき成長を遂げていたし、おまけにゴールドマンから与えられた装備品も、今ではランクが4のものへと変わっている。武具の階級が、最大で5であることを踏まえて考えるなら、身体能力はほとんど、限界に達していると言っても過言ではなかった。


 接近するレイヴンに向かって、3匹のジャイアントトードが、ほぼ同時に舌を伸ばした。

 びゅん。

 飛来するベロの群れ。

 その一つを叩き切り、残りの2つをかわす。

 そして、口内へと戻りそうになる直前、それらをつかみあげると、たちまちレイヴンは互いを固く結んでみせた。


「どうだ? これなら、自慢の舌技も使えねえだろ?」


 あざ笑うように言って、レイヴンが命を刈り取る動きを見せる。

 そのモーションは、トロルの攻撃を誘発させたようだった。

 手の中に生成されるは、岩の塊。

 それを投擲して、ジャイアントトードもろとも、レイヴンを撃破してしまおうという魂胆らしい。


「いさぎいい判断だな……。だが、所詮はトロル。おつむが全然、足りてねえよ」


 エネミーに仲間意識があるのか、そんなことをレイヴンは知らないし、また、興味もなかったが、利用できるものはすべて使うというのが、この数年で彼が獲得した処世術である。


 ジャイアントトードの背後に回りこむやいなや、その足に剣を差しこんで動きを封じる。ちょうどダンジョンの床に釘を打ちつけるようにして、その行動を阻害したのだ。


 直後に来訪する岩の礫は、当然ながら、盾の代わりとなったジャイアントトードに命中しただけで、レイヴンは全くの無傷であった。


(これで1匹……)

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