第14話 ウンディーネ

 その日も、いつもと同じようにレイヴンは8層に来ていた。

 それは、第8層が彼の到達可能な、一番高い層であったためだが、さらに上をレイヴンが目指さないのには、いくつかの理由があった。


 まずは、水場の存在だ。

 このおかげで、ダンジョンにいながらも、容易に飲み水を確保することができる。もちろん、戦利品を持っていけば、比較的少ない量でも、ゴールドマンの配下から水をもらうことができる。しかし、自力で汲んで来られる水場のほうが、プレイヤーにとって圧倒的に都合がよいのは、言うまでもないことだろう。


 そして、この水場というのはレイヴンの知る限り、8層にしか存在していない。

 今までに見かけたことのない、地理的に優位な場所。

 この先にあるかどうかもわからない地形を捨て、次に進もうとするためには、相応の決意が必要になった。


(まっ……これはオアシスみたく、手放しで歓迎できるものじゃないがな)


 それが、もう一つの理由でもあった。

 水場に出没するウンディーネというエネミーが、非常に強力なのだ。

 初めて、レイヴンがそれと遭遇したとき、そのウンディーネはすでに疲弊していた。

 おおかた、別のプレイヤーたちと交戦した直後で、体力を消耗させていたのだろう。図らずも、レイヴンはおこぼれをもらった形だ。単に、運がよかっただけなのだ。


 ゆえに、相手が本調子のときに出会えば、どうなることやらわからない。

 まだ、8層のエネミーを、余裕で捌くことのできていない未熟な状態で、階段を駆けあがる気にはなれなかった。


 命を惜しむつもりなどないが、ダンジョンを途中であきらめるようなことになるのだけは、レイヴンとしても避けたい。どうしても、慎重にならざるをえなかったのである。


 そのため、今日の目標はウンディーネとのリベンジにある。

 互いに絶好調のとき、どれだけ自分が戦うことができるのか、それを知っておかなければならないのだ。


(戦闘の回避はダンジョンでの鉄則になるが、必ずしも、逃げつづけられるわけじゃない。エネミーと鉢合わせるときや、囲まれるときなど、刃を交える瞬間が絶対に訪れる)


 そうなったとき、少なくとも生き延びられるだけの力は、常に持っていなくてはならない。ダンジョンの難易度が、上に進めばすすむほど、それに応じて高くなっていく以上、自分自身の強さも増やしていく必要がある。


(要するに、レベリング……。なんてことはねえ。今までと変わらない単純作業のくり返しだ)


 水場に向かったレイヴンが、慎重に辺りの様子を窺がっていく。

 エネミーの気配はしないが、まず間違いなくウンディーネは潜んでいるだろう。

 ウンディーネの特殊能力は、一定以上の水があれば、自身の体が透明になるというものだ。

 水中は、まさしく絶好の条件にほかならない。

 透明化の能力を使われているうちは、外から事前にウンディーネを見つけることはできないだろう。


(真に怖いのは、ほかのエネミーとの連携プレー。だからこそ、今日は意図的にその状況を作りだす。そうじゃなきゃ、リベンジの意味がねえってもんだ……)


 そのままじっと待機していれば、いつの間にか、背後には2体のジャイアントトードが姿を現していた。


「またお前たちか……。本当は、もう少し強いやつを練習台にしたかったんだが、仕方ねえか。お前らでもいいぞ」


 ウンディーネのほうも、仲間が来るのを待っていたのだろう。

 レイヴンが剣を抜くと同時に、周囲には粘り気を帯びた雨が降りだしていた。

 それはウンディーネの攻撃だ。

 べたつく雨は、プレイヤーから敏捷性を奪っていく。

 おまけに、エネミーとは違って視界の悪さにも直結するため、戦闘の条件は極端にプレイヤーが不利になる。


 どこから来るかわからない敵の攻撃に、軽く冷や汗を流すレイヴン。

 己の感覚を研ぎ澄ませ、一瞬の隙も見せずに身構えていれば、唐突に、手の中から力が抜けた。


 つかんでいたはずの剣柄が、姿を消していたのだ。

 それが、ジャイアントトードの舌によるものだと理解するのには、時間は一秒もかからなかった。

 相手はベロの狙いをレイヴンではなく、最初から彼の持つ得物に定めていたのだ。


(やってくれるじゃねえの……)


 それを見逃すウンディーネではない。

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